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第11話
窓のない真っ白の部屋に、背筋が凍るような拷問什器。そして場違いのシステムキッチン。そんな不思議な部屋に、奏太は裸の状態に貼り付けにされていた。
腕には頑丈な鉄の手枷が嵌められ、壁の飾りのように背中を預けて呆然としていた。
「……なあ、ひとつだけ聞いていい?」
奏太は虚ろな目を上げると、ぽつりと呟いた。その返事を待たずに、何もない宙に向かって叫んだ。
「奏太って誰!? 僕、奏太ちゃうけど」
え、違うの? あなた、奏太じゃないの?
「ちゃうよ! 僕の名前は、映司や! ジブン、小説間違えてるんちゃう?」
あの……、ここ『深淵と楽園の窓』では……?
「違います。ここ、『天使と社畜と夏野菜』の小説です。左上のタイトル見て!」
あっ、すみません……。
「あと、コレ一人称の小説やから、今すぐ戻して!」
そうして僕はようやく、地の文を取り戻すことができた。そんなやりとりを天使……ミカエルが、腰に手を当てて呆れて眺めている。
「空気が読めないね、君は。……今日はエイプリルフールだからね。『深淵と楽園の窓』の最終回だとツイッターで騙してここに誘導してるんだから、ちゃんと合わせてくれないと」
「え、みんな騙されてここに来てんの!?」
思わず僕は画面の向こう側を見た。
一度でならず、二度までも騙された読者がいるのではないかと思うと、胸が痛くなる。
僕は何も知らないであろう読者のために今までのあらすじを説明した。
「じゃあ、ここに来てる人らは、絶対にエロ展開に持っていきたいリーマン映司と絶対にフラグをへし折る天使ミカエルのことなんて全くわからんわけか! 僕が訳のわからん部屋に閉じ込められ、壁に貼り付けられても、それでも、なおエロ展開に持って行こうとしていることもッ!!」
「君のそういうサービス精神旺盛なところ、嫌いじゃないよ」
「説明せな可哀想やん!」
僕は壁に貼り付けたまま、天使に叫ぶ。
この状況で他人に気を回せる僕こそ、天使じゃないかと思う。
しかし、本当の天使であるはずのミカエルは自分の心配でいっぱいのようだ。彼は僕の前に立って神妙な顔で腕を組む。
「本当に可哀想なのは、僕たちだよ……」
「どういう意味や」
「今日は2019年4月1日だよ」
「え……2019年?」
前回の話が更新したのいつだったかと、思案しているとミカエルは暗い声で答えた。
「僕らは一年半、放置されている」
「嘘……やろ……」
「作者はもう……、この後の展開どころか、アイランドシステムキッチンの伏線がなんだったのかすら思い出せない」
「なんて無責任なんや……。そこは思い出せんでも、ひねり出せよ……」
「それほど、一年半という時間は残酷な時間だったんだよ」
時の流れの残酷さに僕は絶望して言葉を失った。
ミカエルは遠くを眺めていた。その横顔は空白を憂うようにも見える。
「この空白の期間に、いろんなことが変わってしまったよ」
「そうなんか……」
「まず、平成が終わる」
「え、そうなん!?」
「そして作者の名字が種袋に変わった」
「最悪やんけ」
「趣向も変わったらしく、君の身長が17センチ小さくなった」
「なんてことしてくれたんや!」
「最近、チビマッチョにハマってるらしいよ」
「知らんわ! 返せ、僕の身長!」
言われてみれば、前話より手枷がすごく高くなってる気がする。
160センチになってしまったらしい僕は絶望した。
これではますます女性にモテない。こうなったら転生するぐらいしか、童貞を卒業する道はないのか。
ミカエルはさらに僕を追い込むように口を開いた。
「そして何より残念なことに、僕らのお話、今日で最終回だ」
「そこはエイプリルフールの嘘ちゃうん!?」
「ガチだよ。なにせ2年近くも連載したから」
「ほとんど空白っ!!」
ツッコミの勢い余って、ガシャンと鉄の手枷が音を立てる。
そんな僕にミカエルはやれやれといった様子で肩をすくめる。そして挑発するように僕の鼻先までに顔を近づけて笑った。
「さて、君と僕とのお話も残すところ残りわずかだよ。早く僕をソノ気にしないと、小説もろごと終わっちゃうよ」
そうだった。
僕は「R18」なんて掲げている表紙に釣られてやってくる読者のために、エロい展開に持っていくという使命があった。
こうなったら、なりふり構っていられない。
僕は恥を殴り捨てて、おずおずとむき出しの下肢を広げて相手に晒す。
「ミカエル……、もう挿れて……! お願い!」
「それ、前も聞いたことあるな。もっと具体的に言ってよ。ナニを……? ドコに挿れてほしいの?」
満足そうに目を細めたミカエルにわずかな欲情が覗いた。
エロ展開までもう一息だ。僕は確かな手応えを感じて喉を鳴らした。
こちとら、年間AV視聴本数三桁のオナニストである。おねだりの台詞など、数え切れないほどの引き出しがある。
こうなったら彼の予想を超えるおねだりをして、一気に畳み掛けてやる!
そんな気合が僕の卑猥単語辞典に火を吹かせた。
そして甘ったるい声で全力のおねだりをする。
「ミカエルの凶悪ちんぽで僕のエッチなお尻をズボズボしてぇッ♡♡」
「…………」
「……おい、なんか言えや」
僕は真っ赤になって一時停止で固まったミカエルに低く呟いた。
はっと我に返ったミカエルは赤い舌をペロリと出して、頭をかいた。
「ごめん! なんか卑猥すぎてドン引きしちゃった☆」
「煽っといて、ひどないっ!?」
卑猥語を言わされて無視されるなんて、ほぼ陵辱である。
しかしミカエルに悪びれた様子はない。
「まあ、でも、君の努力を評して、夏野菜をケツに挿れてタイトル回収といこうかな」
そう言って彼がシステムキッチンの上から持ってきたのは青々としたゴーヤであった。天使は子供の足ぐらいはありそうな大きさのゴーヤを両手で持って無邪気な笑みを浮かべている。
僕は恐ろしさのあまり絶叫した。
「完全にケツの命を切り取る形をしてるッ!!」
しかし、抗議の声をあげたところで、この性悪天使が思いとどまるわけもない。僕は慌てて広げていた足を閉じようとしたが、片足を掴まれると軽々とあげられた。華奢な体に似合わずの馬鹿力である。
「待って、そんなでかいの入るわけ……っ」
「大丈夫、BLはファンタジー☆」
「アーッ!」
彼の手が振り上げられるのが見え、恐怖の雄叫びをあげた僕の口にゴーヤが突っ込まれた。
青臭くて苦い味が口全体に広がっていく。
僕は自分のケツの命が守られたことを安堵すると同時に、やっぱりエロ展開は無理だと諦めたのであった。
完
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