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第4話 レシピ
小さい頃に感じていた百貨店やデパートのイメージは、気軽に行けない場所だった。
しいて言うのなら親と行く場所ではあったけど…
うちの両親は忙しくて、その色々とあって…
中々、一緒に出掛けるって事も多くなかった。
仕方がないかって、割り切ってた所もあったり。
納得のいかない弟を、慰めるのが、僕の役割みたいな?
『また今度ね』って、何回言ったか、分からないほどだ。
駅前のデパートには、僕達が生まれる以前から変わらない歌とメロディーがあって…
その時代に合わせたアニメーションだったりドラマ風だったりとローカルテレビCMとしても、近隣では有名だった。
その中で強く印象に残っているのは、子供の頃に見たやつで上がり下りエスカレーターが交差していて、そこを色々な人達が乗っては、笑顔で下りてくる。
そんな当たり障りもないCM。
両親が、土日祝関係なく忙しい職種だったこともあり。
CMに映る家族連れの姿を、子供ながら羨ましいと思っていたんだろうな……
夕方薄暗くなる頃、家で見ていたテレビCMで、弟は羨ましそうな表情をしていたけど、それなりに成長したのか、それとも5歳年下の弟は、僕と両親の遣り取りを見ていたせいか、物事を良く見て判断できて、融通の効かない僕を制止してくれる事もあった。
「兄貴って、冷静な割には、なんか急激に怒りが、MAXになるくせに中々、元に戻んないのな…」
「そうかなぁ…」
「そうだって!」
大学とバイト以外で、あまり出歩きたがらない僕を、とある理由からここに連れてきてくれた。
建物の10階展示場で、期間限定のハンドメイドのワークショップをしていてると言う話は、例のCMにも、お知らせとして流れていた。
弟は、手先が器用でクラフト系の職に着きたいとか……
知り合いにパーツ屋をしている人が居るから。
その人みたいに、いつかは自分で、買い付けとか仕入れをして、売り込みたいとか…
なんならパーツを、商品として自分で、加工して作ってみたいとか…
アサキと、別れたりしなかったら人脈とか拡げるためにも、会わせてあげたかったけど…
そう言うのは、自分から拡げていくものかな?
僕よりも、人に好かれやすいし手を貸してくれる友人や知人が多い。
今回は、そのパーツ屋している知人が、ここの会場に出店しているからと連れてきてくれた。
僕が高校生の頃なんって、バイトばっかりしてて…
その合間に受験勉強して、高校行っての毎日で、面白味もなかった。
弟を見ていると、充実してるなぁ…って、羨ましく思う。
僕のバイト先は、飲食店での裏方が多い。
理由は、人見知りで、人とはあまり関わりをもちたくないから。
それとは対照的に弟は、子供の頃から社交的で、どちらかと言うと僕は、そんな弟に振り回される感じ? しかも物怖じしなくて明る。
僕も、弟ぐらい強かったらなぁ……
って、思ってしまう。
「兄貴、大丈夫?」
「うん」
と、まぁ…
色々と、用事が重なり。
久々に兄弟で、デパートに出掛ける事になったそれだけだった。
色々は…僕にとっては考えたくないことが大半で。
気を利かせてくれた弟が、手を尽くしてくれている事には、感謝している。
その弟からは、最近まで付き合っていたカレと早く別れるべきだと、何度も言われていた。
だから。紹介し損ねた感じだ。
僕は、何って言うんだろ…
一緒に居るとかそう言うのが、苦手で距離感が、保ててないと息苦しくなって、一緒にいられなくなる。
いつでも、深くもない広くもない関係性しか築けない。
そんな中でのアサキとの距離感は、最初の内は良かった。
浮気とか堂々とされたけど、僕に依存しない。
あの感じが、良かったのに…
段々と、その距離を縮められているようで嫌だった。
アサキの事は、心底嫌いだった訳じゃない。
エグい浮気のしか方するけど、それもありな関係なら、長くやっていけるかなぁ…
なんって、思っていたのが間違いだった。
僕の性格上、絶対にこの人じゃなきゃとか、僕には最初から無かったし。
僕の気持ちを、試したい目的で浮気を繰り返されているかもしれなくても、僕はアサキをこれ以上慕うことはない。
その内、飽きられるはず。
その日まで、ひたすら黙って怒らずに静かに静観して、待っていればいい。
でも、中々そうならないって気が付いた。
試された恋愛とか、合わない恋愛観に駆け引きに疲弊して…
…もういいや…
別れようって思って、動いていたら。
アイツが、本気になりだして。
一気に冷めた感じになった。
あの日の昼前にもらったメッセージを見て、あぁ…もう終わらせようって気持ちに切り替わってしまった。
別に今の関係が、そのままなら浮気されてても良かったんだ。
いつもそこに居るみたいな関係。
あの。ざまぁ…には、2つの意味がある。
1つは、勿論、浮気され続けた事による。ざまぁ…と、
もう1つは、自分に対してのざまぁ…
こんなに想ってくれる人が、居るのにへのざまぁ…って、意味でもあるかな…
浮気して、気持ちを探るとかクズな発想だけど、アイツなりに考えての事だろうし僕も、応えられないくせに人と付き合うとか、最低なクズだと思った通算12回目の浮気。
自分だって悪いくせに酷い言い合いをした記憶は、まだ浅い。
次の日は、お互い口も聞かず。メッセージも見ず。
数日間冷戦みたいな不穏な空気が、重くのし掛かった。
そんな時、アイツからの着歴とメッセージの数が凄い事になって、思わず電話に出たら。
これまた凄い勢いで謝ってきた。
『…そんな大声で、言わないで…僕も、悪かったし』
『出来れば、ちゃんと謝罪したいから。部屋…ってか…あっ。店に来てくんない?』
『…分かった…』
乗り気じゃなかった。
電話を切って、しばらくボーッとしていた。
ムカムカした焦りみたいな感情が、溢れてきて別れ話を、自ら逃した感覚になった。
『なぁ。 今度のプレゼント…何が良い?』
『えっ…』
『仲直りの!』
今まで、仲直りなって、いつの間にかしてきたし。
プレゼントなんって、何の前触れもなく持ってきてるのに?
