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オメガになったアルファ③
「やっぱり君は仁さんじゃない。期待した俺が馬鹿だったんだ」
「え? 何か言った?」
「ううん。何でもない。それより離せよ。腕が痛い」
渉は正悟の腕を勢いよく払い除ける。
正悟を見ているとイライラして仕方がない。イライラして、歯痒くて、苦しくて。でもどうしても目で追ってしまう。
今何をしているのだろう? 誰といるのだろう? 気になって仕方がないのだ。
そう、つい先程の体育の授業中だって……。
「正悟の、女にだらしないところが大嫌いだ」
「え?」
「お前が女子とイチャイチャしているとこを見るのが嫌なんだよ! さっきの体育の時間だって女子に囲まれて嬉しそうだったし、いつも休み時間に女子と隠れてエロイことしてんの知ってんだからな!」
「渉……」
「お前は俺の友達なんだろう? だったら俺がいればいいだろう? 女子なんかどうでもいいじゃん! お前のそういう女たらしのところが大嫌いだ! 見てて腹がたつんだよ!」
堰を切ったように正悟を責め立ててから、はっと我に返って思わず俯く。こんなのはただの我儘であり、身勝手な独占欲だ。そんな子供じみた感情をぶつけられたって、正悟は迷惑でしかないだろう。
そんなことはわかりきっている。わかりきっているのに……正悟の顔を見た瞬間、まるでパンパンに膨らんだ風船が割れるかのように、気持ちが爆発してしまったのだ。
『馬鹿じゃないの?』そう言われる覚悟もできている。それでも、この自分でさえコントロールできない感情を、正悟にぶつけてしまいたかった。たとえこのまま退学することになったとしても。正悟と会えなくなったとしても――。
「……あのさ、渉」
「……なんだよ?」
気まずい雰囲気の中、正悟がポツリと話し始める。心なしか、その声が震えているように感じられた。
「……変に思われるかと思って、誰にも言ったことがなかったんだけど……僕の話を聞いてくれない?」
――話ってなんだ?
渉は疑問符を浮かべた。この流れで唐突とも思える正悟の提案である。どんな言葉をぶつけられるのかと待ち構えていた渉は、固唾をのんで小さく頷いた。
すると正悟は、意を決したように話し始める。
「僕は、誰かを探しているような気がしてならないんだ。いつも心が満たされなくて、寂しい……」
「誰かを……探している?」
「うん」
正悟の言葉に渉は目を見開く。期待から、鼓動が速くなっていく。
「でも、それが誰かがわからないんだ。時々夢に出てくるんだけど、顔に靄がかかっていて、その顔を確かめることができない。抱き締めたくて手を伸ばしてみるんだけど、寸前のところでいつも目が覚めてしまう。こんなにも焦がれているのに……」
無意識なのだろうか? 正悟は何かに触れようと手を伸ばしたが、慌てて手を引っ込めた。
「だから寂しくて、空しくて……来るもの拒まずで誰とでも体を重ねてしまう。本当に最低だよな」
「……そんな……」
「だから、好きな人をずっと待っている渉は凄いと思う。僕は、その人が羨ましい」
正悟が照れくさそうにはにかむ。そんな表情も仁にそっくりだ。
「僕も、夢に出てくるその人に会いたい。でももし会えたら、胸がいっぱいになっちゃって、きっと何を話したらいいのかわからないかもしれないね」
コツンと正悟が渉の肩に額を押し付けてくる。ふわりと揺れる髪がくすぐったくて。でも不思議と正悟の重みが心地よかった。だから「やめろよ」なんて、正悟の体を押しのけることは渉にはできなかった。
「ただその人に渉が少しだけ似ている気がして……初めて渉を見た時から気になって仕方がなかった」
「……え?」
「ねぇ、渉は夢に出てくるあの人なのかな?」
「…………」
目元を赤らめて自分を見つめる正悟に、仁の姿が重なる。
会えない日々が続いて久しぶりに会えた時には、仁はいつも不安そうな顔をしていた。
『僕のこと、まだ好き?』
そう言いながら、甘えてくる仁が愛おしくて。自ら口付けたことを思い出す。
「仁さん……」
至近距離で正悟と視線が絡み合う。その熱を含んだ眼差しと荒い呼吸に、ドクンと心臓が大きく跳ねる。呼吸が少しずつ浅くなっていき、体が小さく震えた。
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