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冒険の準備

 カイラは今、モンスター討伐の為の買い出しに出かけていた。  ヴェルトは自分の武器の手入れをする為鍛冶屋に行くと言うので、珍しく別行動だ。 「ポーションと携帯食料と、それから……」  と買うべき物を考えながら大通りを歩いていると……  ポトン。と茶色いクマのぬいぐるみがカイラの目の前に落ちる。  誰かの落とし物だとカイラはクマを拾い上げ辺りを見回したのだが、往来が多かった為誰が落としたのかすら分からなかった。  古びた可愛らしいクマのぬいぐるみ。手作りだと思われる赤いリボンの飾りが、蝶ネクタイのように首に付けられている。 (きっと小さな女の子がこれを落としたんだ。もし無くしたと知ったら悲しむよね)  善意から、カイラはクマのぬいぐるみを持ち主に届けようと考えた。  カイラはぬいぐるみに手を重ねて「『ルックフォー』」と唱える。  ぬいぐるみから白い煙が立ち登り、それが風に流される様に前へ前へと進みカイラへ道を示す。  これはぬいぐるみの持ち主が通った道。辿ればすぐに持ち主を見つけられるだろう。  カイラはぬいぐるみを手のひらに乗せながら煙を追いかけた。    ***  大通りを進み続け、閑静な住宅街に入った末に辿り着いたのは、立派な屋敷であった。  屋敷の壁も、屋敷を囲む庭もよく手入れされている。カイラはこれほど見事な屋敷を見た事がなかった。  きっとここに住めるのは貴族や豪商といった特別な人達だけなのだろう。とカイラは建物を見上げる。  煙が屋敷の門を潜りドア付近で途切れているので、ここに違いない。  自分が場違いでないか不安で、カイラは恐る恐る門を潜りベルを鳴らす。  しばらくしてドアの向こうから現れたのは……ぬいぐるみ?  背丈はカイラの腰ほどの高さで、全身に短いふわふわな毛が生えている。  大きなマズルに刺繍の目と鼻がなんとも可愛らしい。 「はーい、ご用はなんですか?」  クマのぬいぐるみはドラ声でカイラに訊ねた。 「…………」  ぬいぐるみが喋り動く。  子供の頃空想で思い描いた光景が今、ここにある事に驚きを隠せないでいると。 「どうしたんです、ムイ」  という男の声が聞こえた。 「ご主人! あのねあのね、お客さん」 「お客さん?」  と現れた人物を見て……カイラは更に驚愕した。  その人物は、公開処刑の際に死刑執行人として木のステージに上がっていた男だったからだ。 「あっ、あのっ」  カイラは死刑執行人に恐怖しながらも話し始める。  この時、カイラは気付いていなかった。  死刑執行人はカイラ以上に突然の来客に恐怖していたのだ。  まさか来客があるとは思わなかったハルキオンは、シャツにスラックス、シルクの手袋という、彼にとってはラフな服装に身を包んでいた。 (いや、怖がってどうする! 私!)  練習の成果を挙げるべき時。  ハルキオンは意識を目の前にいる小さな少年に集中させる。  貴族らしく!  丁寧に!  親切に!  少しはマトモに見えるように!  ……無理だったらムイかモイに任せればいいや。 「これ、もしかしたら、落としたのではないかとっ!」  とカイラは古く小さなクマのぬいぐるみを両手で差し出した。  途端に死刑執行人の光の無い目が輝いた……気がした。 「ぺぺ! あぁ、探してたんだ!」 「ぺぺ……?」 「彼の名前です……あぁ、良かったぁ……!」  とクマのぬいぐるみを受け取った男は愛おしげな視線をに向ける。 (なんか……個性的な人だな)  男の行動をややおかしく思っていると、今度はカイラ自身に視線が向けられた。 「どこで彼を?」 「大通りの所で」 「そうでしたか……貴方には何かおっ、お礼をしなければなりませんね。是非、お礼をさせてください。えぇ、是非とも」 (噛んでしまった)  失敗した事で頭が真っ白になり、ハルキオンは顔面に笑みを貼り付けたまま冷や汗を流す。 「お菓子があるよー」  男の背後から顔を出したクマのぬいぐるみが、歌うようにカイラに告げる。  知らない男……その上、死刑執行人を生業としている男の家にお邪魔する訳にはいかず、カイラはやんわりと断ろうと決める。 「いえあの」 「私にとって、とても大切な(モノ)なんです。それを拾って、いただけたんですから。それ相応のもてなしを」 (今回は噛まずに言えた。良かった) 「ジュースもあるよー」  2人の言葉責めに圧倒され、カイラは身を縮ませた。 (……ここまで言われてるんだ。このまま誘いを断っても良いんだろうか)  という考えが頭をよぎった。 (まぁ、少しだけお邪魔して、少しだけ話して、すぐ帰るなら……大丈夫、だよね) 「じ、じゃあ少しだけ」 「えぇ、是非是非!」 「すぐ用意してくるねー」  と張り切る1人と1匹にほとんど引きずられるように、カイラは屋敷に足を踏み入れたのだ。

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