唐突と言えば唐突に、そんな風に会話は始まった。
僕は、次に何を言われるのかが、不安で怖かった。
でも、振り返るとアイツの目が本気で不意に触れてきた僕の左手を掴む手が、妙に不自然で…
あぁ…これは、何か不味いことになったなぁって…
気付いた。
次第に怖いとか、そんな感情じゃなくて、どうにかしなきゃ…
気付かれないように、逃げなきゃって…
正気を取り戻した頭で、必死に考えた。
アイツの浮気は、本気もあったかも、知れないけれど、大半は僕を試すためと、自分自身に向けられた僕の本音を探りたいって、イベントみたいなものだ。
僕は、二人の距離を保つために、その事には何も言わず。
いつも、やり過ごしていた…
もう。いい加減この関係を清算してしまおう。
ドロドロしたイビツな関係に決着を付けたくて、少しずつ動いていた。
不思議に見られていた事も、あったかも知れないけど…
そこで、バレて疑われるなら…
仕方がないとか、開き直ったりもした。
当然、精神的にもあの数ヶ月間は、キツかった。
元々浮気癖があることは、付き合う前から周りいた連中から知らされていたから。
僕は、アイツからの付き合って欲しいって、言葉に最初は頷かなかった。
裏切られるのは、目に見えていたから。
それで、ナゼ付き合うようになったのかは、正直覚えてない。
よく講義で隣同士になったからだっけ?
話すようになった切っ掛けも、曖昧かも知れない。
大学で、会ったり。
擦れ違ったり。
その度に
“ ご飯に行かない? ” とか、
“ 遊びに行こう ” とか…
“ 暇なら付き合って欲しいところが、あるんだけど…いい? ”
立て続けに言われたっけ…
2
兄貴は、出会ったばっかりのあの男には、信用が置けないって…
自分の中の疑り深い性格も含めてか、最初は無視を通していた。
それでも、略毎日、言い寄ってきたあの男に兄貴は、色々あって根負けして付き合う事になったんだと思う。
マジで? 大丈夫かよ…
それが、真っ先に感じた心境で、オレなりの心配で、それなりに助言? みたいなものもしたけど、その都度、疲れた様に兄貴は、笑って大丈夫とか平気とか、そんな在り来たりな言葉を返していた。
兄貴と元カレの付き合いは、浮気された事による冷却期間や一時的に距離を置くなんってのも、含めると約二年弱続いた。
その間オレは、兄貴の元カレとは、直接的に会うことはなかった。
兄貴を苦しめる酷いヤツとしての印象が強くて、会ったら負け。
会ったら殴りかかる。
みたいな気持ちが、大きくて会わないまま兄貴は、そのカレシと別れを決めた。
でも、実を言うと街で偶然。
本当に一度だけ兄貴と、その元カレってヤツの姿を、目撃した事があたった。
しかもこちらも、カノジョとデート中で、行き先も似た方向だからマジに焦った。
しかもオレの彼女は、兄貴の事も知って居るから。
カレシの姿を見て…
『…チャラそう。しかも絶対に離してくれなさそうな感じする。 大丈夫なのお兄さん? あぁ~言うタイプ苦手じゃなかった?』
『そのはず…だけど…』
『…初カレだから。押し切られちゃった感じ?』
と、? マークを語尾に、何度も付けられオレ達兄弟は、カノジョから心配された。
『………』対象的にオレは、何も言い返せなかった。
そんな兄貴と元カレとオレが、一方的に出合ったのは、あの一回限り。
本当にそれだけだったけど、カノジョの勘は当たっていて…
たまに兄貴が、実家に遊びに来ている時にも…
病的な回数の着信って言うの?
今、ドコ? ってメッセージ音が鳴り続いていて、怖がられ心配された。
でもそれも、付き合った当初からで…
たまたま実家に帰っていた兄貴が、部屋でカレシとビデオ通話をしていたらしく。
その会話が、少し開いていたドアの隙間から漏れ聞こえているとこに気が付いた。
微かに聞こえた男の声は、妙に馴れ馴れしくて不快で、兄貴のリアルな困った表情を見たのも、あの頃が最初だ。
恋人…? の兄貴を、下に見ているみたいな…
見下しているみたいな口調から分かったのは、相手の方が、相当兄貴を気に入っていると言う事。
「……でね」
兄貴の声で、我に返った。
「うん」
「まだユズは、二歳ぐらいだったから覚えてないと思うけど…当時のCMでエスカレーターで、人が上がったり下がったりするのが、あって…お前、それが好きで流れる度にテレビに張り付いてて…」
「へぇ…オレは、まったく覚えてないよ…」
そんな生まれてちょい頃の話しされても、分かるわけねぇーだろ?
