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第一章 ボーイ・ミーツ・パパ①

 まだ少しの肌寒さを残しながらも、桃色の蕾が膨らみ、色とりどりに芽吹きを始める季節。  駅前近くの趣きある喫茶店、内装は少しクラシックで落ち着いた雰囲気がある。  周辺には若い人向けのファストフード店なども立ち並び、少し敷居が高いこの店は喧騒から逃れる穴場スポットでもあった。  店内に流れる静かなクラシック音楽、それは有線放送ではなく店内の隅に置かれた今は懐かしきレコードプレイヤーから奏でられるアナログ音源だった。  時刻も夕方となってくれば窓から射し込む西陽が、年季の入った床板を濃いオレンジ色で染める。  挽きたてのコーヒー豆の香りが鼻腔をくすぐり、佳嘉はその芳香を少し楽しんでからコーヒーを僅かに口に含む。鼻から抜ける香りも心地よいものではあったが、それを表現する術を持たずにそっとカップをソーサーの上へと置く。  カランと重厚であり軽やかな鐘の音が店内に響く。扉の上部に取り付けられた鐘が新たな入店者を知らせ、少し息を弾ませた男性が白髪交じりのオーナーへ真っ先に視線を向ける。 「すいません、待ち合わせでっ」  平日の夕方、周辺には他にも多くの飲食店がある中、レトロな喫茶店を選ぶ客はそう多くない。五、六組の客が疎らに席を埋める中、聞こえた若い男性の声に佳嘉はソーサーを少し端にずらしながら入店者に視線を向ける。  学生服姿にスクールバッグを斜めに掛けた男性は、レジ前に立つオーナーと何やら話をしている。やがてオーナーは何かに気付いたように視線を佳嘉へと向け、座席を示すように案内の掌を向ける。  その手につられるように男性は佳嘉へ視線を向け、佳嘉も待ち合わせ相手が自分であると分かるように片手を挙げて男性に示す。  佳嘉の合図に気付いた男性は表情が和らぎ、スポーツバッグのストラップを両手で握り、少しだけ駆け足で佳嘉へ近寄る。  木製の段差を上がった男性は、佳嘉の前にたどり着くと息を切らせながらも笑顔を浮かべる。 「ごめんなさいっ、遅くなりました」  多少の申し訳無さも持ち合わせつつ、年相応の無邪気なその笑顔はまるで太陽のようだった。  それが樋野佳嘉と音羽真生の初めての出会いだった。

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