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耽美な青年とネコ
旅する演奏家は、自身が泊まっているホテルの部屋に着いた。
冒険者向けの、カイラとヴェルトが泊まっているホテルとは格が違う。白が基調の広々とした空間が広がっている。
ドアを閉じた途端に、演奏家の背後に黒い影が現れた。
「……お前は心配性だな。また付いて来てたのか」
背後をちらと見て演奏家は呟いた。
インタビューを受けていた時とは違う……どこか妖しげな雰囲気を纏っている。
「ダーティ……当然だろ。オマエが襲われたら誰がオマエを助けるんだ」
演奏家ダーティに返ってきたのは、凄みのある男の声だった。
「ただのインタビューだよ。……疲れたよ、ずっと平々凡々な話をし続けなければならないからな」
ダーティは口角を上げる。
「途中でお前の話をしたんだ。可愛いネコを飼っているとね」
背後にいる男は黙ったままダーティの話を聞き続ける。
「そうだろう? ラブ?」
上着を男に手渡したダーティは、椅子に腰掛け足を組み男の顔を見上げる。
「私の可愛い黒ネコだよ。なぁ? ラブ」
黒髪を整髪料で固め、銀縁のメガネの奥でギラギラと光る瞳孔の開き切った双眸 が何とも恐ろしい。
背が高い。猫背なので、背筋を伸ばせばもっと高く見えるのだろう。やや筋肉質なのがスーツの上からでも分かる。
頭に2本の角を生やし、コウモリを思わせる翼を生やしている夢魔ディックは、「ん……」と唸ってタバコを取り出した。
「誰のせいで……」
やや諦観の籠った声にダーティは微笑んだ。
「誰のせい? お前のせいだよ」
数年前の出来事を思い出し、ディックは舌打ちを打った。
「それに本当は嬉しいんじゃないのか? だからこそお前は私のそばに留まり続ける事を選んだんだろう? それにヤる時はいつも良い声で鳴いて離れようとしないだろうが」
「……それは」
「ラブ」
冷たい声で名前を呼ばれたラブ……もといディックは、椅子に腰掛けている主人のダーティを見下ろす。
「そろそろお前の相手をしてやろうか。精気が欲しいだろう?」
サディスティックな視線と声が大男に絡み付く。
「脱げ、ラブ」
サファイアの瞳に見つめられたディックは、渋々といった感じでタバコの火を消し着ている物を全て脱いだ。
ただ、自分で脱げない物がひとつだけ。
「相変わらず良く似合っているよ。その貞操具」
「……っ、嬉しくねえよ」
小さな南京錠が取り付けられた、金属製の貞操具だ。
格子状の檻から、ディックの陰茎が窮屈そうにしているのが見える。
カイラが着けさせられている「貞操帯」は、下着状で腰から性器までを覆う。
一方でディックが着けさせられている「貞操具」は肉茎のみを覆う物だ。
どちらも性行為や勃起を物理的に防ぐ事ができる。
ディックのあられもない姿を眺めた後、ダーティは椅子から立ち上がり頭ひとつ分ほど背が高い彼のメガネを外してやった。
「そう言えばラブ、手の傷はどうなった? 見せてみろ」
ディックは無言で左手を差し出す。包帯を巻かれた小指が何とも痛々しい。
「まだ痛いか?」
「ん」
「でも時折痛むのも気持ち良いんだろう?」
「ん」
「お前はとことん変わった奴だ。後で包帯変えてやるからな」
「ん」
ディックが「ん」としか答えないのにダーティは満足したようで、そっと彼の体を抱き締めた。
「体が随分と熱いな。もう興奮してるのか? 今日は優しめに抱いてやろうか……不満か?」
「ん」と少しだけディックは頷いた。
「この後予定があるんでね。乱暴なのはまた次な」
「ん」
「良い子だ……ラブ」