「そうだね…」
数年前に、建て替え工事が終わり。
元の建物よりもキレイで明るくなった店内は、目移りしそうになるぐらいキラキラしている。
「昔さぁ。兄貴ってよく迷子になってたよな?」
「アレは、お前を追ってだよ」
チョロ助。そんなアダ名が、両親や兄貴、親族達から命名されたっけ?
何かあると、兄貴は必ずオレの側に居てくれた…
「それよりも、コレ。本当に何とかなるかな…」
兄貴の言ったコレとは、オレが本人から預かったシルバーアクセの類いだ。
色々な理由をつけては、その相手から贈られたアクセサリーの数は、10数個にものぼるらしい。
別れた今となっては、扱いに困る代物で、燃えないゴミに捨てると言った兄貴を説得し。
知人が、主催者側の1人と言う事もあって、このデパートの10階展示場で行われているワークショップに、連れ出したところだった。
「あの…兄貴。 無理そうなら。1階の噴水広場で休んでなよ。あそこは屋内だから。冷える事もないだろうし」
「うん…そうする」
本人は、元気そうに振る舞っているけど、痛々しいというか…
痩せてきてるし…
随分と弱ってる。
本当はオレだけが、デパートに来るはずだったのに、心配だからと付いてきてくれた。
当の本人の方が、元気なく沈んでるしアンニュイ? 的な…
大学には、通っているみたいだけど…
バイトの方は、シフトをあまり入れてないみたいだ。
それこそ両親の時みたいに、病まなきゃいいけど。
まだまだダメージが、大きそうだな…
兄貴は、元々好んでアクセは着けない人だから。
貰った当時は、扱いに困ってたと思う。
出待ちされる度に…
“ アレ? この間のは、気に入らなかった? ” とか、困った顔しては、少しの間を空けて別なモノを差し出してきたんだとか…
それも、別れる切っ掛けの一つ何だろうな。
オレは、付き合い続けることを、ずっと止めたけど、一旦別れたからと言ってきたのに、急にまた付き合い出したと知らされた時は、別れろとさえ言った。
『どうしてもダメなら。直ぐ別れればいいし。悪い人ではないと思うんだけどね…』
なんって、呑気に言っていたけど…
ハッキリ言って、兄貴の恋愛観は消極的で、自分の恋愛観や対人スキルに否定的な所がある。
替わって元カレってヤツは、そんな兄貴にしつこく言い寄って、( 兄貴本人は、どう思っているか微妙だけど ) 元カレから待ち伏せやら。
構内で、追い掛けられたみたいな節もある。
アレ下手したらストーカー案件じゃねぇ? ってぐらい兄貴は、困っていた……
だって、独占的な感情丸出しで、兄貴に対して強い揺さぶりをした挙げ句に10回以上も浮気するか?
本命いる時点で、遊びなのか本気な浮気なのかは、オレには分からないけど…
10回以上は、おかしい…
仮に、あんまりにも相手 ( 兄貴 ) の反応が薄すぎて、ヤキモチを妬かせたい。本心が知りたいとか、兄貴の想いを、試してみたいって行動だったとか?……
親しい仲間とか、知り合いに頼んで、俗に言うヤラセで嫉妬させていただけとか、有り得る話しかもしれない。
あの元カレならやりかねない的な?
それでなきゃ離れたり寄りを戻したり。
顔色でも伺うみたいな? 関係って、続かないだろ?
悪いと思っているから。
自分が、製作したって言うアクセやらを持って、兄貴の前に現れたりした…とか?
もしかして兄貴は、それに気付いてた?
だから二人は、別れなかった?
それが本当なら。
兄貴の恋愛観…大丈夫か?
じゃなんで今回は、自分から別れようってなった?
もしかして…
兄貴の中では元々…
付き合う気がなかった…
いつ別れたっていいとか?
でも、相手が本気になってきて…
いや…
もしかすると、別れを意識したって時点で、どっかで兄貴も本気になりかけてた…
それだと、兄貴が元カレを振った日に自宅に戻ってきてオレが、その元カレに付いてどう思ってるかって、聞いたときに…
『…ざまぁ…って思ってる…』
あのセリフに、納得がいくような気がする…
本気の想いに、自分を含めて、何やってんだか…
のざまぁ…ってこと……
兄貴が、例のアレを、引き摺っているのは明白だしなぁ…
ここで言う例のアレってのは、両親の事だ。
今でこそ普通に夫婦やっているけど…
10年くらい前にオヤジが、浮気しやがって、母親とかなり修羅場ってたらしい。
オレが、小学校の低学年で両親の喧嘩の内容はさっぱりだったけど、兄貴はあの当時高学年で、親が罵り合う言葉の意味とか、分かっていたんだと思う。
オレは、未だに当時の事にはピンとこないし。
付き合ってるカノジョとの仲も良好。
もしかしたら。
兄貴にとって、浮気って言葉も、意味にしたって、追い詰めるものなのかも知れない。
兄貴って、パッと見は温厚で物静で、感情があんまり表に出ないって言うか…
しかも、中性的な顔立ちだから人が、寄ってきやすくて多くの人に好かれる。
悪く言えば、顔が良すぎて変なのが寄ってくる。
今回は、早目にオレが、動いて何とかすべきだった?
