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男が5人集まれば その1

 翌日の事。ハルキオン邸の隣にある小さな医院にて。  かつてハルキオンが営んでいたここは、掃除だけはしていたらしく清潔だ。  医院の診察台に座らされ、ヴェルトは自分を見下ろしている男3人の顔を順に見る。  サラサラとした茶髪とエメラルドの如き緑の瞳が、かつての恋人を想起させる少年カイラ。  癖のあるグレイの髪に血溜まりのような瞳を持つ男ハルキオン・ブラッドムーン。今日は医者としての白衣を身に纏っている。  くすみの無い金髪とサファイアのような深い青の瞳を持つ旅する演奏家ダーティ。決して見た目に騙されてはいけない男。 「カイラ君とハルキオンがいるのは分かるよ? ……なんで君もいるのさダーティ」 「あの後、ラブにお前の後を追わせたんだ。何か面白い事が起きそうな気がしてな? そしたら……ふふっ、まさかお前のナニの型を取るって言うんだから……ふふっ」  「笑うな」とヴェルトに睨まれるが、ダーティはそれを気にも留めず笑い続ける。 「それとカイラ君。ソイツから手を離すんだ」 「へっ? なんでですか?」  ヴェルトが指差したのは、カイラの手のひらの上にチョコナンと乗っているコウモリ。 「こんなに可愛いんですよ? ねぇ、ラブちゃん?」  未だに可愛らしい「ラブ」という少年夢魔の幻影に囚われているらしく、カイラは赤ちゃんに話しかけるような優しい口調でディックの顔を覗き込む。 「ラブッテ、ヨブナ」 「ちょっとツンツンしてるのがまた可愛いなぁ」  カイラはディックの頭を指の腹で撫でてやる。気分は悪くないようで、ディックは目を細めうっとりとし始めた。  ヴェルトはディックを羨まし……いや、鬱陶しく思った。 「……それで、まず説明から始めますね?」  淀みない口調でハルキオンは続ける。 「まずは下を脱いでいただいて、この薬を飲んでいただきます」  とハルキオンが見せたのは白い錠剤だった。銀のトレーに乗せられたソレは、おそらく1つの錠剤を4つに割った物。 「これは男性の不能を治す為の薬です。今回型を取るのに長い時間勃起してもらわないといけないので、これを飲んでください」 「えぇ……僕、別に下の機能について困ってる事ないんだけどさ、大丈夫なのコレ飲んで」 「本来は1錠飲むのを4つに分けてますから。大丈夫です。……それで、型取り用の粘土を用意してこの箱に詰めるので、そこにヴェルトさんの男性器を突っ込んでいただきます」 (何言ってんだコイツ)  実に真面目な様子で親切丁寧に教えてくれているハルキオンの顔を見上げながらヴェルトは辟易とする。 「その状態でしっかり固まるまで10分ほど待っていただきます」  正直言って、刺激無しで10分も勃起状態を保ち続けるのは辛い。やはり薬が必要なのだろう。 「そうしてできた型にゴムを流し込んで、柔らかな張形(はりがた)を作ります。……以上です」 「今気付いたけどさハルキオン。今日は随分と流暢(りゅうちょう)に話すね?」 「へっ? ……そうですか?」  自覚が無いらしいハルキオンは、ヴェルトの指摘に目を丸くする。 「そうだよ、気付いてないのかい? ねぇカイラ君……カイラ君?」  ふとカイラを見ると、手のひらを見ながら何か焦っているような表情を浮かべているのが見えた。 「どうしたカイラ少年」  とダーティが冷静な声で呼びかける。 「あっ、あのっ、ラブちゃんのお腹の下の方に膨らんでる部分があって、そこを触ってたらその……興奮? してしまったみたいで」  コウモリは息をハァハァと荒くしながら、もぞもぞと下半身をカイラの手に擦り付けている。 「あぁ……多分それはラブのタマだな。やめろラブ、友人の手で勝手に自慰をするんじゃない」 「っ!」  ヴェルトは診察台を蹴るように立ち上がり、ディックをむんずと掴んで床に思い切り叩きつけた。 「うわぁぁぁぁヴェルトさんっ!?」  カイラの絶叫が診察室に響く。  ペシン! と張り手のような大きな音を立て床に叩きつけられたコウモリが、スーツのような物を着込んだ大男に変化する。 「てっ……テメエら……っ!」  顔を真っ赤にしているが、どうやら怒ってはいないらしい。 「わぁぁぁぁぁラブちゃんっ!?」  カイラが思い描いていたラブの幻が音を立てて崩れ落ちた。 「だからラブって呼ぶんじゃねえ!」 「ひぃいぃいっ!!」  情けない叫び声を上げるカイラを庇うように、ヴェルトはディックの胸ぐらを掴んだ。 「僕のカイラ君に何してんのさ。討伐するよ?」 「構わねえよ」  とディックは平然と返した後、自分を落ち着かせるように溜息を吐いた。 「仕方ねえだろ。お前の連れが俺の……を、触ってきたんだからよ」  「こっちは溜まってんのに」とディックはボソッと呟いた。 「君の性事情なんか知ったこっちゃない」  ディックはフンと鼻を鳴らして診察室の扉を開けた。 「どこに行くんだ、ラブ?」 「タバコ吸ってくる」 「くれぐれも討伐されるんじゃないぞ」  「ん」とだけ返し、ディックだけが診察室を後にした。

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