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第1話 片想い

 人の上に立ちたい、例えば委員長になりたいとか生徒会に入りたいとか、何らかの活動家になりたいとか、そんな風に思ったことはない。  それでも子供の頃から俺は人の上に立ってきた。  成績が優秀だったわけでも運動で一番を取れたわけでもない。ただ単に、富豪の一族の子息だったからだ。  成績や運動で一番を取りたいとか、人より勝りたいという欲求は無かった。  ただ他人に世話をされるのが当然の立場。  ただ人よりも良い家に住んでいるのが当然の立場。  ただ世間の子供よりも良い教育を施されてきた立場。  ただ親が金持ちの末裔というだけで何の努力もせず人の上に立ってきた。  俺、久世(くぜ)優雅(ゆうが)は長男だ。それもあって大事に大事に守られ育てられてきた。  俺には2個下の幼馴染がいる。  幼馴染と言っても、富豪同士の付き合いでできた関係だとか、家が隣同士だとか、そういう間柄ではない。  なんてことはない、幼馴染は俺の家の使用人一族の子供だった。  使用人一族と言ってもお手伝いさんとはちょっと違う。  久世の家の者を教育するために武道や茶道や華道など天野流総本家として契約を結んでいる一族。  それが幼馴染、天野(あまの)夏彦(なつひこ)の家なのだった。  学校から帰った俺は夏彦(なつひこ)の部屋に無断で上がっていた。  天野の家の者には小さい頃から世話になっているから顔パスで入れる。  俺が勝手に家に上がり込んでも、夏彦の部屋に入り浸っていても誰も止めない。  勝手にベッドの上に座って漫画を本棚から借り、夏彦を待った。 「夏彦」  帰ってきた夏彦が今日の成果を俺に報告する。 「久世(くぜ)。今日は体力測定で大活躍したぞ。身体の柔らかさも力の強さも100人力だ!」  こいつは昔、俺のことを名前で呼んでいたが、小学校高学年に入ったあたりから名字で呼ぶようになった。  中学に入ってからも呼び捨てで呼ぶので、同級生たちに「久世先輩だろ!」とよく注意されていた。  簡単な人物紹介をすると、天野夏彦という男は、健全を絵に描いて表したような男だ。いつでも元気溌剌。脳筋。天然馬鹿。声がでかい。  しかしこいつはそれだけの男じゃない。健気に俺に尽くす従者でもある。  夏彦は使用人一族の子息として、ずっと久世の家に仕えてきた。  同年代の俺の相手が居た方が良いだろうということで武道も、華道も、茶道も、夏彦は俺と共に教育を受けてきた。あくまで使用人の立場としてだ。馬鹿のくせに器用で、俺の成果を抜かすような真似はしない。子供の頃から筋トレに励んで力も人一倍あるはずなのに、俺より強いという素振りすら見せない。  子供の頃からそういう価値観を植え付けられて生きてきたのだ。  本人も当然、将来は久世の家の教育係を担う天野家の一員として生きて行くつもりだろう。  年の離れた兄がいて長男ではないから家元にはならないだろうが、それでもその一家の一員として久世の家に尽くす命運にある。  代々そうしてきたからだ。  俺は今まで、夏彦に片想いをしていた。

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