そうすれば変に兄貴も、その元カレも、泥沼に何度も足を突っ込ませる事もなかったんだ…
反対していたけど、それでも兄貴さえ良ければ、人見知りで人を寄せ付けたくない傾向が、強めの兄貴には、良いリハビリになるかなぁ…って、呑気に思ってたオレにも、今回の事に責任があるような気がする。
今更だけど…
どうしようもない。
まぁ…今回の事で兄貴も、少しは学んだはずなんだから。
これからは、変に突っ込んだ付き合いは、しないだろうけど、引き摺ってるよな…
本当、考えれば、考えるほどにエグい浮気の通算数だな…
時系列で言えば…
オレと彼女が、兄貴達を見掛けてから。約その2ヶ月後、元カレの浮気。その1が、発覚。
で、ナゼか、それを許した兄貴。
普段からガツガツと行くタイプでもないから強くも言えず。
一度目は、我慢したのかも知れない。
そこに何かが、あった訳でもなくて、それに対してオレは、単にオレも、兄貴をアホだと思っただけで終わった。
おまけにオレは、一回浮気したヤツは、また浮気するぞ!
また痛い目にあうぞ !!
そう言って、兄貴に念押しして止めた。
もしかして…
兄貴は、両親の事が原因で人と深く付き合いたいとは、思ってないのかも知れない。
人は、必ず裏切るとか…
だから。
普段でも付かず離れずな距離で友達やバイト仲間達と遣り取りしているんだろうな。
それが、あの微妙な元カレとの関係にも及んで…
両親が、これ聞いたら。
絶句するだろうな…
まぁ…家族のためには、言わねぇーけど…
兄貴って…本当不幸の塊だな。
本気で好きになりかけて…
相手の想いが、怖くなって別れた。
元カレが、どう察してきても兄貴の心は変わんねぇーと、きた…
しかも、兄貴は相手を嫌いで別れたって訳じゃねぇーから。
どうしたもんか…
傍から見たら浮気を繰り返された兄貴の方が、精神的に追い詰められて落ち込んでそうって見るけど…
追い詰められていったのって、元カレの方なんじゃ…
自分が、どれだけ好きだって伝えても、微妙な反応しかされなくて…
浮気とかバカな気の引き方したけど…
兄貴の方は、どうしたら忘れられるかなぁ…って悩んでて…
逆に兄貴の元カレの方が、立ち直れてないかもが、濃厚じゃねぇの?
気持ちを試すぐらい本気で、別れる選択肢が無いぐらいの相手だって、想われていた兄貴は、そのまま幸せになれば、良かったんじゃねぇの?
でも、それは…
兄貴の本心が、許さなかった。
ガキだからオレは、単純にそう思う。
何って言うか、元カレが気の毒過ぎる。
自分の行動の全てが、裏目に出るとか…
兄貴のことなんって、早く忘れて立ち直って欲しい。
マジに、そう思う。
でもまぁ…兄貴を傷付けたことには、変わりはないから。
浮気男だったってレッテルは、剥がさねぇーけど…
そんな風にブツブツと考え込みながらオレは、10階の展示場のフロアーに足を踏み入れた。
土曜日の昼近くと言う事もあってか、かなりの人でごった返していたから。
正直、兄貴を1階に置いてきて正解だと感じた。
オレの尊敬する知り合いは、ハンドメイド作家さん達が、使うパーツを仕入れたり個人で製作したり加工したりと、何でもこなせる人で商売上手。
歯に衣着せぬ言動もあるけど、そこが人を惹き付ける魅力なんだと思える人だ。
年齢を女性に聞くのは、失礼だから憶測だけど、20代半ばか後半くらいだと思う。
ブースの方を覗くとその女性が、商品を列べていた。
この展示場は、ワークショップ兼ハンドメイドをしている人達の交流の場もなっているようで、一般人の目線と言うよりも、職人目線に近い人の姿も、チラホラと見掛ける。
「おはようございます。この間は…突然、電話して…スミマセンでした」
「あら! ユヅくん。おはよう。あっ~私の方こそ。先日は、ゴメンね。出先と、これの準備で…ここに来てとか言って!」
振り返った彼女からは、いつものようにチョコレートのような甘い香りに似た煙草の匂いが、微かにした。
パーツの展示販売を別の店員に任せ彼女はオレを、いわゆるバックヤードと呼ばれる通常一般人が、入ってこれないお店の裏の人目を、避けた階段の踊場に連れてきた。
少し薄暗くて、近くには大きな段ボールや商品が乗せられたカートが、幾つも置かれていた。
こう言う場所に初めて、入った。
表の明るい雰囲気とは、まるで違う。
独特な匂いって言うか、空気って感じで、それを見慣れないオレにとっては、キョロキョロとせずに入られない。
好奇心みたいな純粋な気持。
彼女は、慣れた足取りで階段をテンポよく上がっていき明かり取りの窓の下に立った。
「で…聞きたい事って?」
「あのコレ何ですけど…」
オレは、バッグにしまった木の小箱を差し出した。
彼女は、商売柄表情を強張らせる事はないはずなのに、オレから受け取った小箱の蓋を開け一通り眺め一つの小袋を手に取り。
封を開けると、中身を取り出した。
中に入っていたのは、青い石がはめ込まれたピアスが片方だけ。
「あの…これのもう片方は?」
「オレは、預かっただけで、全部のはずです。知人がオレに渡してきたから。知人も処分に困って……どうかしました?」
「そうなの…」
まぁ…私の本心で言えば、自分が仕入れて加工したモノを、見間違うはずがない。
「いや…オレも、こう言う仕事好きだし。なんか、どうしたら良いのか分からなくて…どれだけ時間かけて作っているかとか、想像しちゃって…ほら。梱包とか凄く丁寧だし…」
長いとこと接客業に携わってきて、色々な顔を見てきたけど…
ナゼ。
この二人の顔立ちが、よく似て居ることに気が付かなかったのかしら。
小箱の中の小袋を見るまで、どうして気付けなかったのか。
世間の狭さって、そんなものなのかとさえ思ってしまう。
「…取り敢えず。私が、全部引き取ってみてもいいかしら?」
変に動揺して目が泳いで、おかしな息遣いで…
まるで挙動不審。
「あの…大丈夫ですか?」
ヤバい。
気付かれた?
