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第1話 薔薇の門が開く(1)
高級車が一台、孤児院を出発した。
乗せられたのは、若宮 葵(わかみや・あおい)18歳。
白く透き通った肌、大きな二重の目、小さな顔、華奢な身体。女の子に間違えられることも多い見た目をしていた。
葵は、生まれてまもない頃からの孤児だ。両親は事故で死んだらしい。葵は、施設との別れを惜しみ、車の後方ガラス越しに建物を見つめた。
(もう、ここには戻ってこられないかもしれない・・・)
葵は、そう直感した。
後部座席には、葵の他に2人、若い男が乗せられていた。どちらも葵と同じくらいの年齢で、美しい顔立ちをしていた。2人とも、怯えているようだった。葵も怖かった。高校を卒業したばかりの葵は、とある屋敷での家事手伝いの求人を孤児院の職員に紹介されたが、これからどこへ連れて行かれるのか、詳細を聞かされていないのだ。
運転しているのは、肩幅が広く、鼻筋が通った俳優のような顔つきの、屈強な男。年齢は30すぎくらいだろうか。
男は葵を引き取る際、施設の人間に対して"黒木"と名乗っていた。背丈は190cmほど、ガッシリとした、ラグビー選手のような身体つきは、威圧感を放っていた。施設の職員に対しては、愛想のよい笑顔で挨拶していた黒木だが、葵を乗せ、職員が見えなくなると、スッと目つきが据え、声はドスのきいた野太いものに変わった。
「30分ほどで着く。大人しくしてろよ」
そのあまりの印象の変わりように、車が動いている間、車内はずっと沈黙だった。30分が3時間にも感じられるほどの緊張状態だった。
「着いたぞ」黒木の低い声が、沈黙を破った。
そこは、都心から少し離れた、超高級住宅街の一角。正面に、これでもかと言わんばかりの大きな門がそびえている。そして、その格子の隙間からは、屋敷の庭園が見えた。庭は見事に整えられ、そこにとある植物が咲き乱れているのを葵は確認した。
(薔薇だ・・・)
〜〜
門が開いて、車は屋敷へ入る。広大な薔薇の庭園を走り抜けると、屋敷の裏側で停まった。黒木は車を降りて、表口よりも簡素な扉を乱暴に開けた。そこはどうやら、使用人たちの出入り口のようだった。
後部座席の三人も黒木の後に続く。裏口から続く長い廊下を歩くと、ようやく見えてきたのが、重厚そうな扉だった。そこには、「使用人会議室」の文字が掲げられている。
扉が開くと、そこには1人の男が立っていた。
白シャツにワインレッドのネクタイ、シワ一つないツヤのあるスーツ。端整な執事服に身を包んだその男は、ひどく落ち着いているものの、どこかこちらを試すような目つきをしていた。葵は、男の細長く涼しげな双眸の奥に、火がちらりと揺れているかのような危うさを感じた。
長いまつ毛、猫のようにつり上がった二重の目、後ろで束ねたゆるくパーマがかかった黒髪、細身だがシャツから程よく浮き上がっているしなやかな筋肉。
この薔薇屋敷の荘厳さに負けない色気と気品を兼ね備えている。
「執事長の吉峰だ」
その男がほんの一言発した瞬間、連れてこられた三人は、はっと息を呑み、無意識に背筋を正した。
低く、よく通るが抑制されたその声は、喉奥から湿度を帯びてゆっくりと響き、まるで全身をなぞるかのように葵の耳を侵した。
叱られたわけでも、威圧されたわけでもない。けれど本能が告げる——この声に逆らってはいけない、この男に背いてはならないと。
それは甘やかな命令、静かな支配。低く艶のあるその声は、場の空気をそのまま支配していた。
「今日からお前たちには、この屋敷で働いてもらう。1人ずつ、名前を言え」
そう言って吉峰が、男を指差した。男はハイ!と威勢のいい返事をした。
「不破 正尚(ふわ・まさなお)です。よろしくお願いします!」
「......」
自己紹介した正尚を、吉峰は品定めをするかの如くじっと見つめている。
「あ、あの...?」不安そうな正尚。
「よろしい。次」次に呼ばれた葵の隣の男は、かなり怯えている様子だった。
「あ、あの... 諸伏晃志郎(もろぶし・こうしろう)です。お願いします...」
晃志郎の声は震えている。吉峰はそれを気にも留めない様子で、最後に僕の顔をジッと見つめた。彼は一瞬、ハッと目を見開いた。そして、何か思案している様子だった。しばらくの沈黙が流れた後、他の2人と同様に自己紹介をさせた。
葵は、緊張しつつ名乗った。
「若宮葵です。よろしくお願いします」
ヒヒヒ...と、後ろで黒木の笑い声がした。この時はまだ、葵はその笑いの意味が分かっていなかった。
吉峰は続いて口を開いた。
「お前たちの主な仕事は、家事、雑用、......そして、私たちのご主人様への"ご奉仕"だ」
ご奉仕・・・?
三人は目が点になる。吉峰は気にせず、低く響く声で命令した。
「これから、ご奉仕の講習を行う。全員、服を脱げ」
ー続くー
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