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第四章 プライス・オブ・デザイア①

 薄暗い密室、部屋の中には真生と佳嘉の二人だけ。  防音環境には強みがあり、扉を一度閉ざしてしまえばこの室内でどんなに恥ずかしい行為が行われようが外部に露見することはない。  「忘れないうちに、これ」  佳嘉はテーブルの上に今回のお手当てが入ったクラフト封筒を置き、真生のほうへと差し出す。  重苦しい沈黙が室内を満たし、佳嘉が唾液を飲み込む音だけが微かに響く。 「……って、聞いてないね君」  斜め前の椅子に座る真生は、佳嘉に誕生日プレゼントとして買ってもらった有名ブランドのシューズへ完全に意識が向いてしまっていた。  箱から取り出しそのフォルム、新品のシューズ特有のゴムの香り、あまりの人気と品薄から、かつてはそのシューズを奪うための襲撃すらあったという希少さを真生は全身全霊で噛みしめる。  正面からはもちろん、裏面から見る網目のようなソール。黒バージョンがかっこいいと言われてはいたが、真生は断然イエローグラデの初期モデルが好きだった。  その人気はいつまでも衰えることはなく、真生も自分の手で入手することを諦めていた。  そんな夢にまで見た品が、佳嘉から誕生日プレゼントとして渡された真生の高揚する胸中は言葉では言い表せない。今なら何でもできるような気がする。根拠はなくともそう思えるほどだった。  なにか忘れている気がして真生は唐突に我に返る。今日は佳嘉と休日のショッピングデートで、有名ブランド店でシューズを買ってもらったあと、真生がそれを堪能するため涼をとりに入店したカラオケ店の一室であることをようやく思い出す。  斜め前の椅子にはシューズを崇めて狂喜乱舞する真生を見やる佳嘉の姿があり、少し前になにやら話しかけられたことを思い出した真生はハッとして息を呑む。 「聞いてるっ聞いてるよ!」  大切そうにシューズを胸元に抱える真生の右腕には、あの日もらったリフレクターバンドが淡い輝きを放っていた。佳嘉からもらう大切なものがどんどん増えてきているような感覚があった。 「今日も、ありがとうございます」 「いえいえ」  佳嘉がテーブルの上に置いた封筒を受け取った真生は深々と頭を下げる。それに応じて佳嘉も頭を下げ、今更確認するほどのことでも無かったが、屋外でもなかったので真生はその場で封筒の中身を確認する。 「あれ……?」  薄暗いから見間違えたのかもしれない。真生は封筒の中身を取り出し、外からわずかに入る光源を頼りに再度枚数を数え直す。  しかし何度数え直してもそこに入っている一万円札の数は、二枚ではなく五枚。 「佳嘉さん、多いよ?」 「ああ、それは……」  一回の食事やデートで二万円という金額は元々相場よりも高い金額だったが、五万円といえば大人一回の相場とほぼ同額だった。  この日が真生の誕生日であることをあわせて考えると、今日まで佳嘉は待ってくれていたのではないという期待が真生の中に小さく息づく。  一蹴され続けていた大人の誘いも、今日という日のためであったと考えるならば、ブランドシューズよりも真生にとっては嬉しいプレゼントだった。  最近佳嘉と会うときは、見られても問題のない下着を穿いている。いつだって準備万端で、佳嘉が首を縦に振るのを待つだけだった。 「大人ありの五万も大人なしの五万も、君にとったら何も変わらないだろう?」  その無情な佳嘉の一言で、手の中にあった封筒がくしゃりと歪む。  金なんて、本当は問題ではなかった。食事の代金だって、割り勘にしても良かった。  佳嘉と会うことだけに意味があった。  だけれど佳嘉にとってはそうではないということが、真生の心に小さな亀裂を生み出し始めていた。

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