「…えっと…」
調子が、狂うわ…
平常心。
いつもの自分で…
「じゃ…今日は、頼まれたものを全部、持ってきてくれたのね?」
「ハイ。知人は、アクセ系とか着けないし。着けてる所も、その見たことないから…」
正確に言えば、兄貴がアクセサリーを付けてるところなんって、略見た記憶がない。
「そう…なのね…」
確かに私も何度も、本人にも会ったことはあるけど…
不思議と飾りっ気の無い子なのに花のある存在感が、強く印象に残ってる。
小箱の中身を、もう一度確認するけど、どれも丁寧に小袋に入れられたままだった。
「シルバーアクセって、少しキズが付いたぐらいが、丁度良いのよ。くすんだ感じになってね。私はそれが好きなんだけど…常に磨いているって子も居るし人それぞれね」
…自分も、何を言っているかしら…
私は、小袋から出したまま手の平に乗せたていた。
その青い石をはめ込んだピアスを眺めた。
「…こう言うのって、人気あるんですか? オレは、ドッチかって言うとパーツとか、そう言うのを作る工程が、好きなんで…いまいち分からないって言うか…その…」
オレ…なに聞いてんだ?
普通に好きだって、聞けばよくねぇ?
「……そうね。興味無い子は、そんな…反応なのかもね。いくら貰って欲しくて丁寧に心込めて作っても、届かないと意味がないわね……」
まさか、兄貴の事?
…知ってる?
「……………」
「それで、このピアスの片方は…どこに……」
階段の下に向けられた彼女の瞳が、動揺してた。
「……あっ…」
彼女が、珍しく焦っている。
誰か来た?
「あの…ハナさん?」
「…私の知り合いの元恋人さんも、飾りっ気なくて…付けてるの見たことなくて…」
3
…って、オイ。
何が、知り合いの元恋人さんも…だよ。
ヘラヘラって笑いやがって…
しかも、誰だか知らねぇけど、身につける姿見たことねぇとか、揃いも揃って、傷付くように人の傷跡エグるなよ…
確かに、アイツがつけてるの見たことねぇーけど…
ったく、あの嫌み女ハナめ。
休みで、暇ならデパートの展示場を手伝えとか言いやがって、
今のうちにデパ地下で弁当買ってこいだとか、ついでにデザートもとか…
後、自分のためのレモングラスみたいなお茶ってのを、買ってみた。
あの味が、どうしても諦められなくて似たのを探して飲むも、味が全然違って、吐き出してしまいそうになる。
そう言えば…
地下から上がるエスカレータの出入口に面した1階の噴水のベンチに…
コチラ側を、背にして座ってた人影…
一瞬だけど…
セリに見えたのは、俺自身が、セリの作るあのお茶と同じ様に、諦めきれてないからか?
似ているヤツを、ひたすら目で追うのは、もう止めにしないとな……
それだけ身体が、飢えきっているから。
セリだから忘れられない。
あのお茶の味も、忘れられない。
飲めたモノじゃないお茶は、そのまま自分の席に置いてきた。
ってか、人使い荒いくないか?
店の子達に聞いたら知人が来て、バックヤードの方に行ったって言うから来てみたけど…
嫌み女と話す男の声が、アイツにどことなく似てて…
無性に腹が立った。
似ているだけで、全然違う声の主の顔でも見てやろうと踊場を見上げて、愕然とした。
ドクンッと、頭から何かが、突き抜けていくような衝撃だった。
本人じゃないが、明らかに面影があって…
目の合った嫌み女のハナは、珍しく…しおらしい? って感じにアワアワしていて、手に持っていた何かを、階段下に落とした。
それは、弾く様にキラッと光りながら俺の足元に転がり落ちてきた。
無意識にそれを拾い上げる俺は、その青い石がはめ込まれたピアスを見て、驚く声すら失う。
「あの…」と、言い掛ける声も、俺を見下ろす表情も、セリによく似ていて、複雑な心境を覚えた。
で…
オレは、オレでその見上げてくるヤツの顔を見て最初は、誰ってなった…
でも、直ぐに例の男だって分かった。
俺も、俺でアイツに似た高校生ぐらいの男の隣に立つハナや上から目線で、威圧的に見下ろしてくるその男の表情からアイツに関係あるかも、知れないんだと悟った。
オレ自身この不意に現れた男が、オレと似たような考えを持っていると、直ぐに分かった。
ガキだけど、オレだってバカじゃない。
どことなく街で、見掛けた時に兄貴の隣りにいた男の雰囲気に似ていたし。
シルバーアクセを見てからのハナさんの態度が、おかしくなったのは、兄貴の元カレが、作ったモノだと分かったから…
パーツ屋している彼女からパーツや石なんかを、仕入れたりしてのかも知れない。
そんな答えに、自然と辿り着いた。
だからこれを見せてからハナさんの様子が、おかしかったんだ。
「えっ…と、その…あのね…」 どちらに対してのあのね…なのか…
しゃーない。
もう誰が、どう考えているとか分かねぇーし。
できるなら元カレをこれ以上、兄貴の事に巻き込めないだろ?
