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望まない行為再び

 しばらく互いの熱い呼吸が部屋に響くのみだったが、先にヴェルトが動いた。  立ち上がり、衣服を全て脱ぎ捨てる。 「君もさっさと脱ぎなよ。囚われてる以上、奴に逆らうのは得策じゃない」 「……そう、ですよね」  ハルキオンは深い溜息を吐き、手袋を外す。  やがて全て脱ぎ捨てたハルキオンの裸体を見て、ヴェルトは目を丸くした。  腕や肩、腹部にまで、切り傷や火傷の痕、何かを刺したような痕がおびただしく残されていたからだ。 「あの……見ないでください」 「それは無理な注文だよ」  ヴェルトは媚薬の勢いを借りてハルキオンに覆い被さった。 「今確信した。最初は仕事中に受けた傷だと思ってたけど違う。それ、全部自分でやったんだろ」 「……っ」  ハルキオンは顔を背けた。 「嘘は吐けないみたいだね? ほとんど服で隠せる位置を傷付けてバレないようにしてたんだ」 「……軽蔑、されないのですか? こんな事、するべきじゃないって……あっ♡」  首筋に舌を這わされ、ハルキオンは甘い声を上げる。 「軽蔑なんてしないさ。……なんで君までほんの少しだけに似てるんだ」  軽く耳を噛んでやると、ハルキオンが身をブルリと震わせる。 「……私は、死刑執行人。どんな凶悪な死刑囚より、殺人の罪を重ねたこの私が……罰を受けないで良い訳、ないじゃないですか」 「君は繊細過ぎるな。死刑執行人に向いてない」  ハルキオンの左手を取り手首を見る。 「うっ、やめ……!」 「酷いな……何回も繰り返し切ったんだろ? 肌の色変わってんじゃん」  ヴェルトはその痛々しさに冷や汗を掻く。 「見ないで、見ないで! お願いですから!」  ハルキオンにとっては、自分の肌を見られる事は秘部を見られる事より恥ずかしく、苦痛を感じる行為だった。  ヴェルトはハルキオンに構わず傷跡だらけの肌に舌を這わせる。 「いやだっ、まって……っ♡」 「泣くなよ。痛くなんかないだろ」  両目から涙をボロボロ溢しながら、「だってだって」とうわ言のように言い続ける。 「君には支えてくれる人が必要だよ。誰か良い人いないの」  手で胸の頂を摘み、弾くように刺激してやるとハルキオンは「んんぅ♡」と大きな善がり声を上げた。 「ムイ、と……モイがいます」 「誰それ」 「お手伝いっ♡ 魔道具です」 「あんなネズミ駄目だよ」  ハルキオンの頭の中で、ムイとモイが同時に「「ん゛あ゛あ゛!」」と激昂する。 「僕とカイラ君以外で良い人探すんだね」  片方の手で乳首を弾きながら、もう片方の手でハルキオンの頬の傷をなぞる。 「あっ……ヴェルトさん、きも、ちい……♡」  「そうかい」  ベッドの隣にあった紙を数枚取り、ハルキオンの張り詰めた屹立を握る。 「う……っ!?」 「媚薬の効果抜くにはこれが1番なんだよ」  とヴェルトはハルキオンの肉棒を慰める。 「はっ、ああ! ぁ……っ!」  カイラの辿々しい手つきとはまた違った感覚。すぐに達してしまいそうだとハルキオンはベッドシーツを掴む。 「本当にセックスの経験ないのかい」  ハルキオンは何度も頷く。 「これからも……するつもり、ありません」 (もったいないなぁ、女の子から好かれそうな形と大きさしてるのに)  内心そう思ったものの、ヴェルトはそれを口にせず奴の欲望を満たしてゆく。  やがて鈴口から先走りが溢れ出し、ローションのように肉棒と手に絡み付く。 「あ……ヴェルトさん、出ま、す……!」 「そう」  ヴェルトはハルキオンの先端に紙を当てがう。 「は、い……あっ!」  ハルキオンは白濁を紙の中へ吐き出した。  自分の手で扱く時とはまた違った鋭い快感に、ハルキオンは目をとろんとさせる。 「はぁ……はぁ……」 「まだ休むなよ。これから君を恋人みたいに抱いてやらないといけないんだ」  ヴェルトは精を包み込んだ紙を適当に捨てて再びハルキオンに覆い被さった。 「僕はカイラ君以外の男になんか欲情しないからさ。せめて女の子らしくしてなよ?」 「……っ、はい」  ヴェルトは深い溜息を吐いた。 「ここまで愛の無いセックスは初めてだよ」 「そもそも私はセックス自体、はっ初めてです。そしてきっと、私にとってこれが最後のセックスです」 「ハルキオン」  ようやくヴェルトはハルキオンの名をしっかりと呼んだ。 「はっ、はい」 「挿れるよ」 「……はい」  ヴェルトは媚薬のせいで怒張する肉棒を、再びハルキオンの後孔に当てがう。  今度は互いの顔がしっかりと見える体位……正常位だ。  