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デート
それから2人はデートへ出かけた。
買い物をして、演劇を見る。
いつも通りの穏やかな休日。その隣にヴェルトがいてくれるだけで、これほどときめかされるとは。
ガゼリオのお気に入りのカフェに立ち寄った2人はテラス席に腰掛ける。
木々のざわめきと小鳥の囀 りが心地良い。
ガゼリオはいつも通り「ハーブティーを」とだけ頼んだ。
「僕も彼と同じ物を」
(……は?)
燃えるような瞳でヴェルトの姿を捕らえ、しばらく「あの女優の演技がへったくそだった」だの「今度僕にも服を選んでほしい」だのといった会話に相槌を打っていると、2杯のハーブティが運ばれてきた。
このカフェの店長がブレンドしたハーブティ。ガラス製のシンプルなティーカップの中で、緑がかった茶が湯気を立てている。
ヴェルトは早速ティーカップを口へ運んだ。
「……旨いか?」
「うん、美味しいよ。なかなかこういうの飲まないけどさ……意外と美味しいもんだねぇ」
それを聞いたガゼリオは笑った。
自嘲と絶望の混じった笑い。
「お前さ……ヴェルトじゃねえだろ」
「ふーん? ……なんでそんな風に思ったのかなぁ」
「ハーブティー飲んでる所なんて見た事ねえんだけどさ。あいつなら絶対にこう言う。『何も味しないじゃん』って」
挑発的な笑みを浮かべ頬杖を突いたヴェルトにそう言い終えた途端。
ガゼリオとヴェルト以外の物が全て停止した。
かけっこをしていた子供達。
爽やかな風。
大空を羽ばたいていた小鳥。
おばさま方の談笑。
飲み物を提供していたウエイター。
木の葉が擦れ合う音。
ビデオの再生を止めたかのようだ。
「お前とヴェルトが付き合ってるって事には疑問抱かなかったくせによぉ」
ヴェルトは口元を大きく歪めながら、彼らしくない口調で話し始める。
「なんでヴェルトの食べ物の好みには疑問抱くんだよ」
ヴェルトの姿をした紛い物の質問に答えず、ガゼリオは口を開いた。
「当ててやろうか? お前、カイラに呪いをかけた夢魔だろ? そしてここは夢の世界って訳だ」
「正解だ。『夢魔』の名前の由来にもなった夢の世界を操る能力を使ってるんだよ。……この方法だとあまり精気貰えなくってさぁ、あんまりやらないのよね? 久しぶりすぎて感覚鈍ったわぁ~」
あのさぁ。と夢魔は続ける。
「俺、お前がヴェルトに乱暴してたところをずーっと見てた訳なんだけどよぉ……その時の違和感の理由によーやく気付いたわ」
「違和感? ……って、なんだよ」
「いやね? お前さ、突然乱暴にしたと思ったら、突然優しくなったりして……情緒が安定してねーってゆーか? 暴力男の素質があるってゆーか?」
「つまり何が言いたいんだ」
「つまり」と言いながら夢魔はメニュー表で一瞬だけ顔を隠した後、空へ放り投げた。
「この男とそっくりなんだよ」
ガゼリオの目前に現れたのは、体がヴェルトで顔が養父の化け物。
「ッ!!」
ガゼリオは息を鋭く吸い、咄嗟に手元にあったティーカップをソイツの顔めがけて投げる。
ティーカップが奴の顔に命中した途端に鮮やかな赤のランジェリーへ変化し、ハーブティーがドロリとした白濁へ変わる。
「……はