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第1話
僕、筑摩 映司 は、ひょんなことから天使と暮らしている。
簡単に話すと、車に轢かれたところを人助け中だった鬼畜天使ミカエルに助けられ、なぜか気に入られてしまい、この狭いワンルームに住み着いてしまった。いや、簡単どころかそれが全てだ。
ミカエルとの同居は、僕の生活にすぐに馴染んだ。というのも、ミカエルは僕の部屋にしか現れず、僕も激務でほとんど部屋に帰れない生活だからだ。仕事と仕事の合間を縫って、シャワーと睡眠を取るだけの部屋。そこにミカエルは勝手に部屋に入ってきて勝手に出ていく。僕の都合などお構いなしの、まるで猫のような存在だった。
土曜日の夜、僕は九時前に部屋に戻った。午前様が当たり前なだけに、こんなに早く帰宅できるのは珍しい。僕は上機嫌で帰ったが、そこにミカエルの姿はなかった。
「なんや、せっかくプリン買ってきたのに」
僕は酒と惣菜の入ったスーパーの袋とは別に、ケーキ屋の小さな箱をテーブルの上に置いた。中には瓶に入った可愛らしいプリンがひとつ。
普段人間の食べ物を口にしないミカエルだったが、ケーキやプリンなどの甘い物は好んで食べる。駅地下のケーキ屋の前を通った時、ふとミカエルの顔が浮かび、ついプリンを買ってしまっていた。
僕はプリンを冷蔵庫にしまって、一人で晩酌をする。
食事も風呂も終えて、テレビを見ながらベッドでまどろんでいた。
休日前のこの一時が僕にとっての至福だ。
すると、なんの前触れもなくひんやりとした手がTシャツの中に入ってきて、胸を弄(まさぐ)ってきた。その冷たさに驚いて僕は目を覚ました。
「あ、アホ、どこ触ってんねん」
寝ぼけながら、その手首を掴んだ。振り返るとフランス人形のような美しい顔がそこにあった。色素の薄い肌にふわふわの髪、そして背中には純白の翼が生えている。彼こそが天使ミカエルだ。
「いいじゃないか、明日休みでしょ。たまには僕を喜ばせるようなサービスをしたらどうだい」
(オヤジくさい天使やな)
無垢な容姿とのギャップに毎度残念な気持ちにさせられる。
「なんで喜ばせなあかんねん」
僕が言うとミカエルは大げさに肩を落とし、わざとらしいため息をついた。
「あーあ、せっかく命を助けてあげたのになぁ~。あのまま放っておいたら君は死んでいただろうな~」
「お前みたいな奴をクズって呼ぶんやろうな」
そう言った瞬間、僕は肩を掴まれて、仰向けにされた。不機嫌そうなミカエルの顔が迫る。
「神聖なる天使に向かって失礼だね、君は」
どうやら失言だったようだ。天使を本当に怒らせたら面倒しかない。しかたなく、僕は奥の手を使った。
「冷蔵庫にプリン入ってるで」
「え、本当?」
一瞬で笑顔になったミカエルの単純さに思わず吹き出しそうになる。僕は肩を震わせながら起き上がった。どうやら今日も僕の貞操は守られそうだ。
「ホンマ、ホンマ。食べるやろ? しかも今日買ってきたんはスーパーのじゃなくて、ケーキ屋のええやつやで」
ごくっとミカエルが喉を鳴らした。しばし迷っていたようだったが、ミカエルは僕を見下ろすと爽やかな笑顔を浮かべた。
「……うーん、先に君を食べようかな。楽しみは後にとっておきたいし」
「僕はプリン以下か!」
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