ヴェルトはゆっくりと挿入してゆく。 「はぁ……♡ あっ、あっ……♡」  柔らかな声を出しながら、ハルキオンはヴェルトの屹立を飲み込んだ。  ハルキオンが頬を染め目に薄らと涙を浮かべているのがヴェルトの目に入る。 「ヴェルトさんの……っ、熱くて、気持ちい……っ」  無意識なのだろう。ハルキオンの体は後孔をキュンキュンと締めながらヴェルトの屹立を享受する。 「ふーん」  素っ気なく返したが……実を言うとヴェルト自身も彼の中の具合を好ましく思った。ヴェルトはそれを媚薬のせいだと結論付け、「動くよ」と宣言する。 「は……~~ッッ♡♡」  ピストンが始まった途端にハルキオンは生娘の如く声を上げ始める。  今まで何も挿入した事の無かった後孔をゴリゴリと穿たれ、頭がクラクラするほどの快感を覚える。 「ヴェルトさ♡ ヴェルトさんっ♡ やめ……頭っ、おかしくっ、なる……♡」  とハルキオンはヴェルトに縋る。 「もうおかしくなってるだろ? 初めてのクセに今日知り合ったばかりの男に突かれて悦ぶなんて正気の沙汰じゃない」 「あっ♡ きもち、きもち、い……♡」  もうヴェルトの声は聞こえていないらしく、突かれる度に甘い声を漏らす。 「ちょっと、トばないでよ」  ヴェルトはハルキオンの意識を呼び戻すように手を取り指を絡ませる。 「まだほんの軽く突いてるだけなんだからさ」 「~~ッッ♡♡」  ハルキオンは意識を飛ばしながらも、ヴェルトの手を力強く握る。  死刑執行人兼拷問官ハルキオン・ブラッドムーン。  冷酷で非道であると|専《もっぱ》らの噂である彼が今。親友の恩人の恋人に肉壺を掻き回され悦んでいる。  背を逸らし、表情をだらしなくとろけさせ、目の前がチカチカする感覚に身を投げる。  自分の身分や境遇、今の仕事の事とか能力とか。  ハルキオンは全てを忘れ、ただ喘ぐだけの動物と成り下がる。  昔、ハルキオンはどこかの論文で目にした事があった。鬱病の防止及び改善に性行為は効果的であると。もちろん性欲があり、乗り気である場合に限るが…… (ヴェルトさん……ヴェルトさん……ヴェルト、ヴェルトっ♡♡)  今のハルキオンにとって、この行為は薬となり得る。  ……いや、劇薬と言うべきかもしれない。  穿たれる度に(きし)むベッド、水の音、甘い声が同時に鳴り、部屋を支配する。 「あ゛っ♡♡ ……はぁ、はっはっはっ♡」  体を強張らせた後、弛緩させる。 「またイったんだね。……どうせ媚薬の効果も抜かなきゃいけないんだ。何回でもイってしまえ」 「はっ♡ あ゛ぁ……っ♡♡ ヴェルトぉ……ッ♡ 好きぃっ♡ 好きぃっ♡」 「僕はお前の事そんな好きじゃないよ」 「あ゛……ッ♡♡ 好き、すきぃ、しゅ……きぃっ♡♡」  異常な淫れ方にヴェルトは辟易とする。  あれほど大人しくオドオドとしているだけだった男が今、強力な夢魔の魔法と媚薬のせいで自分の下で踊っている。  セックスをしないと宣言していたのに、性行為の悦びに身を投じてより深い場所へ堕ちてゆく。  やがて自分の首に手を回しキスをせがんでくるようになったハルキオンの顔を、ヴェルトはベッドに押し付けた。 「勘違いするなよ。僕は君の恋人でもなんでもない」 「はっ……♡♡ あ゛あ、あ……♡」  それからしばらく官能的な音のみで支配された部屋の中央で、2人は夢魔の手のひらで手を取り合い踊り続けた。 「ハルキオン……ハルキオン?」 「はっ♡ ……あ゛ぁ~~……ッ♡」 「もう何も聞こえないのかい? まぁ良いや。出すよ」 「やぁぁ♡ あぁあぁあっ♡♡」  この幸せな時間が終わってしまうのだと、ハルキオンは心で理解し身を捩らせる。 「ほら、手だけは繋いでてやるから……少しは落ち着いたらどうだい」 「んぅ、うぅぅぅ……っ♡♡」  やがてヴェルトは本日2度目の精をハルキオンへ注いだ。  荒い息を吐きながらピクリとも動かなくなったハルキオンから、ヴェルトはゆっくりと媚薬の効果が抜けきっていない屹立を抜いた。  行為の終わりを見届けたミキが、無数のコウモリの中から現れた。  器用な事に空中に浮かびながらあぐらを掻いている。  これほど敵が近くにいるのに、2人は逃げる事すらできない。 「ん~~……まぁ、ギリギリ及第点ってところかなぁ? 特にハルキオンの精気をたっぷり頂いたし……今日のところはここら辺で許しといてやるよ」  出入り口の腰壁を覆っていたツルのような魔法が空に溶けて、満足気なミキ共々消えてしまった。

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