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罪の意識

 未だにベッドに横たわるハルキオンに背を向けながら、ヴェルトは衣服を拾い上げた。  残りの媚薬の効果は自分でなんとかしたらしい。 「ハルキオン? そろそろ起きたらどうだい」 「……すみません。体がまだフワフワしてて。今起きます」  ハルキオンは(おもむろ)に起き上がる。ようやく意識が現世へ戻ってきたようで、話し方も雰囲気も元通りになった。 「どうしましょう……忘れられる気がしません。貴方と、その……ええと、貴方との性行為の事が」 「忘れるんだ。無理ならセックスで僕の事を上書きしてくれる人を見つけるんだね」 「あれが私にとって人生最後なので無理です」 「ならずっと心の中だけで引きずってるんだね……もし君の心が変わって、もう一度セックスしたいって思っても、僕はもう君を抱く事は無い。いいね?」 「……はい」  ハルキオンはヴェルトが見ていないのを良い事に、顔を寂しそうに歪めながらそう返した。  やがてハルキオンも立ち上がり、衣服を全て身につける。人に見られてはならぬ傷を全て覆い隠すように。 (そういえばあの本棚のアルバム……一体どんな写真が入ってるんだろう)  本棚にギッチリと並べられたアルバム。ハルキオンはその内の一冊を手に取り開いた。  中にあったのは古い写真。全て人の写真だった。  壁にある「X」の磔台に縛られ、体に鞭の跡をいくつも残して項垂れている長い髪の女性。  ベッドの隣にある診察台に乗せられ、恐らく祖父の物と思われる屹立を飲み込んでいる所をアップで写された男性。中年だと思われる。  赤いロープで体の線がくっきり出るように縛られたうえに、目隠しや口枷(くちかせ)を着けさせられた豊満な体つきの女性。  ロープで首を絞められ恍惚の笑みを浮かべている青年。  ハルキオンはそのアルバムを思い切り床に叩きつけた。 「えっ、何、何? どうしたの」  突然の大きな音に驚いたヴェルトは困惑しながらハルキオンに訊ねる。  ハルキオンは床に蹲り、「おじいちゃん……おじいちゃん……!」とうわ言のように呟き頭を抱えた。  自分と同じ血溜まりの瞳を持つ祖父が、「ふぉっほっほっ」と照れながら笑う幻影が見えたのだ。    ***  別邸の廊下にて。身なりを整えたヴェルトとハルキオンの2人はカイラを探していた。 「あの、ヴェルトさん……あの事、カイラさんには____」 「『貴方の彼氏に組み敷かれて何度もイかされました』……なんてあの純粋なカイラ君に言えるかい?」 「っ……言え、ません」 「2人だけの秘密って事にしておこう。それが1番良い」 「……あっ! ようやく見つけた! ヴェルトさん、ハルキオンさん!」  妙に真剣な面持ちのカイラが走って来るのを見て、2人は体を強張らせる。 「あの、ハルキオンさんの違和感の原因分かりました!」 「えっ、そうなんですか?」  ハルキオンは目を丸くする。 「夢魔のミキです! どうやらミキとミキの後輩にあたる夢魔が、ここの寝室に忍び込んで、その……せ、性行為をしたようでして。先程ミキが現れて教えてくれました」 「……気持ち悪っ」  とヴェルトは吐き捨てた。 「後輩の夢魔が掃除をしたみたいです。その時に物の位置を間違えたり、頑張って掃除し過ぎたようです」 「バカだね、その後輩」  再びヴェルトは吐き捨てた。    *** 「……クシッ!」  レザーにある高級ホテルにて。1匹の夢魔がくしゃみをした。 「どうしたラブ? 風邪か?」 「いや、違う」 「温めてやろう。ほら」 「だから違うって……あっ♡」    *** 「ねぇカイラ君、ミキに何もされなかったかい? 大丈夫?」  恐らくヴェルトとハルキオンが行為に及んでいる最中に告げられたのだろう。 「えぇ、魔法が撃てないようにバインドで口と体を縛られただけで……特に何もされてません」  その言葉が真実であるとカイラの表情から確信し、ヴェルトはカイラの頭をポンポンと撫でた。 「まさかこっ、この屋敷が夢魔の遊びに使われるなんて……掃除屋にでも依頼して、徹底的に綺麗にしてもらわないと、ですね」 「ハルキオン、そうしてもらえるかい? 気持ち悪くて仕方ないよ」 「えぇ、すぐにうちのお手伝い魔道具に手配させます。でも、理由が分かってスッキリしました」  とハルキオンは疲れ切った顔で笑みを見せる。 「お約束通り、この家はお2人に差し上げます。色々な手続きはお手伝い魔道具に任せますので、お待ちくださいね」 (家……家か。初めてだな、自分の持ち家なんて)  とヴェルトはぼんやりと心中で呟く。 「ヴェルトさん……ようやくハルキオンさんの名前覚えたんですね!」  とカイラは嬉々とした視線をヴェルトに向ける。 「へっ?」 「だってヴェルトさん、さっきちゃんとハルキオンさんの名前呼んでましたよ」 「あぁ……そうだったっけ?」  カイラとは対照的に心を罪悪感で満たされてゆくヴェルトとハルキオンは、カイラに顔を向けられなかった。

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