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第一章 ボーイ・ミーツ・パパ③

 こういったレトロな喫茶店のメニューにあるナポリタンというものは、おしゃれなレストランやチェーン店で出されるものとは少し異なり、昔ながらのケチャップで赤く染められウインナーやピーマンが食欲をそそる独特の懐かしさがあった。  真生がそのレトロさに懐かしさを感じるかは分からなかったが、口の周りにケチャップをつけながら美味しそうにナポリタンを食べる真生の姿は、支払う側である佳嘉から見ても気持ちの良い食べっぷりだった。  このまま真生の食べる姿を見続けていても構わなかったが、佳嘉は一度腕時計に視線を落とす。限られた時間のなか必要な交渉だけは話を進めておかなければならないと感じた佳嘉は空になったカップをソーサーごとテーブルの隅へとずらし、観察するように真生へ視線を戻す。 「食べながらでいいから、君の希望を確認しておきたいのだけれど」  急かすつもりなどは毛頭なかったが、佳嘉の言葉を受けた真生は口に運ぶフォークの動きを止めて、口の中に残っていた塊をどくんと飲み下す。喉仏が大きく上下したところを見るとあまりよく噛んではいないことがうかがえた。  手を伸ばして紙ナプキンを取った真生は乱雑に口周りを拭き、くしゃりとそれを片手で握りつぶしながら、もう片方の手はグラスを握り、水で内容物を流し込む。 「すいません、一番大事なことなのに……」  本題より食欲に負けてしまったことに申し訳なさを感じているのか、両手を膝に置き肩を落とす真生の姿はそれまでよりもさらに小柄に見えた。 「構わないよ。育ち盛りなのだしね」  なによりも先に食べることを勧めたのは佳嘉のほうで、注文をしてからナポリタンが提供されるまでの間でも話をすることはできた。本題よりも真生の空腹を満たすことを優先したのは佳嘉の意志で、真生が申し訳なく思うような非は一切なかった。  食べかけのナポリタンをそのままに、真生は座席に座り直す。佳嘉の言葉通り食べながらの応対でも構わなかったが、金を受け取る身として中途半端な態度はとれないと真生自身が判断したのだろう。 「ええと、基本的には定期で長く続けられる関係の人がいいなあって思ってます」  定期的に会う関係になるかは顔合わせであるこの日にかかっている。この希望がお互いに合致しなければ喫茶店を出たあと二度と会うことはないだろう。だからこそお互いの生活圏から離れた場所を選んでいる。 「――定期の場合、週に何回という希望はあるのかな?」  佳嘉からの質問に真生は斜め上を見上げる。平日と休日に何回ずつ、会社員と学生という生活スタイルが異なる関係性だからこそ、回数の希望が合わなければ最終的にお互いが無理か我慢をするはめになってしまう。  仕事は平日のみ、比較的定時に退社することができる佳嘉は、可能な範囲で真生の希望に合わせることができた。 「そう、ですね……平日も部活のあとなら大体大丈夫ですし、土日はたまに練習試合とかがあるんですけど、それ以外ならいつでもっ!」  週に何回と厳密に回数を定めるわけではなく、空いているときで都合がつくならいつでも構わないという趣旨の真生の発言を受けた佳嘉は納得したように数度頷く。  部活という単語が真生から出たが、持ってきていたスポーツバッグからおそらく運動部であることは佳嘉にも分かり、健康的に日焼けした肌は内面の安定さもうかがわせた。 「そういえば部活、なにをやっているの?」 「サッカーです!」  野球かサッカーか、そのどちらかであるという予想はしていたが、昨今では野球部であっても坊主頭にするということはまれなので、佳嘉の判断を迷わせていた。 「へえサッカーか。私も見る分には好きだよ」  佳嘉は片手を上げて従業員を呼ぶ。それはコーヒーのおかわりをもらうためだった。 「そうなんですね! ぼくもサッカーはヴェルディ――」  そこまで真生が言いかけたところで、遮るように再び真生の腹の音が鳴る。二度目ともなれば真生も絶句し、言葉を失ったようにその場で固まる。  テーブルへ訪れた従業員も真生の腹の音には面食らった様子でためらいを見せていたが、佳嘉がコーヒーのおかわりを頼むと注文を受けた会釈を向けてすぐにその場を下がる。しかし向けられる背中は微かに震えていた。 「ああ、遠慮せず食べなさい」  だから食べながらで構わないという提案を先にしていた佳嘉だったが、お互いの希望に大きな齟齬がないことを確認すると顔を赤く染める真生へ食べかけのナポリタンを勧める。 「す、すいません……」  学生のころから食が細かった佳嘉は大きな腹の音を鳴らした記憶がほとんど無かったが、土日も練習試合に出るほど部活動にいそしんでいる真生ならば、SNSに載せられた食事量にも納得ができた。

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