「ん」の抑揚だけで言わんとしてる事を全て知りながら、飼い主はネコの頬に手を触れた。
***
ダーティは衣服を脱ぎ捨てた。それでも尚耽美 で妖しげな雰囲気が消えない。
紐を通した小さな鍵を、ネックレスのように首から提げている。これがディックの貞操具の鍵なのだ。
ディックは姿勢をやや低くして、ダーティの艶やかな唇にキスを落とす。
「お前は本当に碌でもないネコだよ……何故こうなってしまった?」
ディックを柔らかなベッドに押し倒しながらダーティは訊ねる。
「それは……それは。アンタに騙されたからだ」
自分より体格の小さな男に素直に組み敷かれ、ディックはやや躊躇いながら答えた。
「そうだったか?」
「……忘れたのか?」
「あぁ」
少し悲しそうな表情を浮かべるディックを見下ろし、ダーティは吹き出した。
「……ふふっ。そんな顔をするな、冗談だ。お前との出会いはよく覚えている」
白魚のような手をディックの顔に這わせる。
「私の一興にお前がまんまと騙されたからだな」
手を逞しい胸板へ。
「……そうだ」
見事に割れている腹筋をなぞる。
「今夜やろうと思っている」
内腿をくすぐり。
「またか……予定ってのはそれかよ」
金属で覆われた肉茎を揶揄う。
「……っ」
ディックは辛そうに少しだけ顔を歪めた。
「楽しいぞ? まぁ、お前みたいな男前には無理だろうが」
陰茎を貞操具いっぱいに膨らませたディックの体を、ダーティは弄び続ける。
「……期待に満ちた良い表情だ。もし私が画家だったら描きたいくらいに」
潤滑油のボトルを取り、中身を手へ出してゆく。
「……あの」
「なんだラブ」
「インキュバスだから別に解さなくて良いんだが」
ダーティは鼻で笑った。
「雰囲気だよ雰囲気。大事だろう? 私の所へ来る前まではお前も初 な女の子を相手にこんな事をしていたんだろ? すっかり忘れたのか? 最低な奴だ。まぁ、お前はもうそんな事はできない。もう普通のセックスはできないんだから」
畳み掛けられたディックは呻き声を上げた。
「もういい。全てアンタの思い通りにしてくれ」
何かを諦め、何かを期待しながらディックは天井を見上げる。
「そうさせてもらおうか……ほら、挿れるぞラブ」
指が中へ捩じ込まれる感覚に、ディックは少々気持ちよさそうに身を震わせる。
「良い声で鳴けよ」
指を奥へ這わせ、彼が1番悦ぶ所へ。
「ん……」
特有の浮遊感を感じたディックは、見た目からは想像できないほど柔らかい声で鳴いた。
「随分と気持ち良さそうだなラブ。何年も一緒にいるんだ。お前がどうやれば悦ぶか全て分かる」
指でクルクルとなぞったり、上下に撫でてやったり、タッピングしてやったり。
体が悦びの波に晒され、ディックは思わず両手でシーツを掴んでしまった。
「いだっ、あ……」
体の反射として咄嗟に左手をベッドから離す。
「ん? 小指が痛むのか? でもそれもお前の中では悦びに変わるんだろう? ……実際お前、今、とても良い顔をしている。発情期の雌猫みたいだ」
上から来る苦痛と下から来る快楽に板挟みになり、鋭かった瞳が段々ぼんやりとしてゆく。
「そういえば久しぶりに1人での外出を許可したが……どうだ? 楽しんでるか?」
「はっ♡……ん、まあ、な」
「くれぐれも討伐なんかされるんじゃないぞ。お前のような良いボディガード兼オモチャの代わりなんていないのだから」
ディックは頷いた。
「はっ♡ あ゛……いだっ、ん♡」
「ラブ。舌を出せ」
言われた通りディックは舌を出す。
ダーティは愛猫の舌に自身の舌を絡ませながら、情熱的な口付けをする。
口付けを終えてディックの顔を見下ろし、その柔らかい表情に微笑みを返した後、指を抜いた。
