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第2話
起き上がったばかりだというのに、またミカエルに押し倒されてしまった。
首筋に唇を押し当てられる。爪先で軽く引っ掻くようにしてシャツをめくり上げられた。
「あ、やめ……ッ」
ミカエルが胸元に顔を寄せた時、玄関から物音が響いた。ガチャガチャと明らかに中に入ろうとする音に、僕は起き上がろうとするもミカエルがものすごい力で抑えてつけてくる。この天使、可愛らしい顔をしているが怪力である。僕だって鍛えている方だが、全くビクともしない。
「だ、誰か来てるから!」
「それがどうしたの?」
「ジブン、見られたらどうするねん!」
「ふふ、僕のことより、自分の心配をしたら?」
そんなことを言い合っている間に扉が開いた音がして、ドカドカと派手な足音を立ててこちらに近づいてくる。
「エイジー? おるん?」
僕の名を呼びながら廊下から顔を出したのは、実家で暮らしているはずの姉だった。羽根の生えた半裸の天使に押し倒されている僕とばっちり目が合ってしまった。
(さ……、最悪やッ!!)
「ち、違うんや、姉貴。これは今、劇の練習をしてて……」
焦って弁解している間もミカエルは僕を押さえつけていて動けない。姉はきょとんとした顔をして首を傾げた。
「なに? あんた寝ぼけてんの?」
「え?」
姉はミカエルに見向きもせず、荷物を置いて洗面台へと向かった。
「驚いた? 彼女には僕の姿が見えないんだよ。姿だけじゃない。声もね」
呆然としている僕の耳元でミカエルが笑いをこらえた声で囁いた。
「劇の練習の続き、しなくていいの?」
(この性悪天使が!)
反論したいが姉がいるせいで、何も言えない。僕はぎりりと奥歯を噛み締めた。洗面所から姉の声が聞こえる。
「明日仕事のイベントあるからさ。ちょっと泊めてや。朝六時には出なあかんし」
「ええけど。日曜やのに仕事やなんて大変やな。どこ行くん?」
「インマ……、インマックス大阪」
インマックス大阪はとある埋立地にある巨大なイベントスペースだ。僕も就活の時に何度か利用したことがある。
姉はイベント会社で働くバリバリの営業だ。僕と違い、名のある大学、会社に勤める彼女は一見外から見れば立派な姉なんだろう。しかし、弟の僕からすれば、姉とは暴君と同意語だ。こうやってアポなしで来て泊めろと平然と言ってくるあたり、それがうかがえるだろう。
「シャワー借りるから、布団敷いといて」
ほらな、暴君。なんの悪びれもせず、言いつける。
ふっと自分を押さえつけている力がなくなった。ミカエルがようやく僕から離れた。姉に言われた通りクローゼットから布団を準備していると、ミカエルがつまらなさそうに伸びをした。
「僕は帰るよ。なんか興が削がれたし。……また明日ね」
(……助かった)
姉よ。今日だけは許したるわ。
ミカエルは壁をすり抜けると、夜空へと羽ばたいていった。
疲れていたせいだろうか。僕は姉が風呂から出るのを待たずに、眠りについた。
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