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第2話 過去
そう、あれは小学校高学年の頃。夏彦 がまだ小学校低学年で、俺のことを「優雅 」と呼んでいた時のことだ。
小学校高学年と低学年とでは、2歳差と言えど対格差がある。当然俺は夏彦よりでかく、夏彦はまだ小さかった。しかし日々の鍛練とはモノを言うもので、武道の習い事の練習中、夏彦はうっかり俺に勝ってしまったのだった。
これに慌てたのは天野の者だ。
先生は夏彦を一応、褒めたが、夏彦の母親は焦って俺に謝った。
「優雅様、大丈夫ですか」
身体検査のようにあちこち見回されて、しかし夏彦の健闘によって俺には痣ができた。夏彦は母親にパシンと頬を張られた。
「夏彦、謝りなさい。優雅様が怪我をされました」
子供心に、それは違うと思った。
俺は家の方針で天野の習い事を受けているだけで、夏彦のようには努力していなかった。だから負けた。そして夏彦は、元々反射神経が良いし身体も柔らかく、俺よりも才能があった。ただそれだけだったのだ。
頬を叩かれた夏彦は泣いた。
武道の稽古中に泣いたことも無いというのに、実の母親に頑張りを認められるどころか勝って叱られた。
いつもは俺に一歩下がって付き従っている夏彦だが、その時は本当にたまたまやってしまっただけだったのだろう。
我慢することもできずに、泣きじゃくった。
これに焦ったのは俺だ。
「ナツ……泣くなっ。ほっぺた、痛い?俺が治してやる」
もちろん、治すことなどできない。
それでも俺は夏彦が泣いたことで心を揺さぶられていた。
守りたい。
ふとそう思った。
俺のせいで夏彦は泣かされているわけだが、それでも俺がこいつを守らなければ。そう思った。
涙でぐしゃぐしゃになった夏彦の泣き顔が脳裏に焼き付く。
俺にとって夏彦が明確に特別になったのはその時だ。
それから俺はずっと待っていた。
俺は耐えた。
夏彦がせめて、高校生にでもなったら。俺は夏彦の隣で一人待ち続けていた。
そしたら無理矢理にでも奪ってやる。絶対にこいつを俺のものにする。
それがこうして叶ったのだから、俺の歯止めは聞かなくなっていた。
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