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3日目

 3日目の夜。  昔ながらの石壁と木の床がなんとも風情のある酒場にて。  その個室でヴェルトと1人の男が酒を飲んでいた。 「随分と機嫌良さそうだな、ヴェルト」    魔力のせいで一房だけ黒に変色した赤毛に、燃えるような赤い瞳をもつ中肉中背の男。  流行りの柄のベストを小粋に着こなす彼はガゼリオという魔法学校の教師で、ヴェルトとは知己(ちき)の仲である。 「えへ、分かる?」  酒にはあまり強くないらしく、既に顔を赤くしているヴェルトは砕けた口調で話す。 「どーせまた、好きな子でもできたんだろ?」  と呆れ顔を浮かべる友人の問いに「うーん」と唸った後、ヴェルトはこう続けた。 「好きな子……というか、滅茶苦茶にしたい子かなぁ」 「当ててやろうか? 茶髪に緑の目」  ガゼリオはイメージを膨らませ、ヴェルトと同年代の女性を思い浮かべる。  ……実際はヴェルトより一回り下の少年なのだが。 「当たり。よく分かるね」 「お前が好きになるの毎回そうだからな」  ガゼリオは胸ポケットから紙巻きタバコを取り出した。 「しかし、滅茶苦茶にしたい? ってどういう事だよ」 「うーん……なんかこう、滅茶苦茶に可愛がって、僕の事しか考えられないようにしてやりたい」  実はね。と酒で表情を緩ませながらヴェルトは続ける。 「今ね、その子に禁欲させてるの」 「……はぁ」  ガゼリオは個室にして良かったと心底安堵する。  親友に構う事なく、ワインが入ったグラスを戯れで傾けながら続けた。 「可愛いよ。僕に(すが)って来てさ……更に可愛がるとイかせてってせがんで来る」  ぼんやりとガゼリオは想像する。 「あんま興味無いけどお前……お前。そんな趣味あったのかよ気持ち悪いな」  火が付いたタバコを指の間に挟んだガゼリオは吐き捨てた。 「えへへ。もしかして(ひが)んでるのかい? 君もさっさと良い人を見つける事だね」 「んな事より、お前その子から離れて俺と酒飲んでて大丈夫なのか? ……知らない間に禁欲破るかもしれねーぞ」 「それは無いよ」 (貞操帯着けてるからね) 「そうなのか」 (断言したな……愛の力ってやつか? 全く、面倒な)  何かが決定的にすれ違ったまま、2人は会話を続けた。    *** 「あぁ……うぅ♡」  ヴェルトが「友達と飲みに行く」と言ってホテルから出掛けてしまった為、カイラは貞操帯以外の着ている物を全て脱いでベッドの上で自慰に耽っていた。  性器の中で唯一露出している睾丸を右手でやわやわと揉み、左手で敏感な胸に触れている。 「イきたい……イきたいよぉっ♡」  無駄だと分かっていても。  徒労に終わると知っていても。  自分を慰め続けてしまう。 「はっ……はっ……もう、無理……っ♡」  カイラはベッドに両手と両膝を着き、腰をヘコヘコと上下に振り始める。  まるでセックスのように。  とはいえ一度も経験が無いので、カイラは勘だけで腰を動かし続ける。  腰を打ちつける度に、ぶら下がる果実が揺れる。 「は……っ♡ ちょっと、きもち、い♡」  貞操帯の中で欲望を滾らせ、揺れる玉を疼かせる。  あと2日、カイラは射精できない。 「なにしてんのぉ?」 「ひゃうぅん!?」  突然声をかけられたカイラは、目を見開きながら奇怪で甲高い声を上げた。  そこには酒に酔い顔を赤くし目をとろんとさせたヴェルトがいたのだ。片手に紙袋を持っている。 「なにぃー? 1人でエッチしてたの? 可愛いねぇーカイラくぅーん♡」  普段出さない……まるで赤ちゃんにでも話しかけるような砕けた口調と声で、ヴェルトはカイラを|揶揄《からか》い始める。 「あ、これお土産のクッキィー明日一緒に食べよ」  紙袋を見せるようにひょいと持ち上げた。  カイラは咳払いする。 「……もっと遅くなるって思ってました」 「君の事が心配でね? 早めに切り上げて帰って来たんだよ。えっへへへへ……続けていーよ。てか、続けて」 「そ、そんな、嫌です」 「えぇ~……そんな事言うと期間伸ばすよ? もう5日」 「~~ッ!?」  カイラにとっては合計20日分の禁欲。  一応経験した事があるとは言え、もう2度と経験したくない。 「そんな……そんな……っ!」  恥を捨てきれないカイラは、荒い息を吐きながら躊躇い続ける。 「カイラ君、ほらほら? 早くしないと伸ばしちゃうよ? カイラ君のちんちんが気持ちよくなれるかどうかは、僕の一存で決まるんだから」 「そんな、あの、そんな……っ」 「カイラ」  酔っているとは思えない程鋭く冷たい声に、カイラは「ひっ」と声を上げた。 「やれ」 「~~ッッ!」  恥と射精を天秤にかけた結果、射精の方に傾いた。  