オレは、ハナさんの手から小箱を取り戻すと階段下で、呆然と立っている兄貴の元カレの前に差し出した。
「これ。返しに来ました」
最初は、ためらいながら拒もうとしたけれど、オレは元カレの胸元に押し付けた。
「…えっと」
顔上げてもいいけど、オレと兄貴は顔立ちが、よく似ているから。
おそらく気付かれてるかもだけど、今この2人は、絶対に会わせられない。
だって片方は、好きになるのが、怖いのか…
距離を置きたいだけで、別れたくなって…
もう片方は、好き過ぎて気を引きたいがためになのか、浮気し続けて…
どっちも、どっちで…
オレが、謝るのは変だから。
頭を下げて、無難に立ち去ろう。
いやでも、謝罪した方がいい?
「…そのミマセン…」
なんって言っていいのか、言葉が続かない。
謝って、済む問題じゃないよなこれ?
頭下げたところで、誰も傷付かない方法なんってない。
「…ありがとう。届けてくれて…」
優しい声がした。
「…………」
この人は、オレに気付いてる。
「本当にスミマセンでした !!」
なんで、この子が謝る?
二回も、スミマセンでしたって。
なんの為に?
シルバーアクセの事か?
アイツの事か?
おずおずと、上げられた顔から見えた目元には、見慣れた面影がある。
戸惑った時の顔が、セリにそっくりだ。
「…アイツは、元気にしてる?」
「元気……」
元気にしてるのかな?
やつれてそうにも見えるけど…
オレが、とやかく言う事じゃない。
あくまでも、兄貴とこの人の問題だから。
しっかりと、小箱を受け取ってもらえた事を確認してからオレは、その人と少しの距離を取った。
「えっと、元気です…」
嘘ではないけど、少し嘘になる。
かと言って、曖昧な事を言えば、この人は兄貴を諦めないだろう。
今、二人を会わせたら。
また二人が、同時に傷付く…
今、二人を会わせるわけにはいかない。
「分かった…ありがとう」
またその人は、優しい声を掛けてくれたけど、これに続く言葉を持ち合わせていないオレは、何って言って、立ち去ればいいんだ?
「……あのさぁ…」
「はい…」
「さっきさ…デパ地下行ってたんだ…」
「あっ…」
「…1階の噴水の所…後ろ姿だっんたけど…もしかして、セリが座ってた?…」
「あの…」
「大丈夫。声は、掛けてないよ。掛けられなかった…」
内心、ホッとしたオレがいた。
「あの兄だと、思います」
「そっか…」
「…………」
「元気そうなら。良いよ…」
何が、良いんだろう…
この人は、兄貴に会いたがってる。
他の誰よりも、会いたくて仕方がないみたいに見える。
でも、今の兄貴には合わせるべきじゃない。
分かってる。
分かってんだけど…
「あのさぁ…」
そんな風に悩みまくっているオレの耳に、その人の声が響いた。
「レモングラスとミントのお茶の作り方って知ってる?」
“ レモングラスとミントのお茶 ”
やっと声に出した言葉が、それって…
ただ…
あの日から。
一滴も口にできてない苛立ちは、消えてない。
実際、浮気のフリが、本気になった事もあった。
罰が悪すぎて、別れ話されると思い込んでいたときに、フラっと戻ってきた時のセリの表情が、普通過ぎて逆に不安で、引いてしまった。
俺って、そんな程度なヤツなのか? って…
戻ってきたら殴られんじゃないかとか、暴言を吐かれるんじゃないかって思っていたから。
腑に落ちなかった。
…で、バカな嘘も、バカな本気も繰り返した。
卑怯な事だった。
でも直接、確かめる何ってことも出来なくて…
今ならちゃんと謝れる気がするけど…
アイツによく似た顔の子を見るてると、そうもいきそうになくて…
セリの本心を知りたいと気持ちを、試した事に改めて後悔した。
「あの…母親から教わったレシピなら教えられますけど…書くもの有りますか?」
オレも、ペラペラと何言ってんだ? って感じなんだけど…
勝手に口から言葉が出てペンと紙を要求して、レモングラスやミントの量とか作り方を書きなぐったけど、癪に障ったのも事実で…
「これ…どうぞ…」
「ありがとう…」
そう言って兄貴の元カレは、少し和らいだ笑みを浮かべた。
メモを受け取った事を確認してオレは、階段の踊場から展示場に戻り足早にフロワーから走り去った。
反動でエレベーターやエスカレーターじゃなくて階段を、一気に駆け下りる衝動にかられたのを、オレは失敗したと思いつつ部活の朝練の延長と割り切りながら一階に辿り着き噴水の辺りを見渡した。
常に混んでいる一階と、地下の食料品売場を繋ぐエスカレーターは、多くの人で溢れている。