その代わりにディックの扇状的な姿や声に反応した、耽美な彼にはあまり似合わない槍の如き屹立を当てがう。
「もう一度言う。良い声で鳴けよ、ラブ」
「ん……!」
ゆっくりと、ディックは彼の屹立を飲み込んでゆく。
「優しくだ、ラブ。いつもみたいに一気に挿入しない」
ディックは荒い息を吐きながら、右手のみでベッドのシーツを掴んだ。
「良い子だ、ラブ」
全てを飲み込んだディックを優しい声で褒めた後、ゆっくりと動き始める。
「あ……♡」
途端にディックはその風貌からは想像できぬほど淫れ始めた。
髪を振り乱し、頬を紅潮させ、目を潤ませ、口をだらしなく開け、囚われたままの肉茎から先走りを溢れさせる。
「はっ♡ はっ♡……い゛っ、ん……♡」
「あの時は頑張ったな、ラブ。よく耐えた」
ダーティはディックの左手の事を言っているのだ。
「ああいうのは私の趣味ではないが……転げ回るお前の姿は実に良かった。悪魔主義者が見れば喜ぶぞ。お前は美しい夢魔なんだから……そうだ、もうすぐこのレザーでも『地獄の火クラブ』が開かれるそうでな。俺もそれに出席する予定なんだ。その時にでもまた何かやってやろうか。実に良い見せ物だ」
「あ゛っ、ん……♡」
「そうか嬉しいか。見られながらするのも好きだもんな? お前は本当に救いようが無い」
「……っ」
「どうしたラブ」
「見られながら……っ、するのが、あ゛……好きなのは、お前、だろ……!?」
「そうだったかな」ととぼけながら、ダーティはディックを更に悦ばせる為に動いてやる。
「~~ッッ♡」
「おっと……もう気をやってしまったのか? ……可愛い奴、可愛い奴!」
独特の浮遊感と、どのような言葉でも語り尽くせぬ心地良さ。
何度も気を逸しながら、ディックは時折善 がり、痛がり、声を上げる。
ダーティはそのようなディックを更に可愛がり続けた。
「ラブ」
「はっ♡ あ゛……!?」
「出すぞ」
「~~ッッ♡」
ディックは度重なる絶頂によりとろけきった顔をダーティに向ける。
窓から差し込む光を背に浴びるダーティの表情に影が差す。
それがまた、ダーティという青年の妖しさを増しているのだ。
「喜べラブ。腹に注いでやるからな」
ディックは無言のまま何度も頷く。
その後、ダーティは愛すべきラブの奥で息を荒くしながら精を吐き出してやった。
「……分かるか、ラブ」
静かな口調で、ダーティはディックの下腹部に手のひらをそっと当てながら問う。
ダーティの動きが止まったので少しだけ冷静さを取り戻したディックは、荒い息を吐きながら涙ぐんだ切れ長の目を彼へ向けた。
「俺のだよ。嬉しいだろう?」
ディックは「ん」と肯定の声を上げた。
ダーティは満足気に萎えた肉茎をディックの中からゆっくりと抜いた。
ディックは余韻に浸るようにぐったりとして動かない。
「ほら、ラブ。まだ最後の仕事が残ってるだろう?」
と呼びかけられたディックは大義そうにゆっくりと起き上がり、髪を掻き上げてから主人の肉茎を舐めて掃除し始める。
「すっかり掃除が好きになったな?」
ダーティの問いにすぐには何も答えず、ディックはローションと2人の体液が混ざり合った最低な味の肉茎を舐めて清める。
そして最後に尿道に残った彼の精液をストローの要領で吸い出してから口を離した。
「……アンタが好きにさせたんだろうがよ」
「そうだったかな? ……まぁ、そんな事どうでも良いじゃないか」
ダーティはディックの逞しい体を抱き締めてやった。
「じゃあ、後はお前も体を綺麗にしなくてはな。せっかくの男前が台無しだ」
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