カイラはヴェルトの目の前で腰をヘコヘコと動かし始める。  ヴェルトはにやにやと笑いながら、カイラと視線を合わせるようその場にしゃがんだ。 「カイラ君……勃ってないのにヘコヘコして可愛いねぇ?」 「…………」 「正常位派なのかい? 王道だねぇ。やっぱり自分で動きたいよねぇ。僕、相手にリード握られるの嫌いだからさ」 「…………」 「でもセックスできたとして、カイラ君のちっちゃいからなぁ。悦ばせられるかどーか」 「…………」 「動き方もさぁ。童貞丸わかりだよ。もう少しちゃんとできないのかい?」 「…………」 「カイラ君の可愛いからなぁ……そうだ、名前付けようか! 『ティニー』が良いんじゃないかな? ぷっ……あっははは!」  ヴェルトは上機嫌に笑った。  ティニーとは魔法の言葉で「とてもちっちゃい」という意味である。 「誰かこの酔っ払いをこらしめてくれ……!」  カイラの悲痛な呟きがどこかへと消えた。    ***  カイラとヴェルトがいるホテルの屋根にて。 「あんにゃろー、精気の量が少ないと思って来てみれば……!」  あぐらを掻いているミキが忌々しげに呟いた。 「俺はもっとカイラとエロい事して欲しいのに! なぁ、お前もそう思うだろディック!」  とミキは自身の隣に立っている男の顔を見上げた。 「……我慢する期間も必要だと思います」  男はタバコをふかしながら自分の見解を述べた。  奴もミキと同じく夢魔特有の角とコウモリのような翼を生やしている。  黒髪を整髪料で固めた彼の、銀縁メガネの奥でギラギラと光る瞳孔の開き切った双眸(そうぼう)が何とも恐ろしい。  扇状的な衣装のミキとは違い、全く隙の無いスーツらしき服装に身を包んでいる。  背が高い。猫背なので、背筋を伸ばせばもっと高く見えるのだろう。筋肉質なのが服上からでも分かる。 「はぁ~? せっかく会えたのに冷てーなぁ? 久しぶりの外出許可が出たんだろ? もっとこう……ハシャげよ!」 「外に出れたって文字アイツが側に居なきゃ特に面白くも無え」  外見に違わず声も凄みがある。 「まだアイツに惚れ込んでるのかよ……好きだねぇ、お前」  ミキは立ち上がり、ディックの顔を見上げる。 「まぁ、お前の話はどうでも良くてだな? 俺のお墨付きの可愛い可愛いカイラちゃんが、あの淫乱酒乱のヒョロガリ男に禁欲強いられてるから精気がもらえなくて困ってるのよね」  てことで。とミキはディックに体を寄せる。 「お前、俺とヤれよ。少しは精気の足しになんだろ」 「……別に良いですよ」  まるで飯でも食いに行くかのような気軽さだ。 「そうこなくっちゃな♡ じゃ、場所変えるか」    *** 「う~……う~……!!」 「なにぃ? そんなに恥ずかしかった?」  今、ヴェルトはベッドの中で自分にしがみつき胸に顔を埋めるカイラの頭を撫でていた。 (目の前で淫乱なショー(エアセックス)させられた事、しばらく忘れられそうにないや……) 「そりゃそうですよ……!」 「だって可愛かったんだもん、寂しいかなって思って早めに帰ってきたら……ふふ、1人で何か楽しそうな事してるんだもん、揶揄いたくなるよ」  はぁ~と満足そうに溜息を吐くヴェルトに、カイラは「酒臭い」とぼそっと呟いた。 「明日はどうやって虐めるかなぁ。……乳首弄ってあげようか、腫れちゃうくらいさ。シャツが触れるだけで気持ちよくなるかもね……あは、カイラ君の体熱くなってきたね? 想像してるのかい? 可愛いなぁカイラ君」  ポンポン。と軽く叩くようにヴェルトはカイラの頭を撫でる。 「……カイラ君」 「今度は何ですか」 「好きだよ」  真剣な声色と言葉に心臓が跳ねた。 「……っ、冗談言わないでください」  やや怒気を含んだ声でカイラは返す。 「本気さ」  返って来たのは更に真面目な声。 「ずっと一緒にいたい……誰にも渡したくないんだよ。ハルなんちゃらにも絶対に渡したくない」 『……この感情は、ただの性欲だと良いなぁ』  そのようにヴェルトが言っていた事を思い出す。  だが、先ほどの告白は決して肉欲による一時的なものではなく、もっと純粋なものだとカイラは信じてみたいと思った。  ……少しこの男の性格に難があるのではないかと思い始めているのだが。 「えへ……カイラ君、これは呪いの言葉だよ」  ヴェルトが言っている事の意味が分からず、「はい?」とカイラは訊き返す。 「僕みたいなのから好きって言われるなんて」  ヴェルトは欠伸をした。 「君は本当に不幸な子だよ。おやすみね、カイラ君……また明日ね……」  カイラを抱き枕にして早々に寝息を立て始めたヴェルトの顔を、カイラは不安気に見つめた。

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