エレベーターにしても、地下に行く客と1階へと上がってくる客が大半だ。
その中で兄は、噴水の側のベンチに座りボーッと手元を見ていた。
ゆっくりと兄に近付いて行く。
その手にあったのは、あの青い石のついたピアスの片方。
兄貴はナゼが、それだけは、ずっと持ち歩いているらしい。
本人に飾りっ気が、ないのと…
家族には、内緒にしているみたいだけど…
家族でオレだけは、兄貴の耳にピアスホールが開いてる事に気付いていたりする。
兄貴はピアスホールをサイドの髪で隠しているみたいだからオレは、知らないフリをしている。
普段の兄貴は、アクセはつけないしあの髪の長さだから両親は、気付いてもない。
高校生だった兄の部屋を、何気なく覗いた時…机にあったピアスを見付けて…
“ あぁ…開けてんだ ” と、漠然と思った。
それなのに唯一つけられるピアスを貰っても、つけずに持ち歩いている意味ってなに? ってなりながらオレは、呆れている。
好きな相手が、自分のためって作ってくれたモノだから。
愛着でも、持っているのかと思えば、なんか違って…
アクセは、興味がない風で…
たまにあぁ~して、眺めてる。
付き合っている時も、浮気されてる時も無表情で…
でも、その割には機嫌悪そうに腹を立てて実家に戻ってきては、デカイ独り言みたいに悪態をついていた。
隣の部屋のオレには、いい迷惑だ。
そして…落ち着いたらまた戻っていく。
……で、別れるまでには、至らない。
兄貴は、ガキの頃から本当に感情が顔に出にくくて、誤解されがちで…
よく。しょんぼりしていたのを覚えている。
だからあの男が、やらかしたことに怒りMAXで実家に帰って来たあの日は、よっぽどのことが起こったんだ。
今まで許せた回数が、吹っ飛ぶようなそんな出来事。
やっぱり兄貴も、本気になったからってやつだよな?
ってか、普通に大人の恋愛って本気なんじゃ…ねぇの?
そんなふうに考えなしに思えるオレは、やっぱまだガキだから?…
まぁ…誰を好きになるとか、そう言うのって多分。
簡単なようで、簡単じない。
ガキだって、簡単に惚れる時もあるし長く付き合いたいって、想える相手に出会うことだってある。
それと同じだろ?
兄貴とあの男は、どんな関係になりたかったんだろう。
オレ自身まだ10代のガキだしさぁ…
ガキなりに本気とか愛情とか、考えることはあるけど、もっと別な深い意味とか、思いとかあるのかも知れない。
その人のなりが、どんなふうに見えても、どんなに仲良さげに他人に映っても…
見えただけじゃダメなんだろうな…
あの男は、兄貴からの愛情を確かめたかった。
兄貴は、本気になりたくなくて、あの男から何も得ようとしなかった。
オレの目に…
そう見えてるよとも、言えないオレは、兄の手の平に転がる片方だけの青い石のピアスを、兄越しに見詰めていた。
4
その一方で、この男は…
「…ねぇ。アンタ…大丈夫?」
階段に私の声が、静かに響く。
「…ぅうん?…」
この男の声は、逆に響かない。
「そんなレシピ何って、聞き出して諦められるの?」
「…知るかよ」
「おい。投げやりかよ?」
思い浮かんだ言葉と、同じ言葉を投げ掛けられたけど、あのお茶の味が懐かしく思えた。
「随分とアホ男な発言ね」
「そりゃどうも…」
そんなの…
分かってる。
どんだけ自分が、バカなことし続けたのか…
それでもいい。
おこがましくても、構わない。
偶然でも、擦れ違いでもいい。
会いたいんだよ…
存在を、感じたいんだ。
だから一瞬でも、見れたセリの後ろ姿に安堵してる。
「…そんな顔しても…実際にアンタは、あの子の居場所や今の連絡先を知らないんでしょ?(私は、弟くんの連絡先を知っているけど、教えるつもりはない)それともまた大学で、擦れ違うの待ってんの? 絶対に、嫌われてると思うけど」
オレは、思わずハナを睨んだ。
「余計なこと言うな! アイツが、大丈夫かどうかが、分かれば良いんだよ!」
「そう。それは好きに納得すれば良いわ。でもまぁ…同じ学校なんだし。カレの実家だって、この街にあるんだから。少しの偶然ならあるかもね…」
「慰めになってねぇーし」
しかも、あんな広い構内で…
こっちは、無視されてるかもしれねぇーのに…
「時間は、掛かるでしょうね…」
ハナの声が優しく聞こえた。
セリが、居なくなってから。
立ち寄りそうな場所や行きそう所とか、行ってみたけど、どこ探しても見当たらなかったのに…
また面と向かって会えそうな気がしたのは、後ろ姿だけでも見れたからかな?
