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第一章 ボーイ・ミーツ・パパ⑤
ガラス窓に自らの姿を反射させ、真生は煌めく街のネオンに思いを馳せる。帰宅ラッシュの時間帯でもあったが、混み合う方面への乗車では無いため座席にいくつもの空きがある。
端の席と扉の角に寄り掛かり、ただ流れる夜景を眺める真生だったが、思い出したようにスポーツバッグから大事にしまい込んだ封筒を取り出し、改めて中身を確認する。
「まっじで顔合わせだけで二万って、太っ腹だよなぁ」
二万円をもらったから大人をしなければならないと思ったわけではない。大人をするかどうかの判断は真生に委ねられており、佳嘉相手ならばしてもいいと思えたからこそアプローチをかけた。
その結果は惨敗で、今こうして誰もいない部屋への帰路についていた。
視線を向ければ夜景と反射した自分の姿が重なって映る。男の欲を煽ることが得意ななか、大人の誘いをかけて、かわされたのはこれが初めての経験だった。
どんなに取り繕っている相手でも、こちらが大人を匂わせればたちまち本性をあらわにする。瞳の奥にギラつく欲望が見えるのだ。ただ佳嘉にはそれが無かった。眼鏡のレンズに店内の照明が反射するという弊害はあったが、それだけが原因であるとも言い切れなかった。
真生が引っ掛かっているのは、佳嘉が終始無表情であり続けたことだった。
受け取った二万円も間違いなく本物で、騙すつもりがないことは明確だった。中にはお手当てを渡すのを別れ際にしたり、そのまま渡すのを忘れた振りをしようとする相手も少なからずいる中、先にお手当てを差し出す佳嘉の行動は誠実であると言えた。
男同士だからこそ扱いが雑になることも一度や二度のことではない。財布から直接一万円を渡されることだって何度もあった。
腹が鳴ったのは本当にただの偶然だったが、あの局面でスマートに注文を進めてくる相手になんて今まで遭遇したことがなかった。
だからこそ初対面であっても佳嘉とならば大人をしてもいいと思えた。
言ってしまえば真生にとって、佳嘉の見た目がタイプだった。パパ活で援助を申し出てくる男性の多くは、四十代以降の収入も安定して余裕のある者が多い。佳嘉の年齢は三十代半ばと聞いていたが、実際会ってみれば想像よりもずっと若く見えた。
顔合わせは真生が相手を判断する重要な機会だったが、同時に真生も佳嘉から審査されている事実に違いはない。佳嘉が金を支払うに値しない存在であると真生を判断すれば容赦なく関係を絶たれることは必至だった。
電車が駅に停車し、乗る者と降りる者がいる喧騒のなか、真生は小さく溜息を吐く。
だからこそ終始無表情であった佳嘉の反応を、真生は悲観的に受け取らずにはいられなかった。
「イマイチ反応がなぁ……やっぱ最初っから大人匂わせたのがまずかったか……?」
上目遣いに猫なで声で求めれば堕ちない男はいない。今までもずっとそうだった。だけど佳嘉だけが違う。佳嘉の目的だけが真生には理解が出来なかった。
ただ食事と会話をするだけで二万円なんて破格の金額は、どう考えてもおかしいと思わざるをえない。
焦りすぎたことは真生も否定できない。それでも佳嘉とならば大人をしてもいいという期待を持たせておかなければ次に繋げられるかも分からない。
ただそれが逆に佳嘉に対して不快な思いを抱かせてしまったのだとしたら――次などという機会は得られないかもしれないという不安が真生の胸中を占領し始めていた。
ピロンッとスマートフォンの通知音が鳴り、マナーモードにしていなかったことを思い出した真生は慌ててスポーツバッグの中から自分のスマートフォンを取り出す。
真生が気付いていないだけだったが何件かの通知が来ており、その一番上最新の通知は別れ際連絡先を交換した佳嘉からのものだった。
連絡先の交換は社交辞令のようなものもあり、交換したからといって必ずしも連絡をする訳ではない。嫌ならブロックでもして以後連絡をとらなければいいだけだった。
真生は興味本位から佳嘉からのメッセージを開く。
【今日はありがとう。気をつけて帰宅してください。】
絵文字もスタンプも何もない文字のみのメッセージ。今日受けた印象から考えれば佳嘉らしいといえば佳嘉らしいメッセージだった。しかし佳嘉らしいと考えるからこそ、ただの社交辞令として送っているだけとも考えられた。誰だって別れ際まで自分の印象を悪くはしたくない。
それでも何かしらのメッセージは返さなければならないと考えた真生は、スマートフォンを片手に持ったまま両目をかたく瞑り首を捻る。今ここで次の約束を取り付けるべきか、それとも無難に挨拶だけをして終わらせるべきか。佳嘉に対して好印象を残すのはどちらの対応であるのか、真生には考えが及ばなかった。
メッセージを確認してしまっているので、既に真生がそのメッセージを見たことは佳嘉にも伝わっている。何かしらの返事を早く返さなければ逆に〝真生らしく〟ないと考えた真生は、再びメッセージ画面へ視線を落とす。
【また会えるときに連絡をください。】
「まじぃ!?」
予想もしていなかった佳嘉からの二通目のメッセージに、真生は思わず電車の中で大声をあげていた。
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