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マジェスティック邸へ
街の外れにある、いかにも魔女が住んでいそうなとんがり帽子の大きな屋敷。
ここがかの高名な魔導士マティアス・マジェスティックの家である。
貰い物やたまたま見かけた雑貨などで埋め尽くされたこの屋敷は、物がとにかく多いが何故かだらしない印象が全くない。
薬品の芳しい香りが漂うリビングにて、マティアスとぬいぐるみがパッチワークのソファに腰掛け茶を飲んでいた。
「アマネ、今日は面白い事があったんだ」
「なんでしょ」
アマネと呼ばれたのは、ハルキオン邸にいたのと同じ型のぬいぐるみだ。
真っ白な体のぬいぐるみは、頭にちょこんと魔女のようなとんがり帽子を乗せている。
「夢魔の呪いをかけられているチビ助に出会ったのだ」
とマティアスはアマネが焼いたカップケーキを手に取る。
「そーなの?」
アマネは小首を傾げた。
「その少年がもう少しで来るはずなのだが____」
呼び鈴の音を聞き、マティアスは「ほれ来たわ」と予想が当たった事による笑みを溢す。
「アマネ、出迎えてくれ」
「はーい」
アマネはトテトテと歩き、玄関の大きな木製の扉を開けた。
「こんにちいあー」
出て来たぬいぐるみに困惑したヴェルトは、「何このネズミみたいなの」とぼそっと呟いた。
「ん゛あ゛あ゛!」
アマネは激昂し刺繍の目をキュッと尖らせる。
「ヴェルトさん失礼ですよ! この子はハルキオンさんの家にいたのと同じクマのぬいぐるみです」
「またハルキオンか」
死刑執行人の顔をぼんやりと思い浮かべ、ヴェルトは顔を顰める。
「おぉ? やんのか、やんのかぁ? このぉ、シラガ頭あ!」
ドラ声で威嚇しながら、アマネはファイティングポーズをとり「シュ、シュ」と声に出しながらシャドーボクシングをし始める。
正直言って全く怖くない。
そもそも剣士のヴェルトに肉弾戦で勝てると本気で思っているのだろうか?
(白髪頭は君のご主人もだったと思うけど)
ヒョコヒョコと動くぬいぐるみを見下ろしながら、カイラは心の中で呟いた。
「騒々しいぞアマネ! ……む」
遅れて玄関まで出迎えに来たマティアスは、ヴェルトの顔を見上げた。
「初めまして。ヴェルトです」
愛想の良い笑みを浮かべて自己紹介されたマティアスも微笑んで見せる。
「魔導士のマティアス・マジェスティックだ。マティアスで良い」
(男……だと?)
とマティアスはじっくりとヴェルトを観察する。
カイラの仲間として現れたのは、紛れもない正真正銘の男だった。
背がやけに高く、ずっと顔を見上げていると首の骨が折れてしまいそうだ。腰に双剣を提げているので剣士だと思われるが、その割に細身だ。
(人の家に行くのにこやつは武器を持っていくのか? 無礼な奴)
まるで貼り付けたような笑顔……その裏で何を考えているのか全く分からない。
(夢魔の呪いのせいでカイラは欲を解消できない。てっきり女に抜いて貰ってるのかと思いきや……まさかこやつら、そーゆー趣味か)
(マティアス・マジェスティック……絶対覚えてられないや)
重ねて言うが、ヴェルトは魔導士などに興味は無い。それが例えレザーを代表する大魔導士であっても、一晩経てばヴェルトはその名前すら完全に忘れてしまうかも知れない。
でも。とヴェルトは全身白の小男を見下ろし安堵する。
(魔導士って言うからどんな奴かと思えば、カイラ君より小さい子供じゃん。牽制の為に武器持って来たけど、必要なかったかなぁ)
「あの、マティアスさん?」
怪訝そうな顔付きで腕を組むマティアスに、カイラは声をかけた。
「ん? あぁすまぬボーッとしておったわ。さぁ、こっちへ」
マティアスに招かれるまま、2人はマジェスティック邸の中へ入った。
***
通されたのは応接間ではなく薄暗い研究室だった。
机に椅子があり、全員座る事ができそうだ。ぎゅうぎゅうに本が詰められた本棚や、何やら怪しい薬品や植物がずらりと並べられている。
私達が住む世界ではラバランプなどと呼ばれる近未来的なランプが何台もあって、それが研究室内を妖しく照らしている。
「最近、魔法植物の研究をしていてな。湿度が高く感じるかもしれんがすまぬ。さぁ、そこのソファへ」
とマティアスは革張りのソファを指差した。
2人がソファに腰掛けると、背後にあった植物がうねりはじめた。
