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第43話

「それじゃ俺、そろそろ行きますね……」 「待ってください」  引き止められるとは予想外だった。 「あの、透くん、良かったら、僕と一緒に中に入りませんか?」 「え……」  気のせいか、篠田さんの目が泳いでる。 「ええと……、僕だけだと、遊び盛りのリオくんの相手をしきれなくて……。それに、僕も一人で来ているので、透くんともう少し話せたら嬉しいです。カフェテリアはソファやハンモックでゆっくりできて、コーヒーもケーキもとっても美味しいですよ」 「…………」  もし迷惑じゃないなら……。俺も、一人の部屋に戻るより誰かと話したい気分だし。リオくんのフリスビーの相手も喜んでやる。 「じゃあ……」  そうしても良いですか? そう言おうとしたとき。リオくんがピクッと身体を震わせた。 「透くん、お待たせっ!!」  誘が走って戻ってきた。  俺の腕を取り、遅くなってゴメンねと謝って、それから篠田さんを向いた。突然現れた誘に緊張感の面持ちだ。  そして誘は、いつだって他人に臆するということがない。 「お兄さん!」と馴れ馴れしく、篠田さんを呼んだ。 「ごめんけどさ、お兄さん。園内はナンパ禁止です! それに今は、見ての通り俺とのデート中なの! それも久しぶりなんだから、邪魔しないで欲しいなっ」  なに言ってくれるんだ、コノヤロ――!! 「バカ誘、違うっ! この人は……」 「すみませんでした。軽率でした」  バカ誘の勘違いだと言うのに、篠田さんが頭を下げた。 「いえあの、待って下さい……」  どうにか弁解しようとする。だが、篠田さんは素早く踵を返してしまった。 「失礼します」  去っていく篠田さんとリオくん。誘が俺を振り返る。 「よし。じゃ、帰ろうね」  俺は力一杯のキックをかましてやった。 「あー! 痛いぞ、蹴んなー!」  さらに力を入れてもう一回。 「バカ誘!! あの人は全然ナンパなんかじゃない!! 親切に声をかけてくれたのに台無しにしやがって!!」  俺は本気で怒ってるのに、誘はやれやれと首を横に振っている。 「いーや、あれはナンパです。ワンコもグルだから、信じてついていったらあっという間にマーキングされちゃうよっ」 「ふざけたこと言ってんじゃねー!」 「だって、あんなに広いドッグランのフェンスを越えて、フリスビーが飛んでくるのは不自然だ」  むむ、それは確かにそうかも……。俺に話しかけるための、きっかけ作りだったかもしれない。  だが、園内ナンパ禁止って言うなら、まず、さっき片付け中に入れ替わり立ち替わりでこの後の予定を聞いてきた女の子たちに言っとけよ!! 自分のときは笑ってすませてたくせに、俺のときだけ厳しくしやがって……。 「怒らせてごめんね」  謝罪が軽いっ。  まだムカつくけど、こいつにマトモに対応してると疲れるだけだ。早く帰ろう……。  だが突然の花束に阻まれた。 「受け取ってっ」  背中に隠していたらしい。眩しいくらい鮮やかな夏の花を胸に押し付けられる。 「急になんだよ……」 「プロポーズの前に言わなきゃいけないことがあった」  こいつ、あくまで俺の邪魔をする気か……。 「ちゃんと聞いてよ」後ずさったが間合いを縮められた。 「透くんと大学の入学式で出会った日のこと、覚えてる?」 「まあ……」  忘れようもない。初対面の、やたらきれいな顔の男の失礼ぶりときたら。 「なんとなく座った席の隣が透くんで、可愛い子だな、ってちらっと見たら、目が離せなくなったんだ。話しかけられても、声もでないし」 「この平凡な俺に、なんでそんなに衝撃を受けるんだよ」  御曹司・誘の存在感のほうがよっぽど凄かっただろう。学内中の皆が誘に注目して、取り囲んでいた。 「シンプルにいうと一目惚れってやつ」 「は?」  聞き返した俺に、誘はもう一度「一目惚れだった」と繰り返した。 「俺はあの日からずっと、透くんのことが好きなんだ」  真剣な眼差しに、俺は咄嗟に目を反らす。 「そ、そ、そんなわけないだろ! お前、女子とばっか付き合って、俺の告白をフッたじゃん!」  大学二年のスノボ旅行の夜だ。満天の星空の下、俺は誘へ精一杯の思いを告げたが、あっけなく断られた。 「本当は大好きだったよ」  四年も経って何を言うんだ。

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