「なぁ…」
「何?」
「さっきのヤツ…似てたし年下っぽいから弟?」
「…うん…なんか、うちに通ってた頃の昔のアンタみたいな子よ…」
「…へぇ……」
正直アイツから弟が、居るってことは、聞いたことなかったけど…
「何で…俺の方が、スミマセンでしたって、言われたんだろうな? お前も、聞いてたろ。俺が、謝罪する側なのに俺の顔見て、スミマセンって…」
まるでセリが、全部悪いみたいに
「…二回も、そう言った」
「そうね。ドッチのスミマセンでしたなのかしらね…」
「…考えたくない…」
彼は、そう呟いた。
こんな風に納得させながら。
目の前の男は、日々のどこかで、その人の面影を残した誰かを、見ては溜め息吐き。
似た他人でも見れれば嬉しい。
今みたいに見掛けられただけでも、安心したとさえ思える程に、どうしようもないぐらいにアサキは、打ちのめされ続けているのね…
彼は、押し付けられたように返された小箱の蓋を開けた。
「俺らってさぁ…」
「ん?」
「自分の手で梱包したのか、他人が、梱包したのか見りゃ分かるよな?」
「まぁ…癖みたいな感じが、残るからね…それが?」
「箱の中の小袋…俺が、梱包したままになってる…」
「…やっぱりね…」
アイツは、どれも開けてはくれなかった…
少しでも、気持ちを知って欲しくて…
身に付けてくれそうなシルバーアクセを、作って贈ったけど…
つけてくれた事はなかった。
唯一アイツの耳にピアスホールが、ある事に気付いて青い石のピアスを贈ったけど…
一度も、着けている所なんって見たことがない。
もしかしたらつけくれるかも、なんってさぁ…
一縷の望みみたいな期待だったけど、それでもつけてくれなかった事は、それなりにショックだった。
まぁ…一方的に贈って、つけてくれない事に苛立っても仕方がない。
それでも、こっちとしては、好みが知りたくて…
こう言うデパートや複合施設に連れ出しては、アイツが手に取って見入っていたモノを、参考にして作ったはずなのに、手にすら取ってもらえなかった…
それは、それで…
悔しい。
「それは、どうだろうね…」
階段に響くハナの声。
「アンタが、手に握っているピアスの石は二つ。アンタに納品した記憶があるけど?」
私は、落ち込みまくりのアサキの顔すれすれに小袋をつまんで差し出す。
勿論。小袋の中は空だ。
「…取り出された形跡無しの新品同様の一つしか、入ってなかったけど?」
「はぁ?」
数ある小袋のそれだけが、何度か開けられ使い古された感じになってあった。
「…それに、仕事に几帳面なアンタが、封を閉じにしては、全然違い過ぎだし。不自然なぐらいに目に付いたのよ…」
「…これの片方って…どうなったとか、聞いてるか?」
「聞こうと思ったら。話は、ずれるし。アンタが、来たんでしょうがぁ…」
「俺かよ!」
「そうーよ!」背中をピシャッと叩かれた。
言い訳になるかもだが、ナゼかセリは気持ちや想いを、俺に見せてはくれなかった。
もしかすると、最後まで見せてくれなかったのかも知れない。
俺は、沢山の小袋が入れられた小箱を膝に乗せた状態で、その場に座り込んだ。
「何…その長い片想いが、終わった的な怖い顔は?」
「それ…言うな…」
従業員専用のバックヤードの階段だからか、この静けさに救われるような気がした。
「なぁ…仮に……いや。逆に俺の試すみないな行動が、全部バレてたら。何で、何も言ってこなかったんだろ?」
このアホにしては、中々鋭い突っ込みな気がして私は、笑ってしまった。
「なんで、そこで笑う?」
「珍しくマトモな事を言ってるから」
「まと…も?」
確信した訳じゃないわ。
何となく。
「…人との付き合い方に対して、苦しんでいたのかなぁ…って」
「苦しんでた?」
「これが正解かは、分からないわよ」
「確かに…」
「でも、アンタと付き合っていた頃のあのコは、嬉しそうに見えていたし。苦しんでるコには、見えなかった」
色々、あったけど俺は、間近でそれを見てきた。
「でも、そこにアンタの病的な独占欲とか、気持ちを確かめたいとか…そんな行動が、変に合わさって、こんな風になったんじゃないかって…」
私は、慰めるために言っている訳じゃない。
傷付けるために、言っている訳でもない。
「アンタが、今抱えた気持ちは、さっきまで、ここに居た弟くんも、同じなんじゃって、思えてならないのよ…多分…」
私は、アサキから。
惚気に似た話を、聞かされていたし。
二人が街を歩いている姿を、何度も見た。
確かに昔から人やモノに対する彼の独占欲や執着心は、凄かったけれど、二人共にどちらも依存するって訳でもないように見て程よく距離を、保てたと思うのだけれど…
「苦しい系に独占欲系の強いの当てたらダメね。良い勉強になったわ」
「はぁ? なんじゃそら?」
「取り敢えず。どうすんの?」
「どうすんのって?」
「それ…」
と、小箱を指を差す。
「これのこと?」
俺は、溜め息を吐く。
「返品されたもんは、仕方がないだろ?」
視線を下にやると、程よくいい加減な顔した彼が、ほんの少し寂しげに笑った。
「……そう言えば、さっき帰り際に聞いたレモングラスも、どうすんのよ?」
「作るに、決まってる。でも、ハーブとかどこに売ってんだ?」
取り敢えず彼は、相変わらずと言うか、何と言うか…
仕方がないのか、諭しても無駄ね。
「このデパートの裏の通りにハーブティーとか、ハーブを売ってる専門店が、あるから仕事終わりにでも、行ってみたら? 地図書くわよ? 私に聞いたって言えば、相談にものってくれるはずだから」
彼は、しばらくボンヤリと押し黙り。
フーッと息を吐き出し立ち上がった。
「うん。後で行ってみる」
一瞬だけど、憑き物が落ちたように見えたのは、気のせいか…
それとも、そう装っているのか…
まだ、定かじゃないと…
私は1人考える。
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