「わっ」
カイラは振り返り奇怪なダンスを踊る植物を凝視する。
「ははっ。それも私が今研究している植物のひとつである。辺境の森で新発見された植物でな、時折動くだけで無害なやつだよ」
(そんな物客席の後ろに置いとくなよ……)
ヴェルトは不安気に植物を睨んだ。
マティアスはソファから少し離れた研究机に手を突いた。
「お茶をお持ちしましたー」
アマネがトテトテと歩きティーカップを運んで来た。
「最上階にあるテラスで栽培したハーブを調合した茶だ。きっと気に入ってもらえるだろう」
マティアスはアマネを手で差す。
「こやつはお手伝い魔道具のアマネ。最近、魔導技師である息子から貰ったのだ」
「マティアスさん、息子さんいらっしゃるんですか?」
カイラは不思議そうに訊ねる。
小柄で顔立ちも幼さが残っている彼に、魔道技師を名乗れるほど大きな子供がいるとは到底思えないからだ。
「血の繋がりは無い。……奴は身寄りがいないようでな、私がそやつに食事を作ったり魔法の材料を提供したりしてやってる」
ほとんど息子みたいなものだ。と微笑むマティアスの表情は柔らかい。
「んふふ、アマネのことモフモフしてもいーんだよ? ……ただしシラガ、てめーはダメだ」
アマネはヴェルトを相当嫌ったようで、白髪頭を睨みつけながら吐き捨てた。
「別に良いよ」
ヴェルトは毛むくじゃらに興味が無いようで、素っ気なく返し淹れてもらった茶を一口飲む。
(……なんも味しないじゃん)
ハーブティーの楽しみ方が全く分からないヴェルトは、なんだか雑草を煮出した物を飲まされている気分になり、早々にティーカップを机に戻した。
「ふーん!」
ヴェルトの素っ気ない態度が気に入らないようで、アマネは鼻息を荒くし目を釣り上げながら主人の隣に立つ。
「これアマネ。……すまぬな、好き嫌いのはっきりしている子なのだ」
「全然構いませんよ」とヴェルトは穏やかな口調で返した。
「それで……早速だがカイラ。件 の呪いを見せてみろ」
「う……」
カイラは目を伏せる。例え同性とは言え、自分の下半身を見せる事にやや抵抗を覚えるのだ。
「恥ずかしいか? 私も男だ、気にするでない」
「は、はい」
カイラは赤面しながらもローブを捲り、下半身をマティアスに見せた。
研究所のラバランプに照らされた貞操帯が鈍く妖しく光る。
「ふむ……ではまずは、貞操帯の方から診ていこうか。ヴェルト殿といったか」
突然呼ばれたヴェルトはマティアスに顔を向ける。
「協力してもらおう。その子の性処理をしてくれ。そこにある紙使って良いからな」
「え……ここで、ですか!?」
カイラは更に赤面し訊ねる。
まさか他人の家で、他人と同じ空間にいながら射精しなければならないなんて。
「そうだ。そうしないと貞操帯が外れないのであろ」
と宥めるような口調でマティアスはカイラに話しかける。
「それは、そうなんですけど……」
「多少汚しても構わん。……大丈夫だ、貴様の事情はよく分かっておるし、後ろを向いて見ないようにするからな」
少しだけ頭を悩ませたものの、カイラはヴェルトに向き直った。
「あの、ヴェルトさん……お願い、できますか」
「良いよ。それが君のためになるなら」
カチャリと貞操帯が緩んで床に落ちた。
「わっ!」
カイラは咄嗟に露わになった下半身を隠す。
「さぁ、貞操帯を私へ」
先程まで自分が身に付けていた貞操帯を、カイラは躊躇いながらマティアスに手渡した。
(なんか、見知らぬ人に脱いだばかりの自分のパンツを渡してるような……変な気分だ)
「ヴェルト殿、できるだけ時間を稼ぐようにゆっくりとしてほしい。できれば私が良いと言うまで持たせてほしい」
「分かりました。……カイラ君、こっちへおいで」
言われるがまま、カイラはヴェルトの膝の上に座る。
緊張のせいか萎えたままの肉茎を、マッサージするように刺激する。
(マティアスさん達がいるそばで、声なんか出せないから……頑張って我慢しないと)
「ふーん……ほぉー」
「これはなかなか厄介な呪いですねぇ」
自分達に背を向けている1人と1体が、自分が先程まで身に付けていた貞操帯をまじまじと観察し時折声を上げるので、カイラは今まで感じたことのない羞恥を味わう事となった。
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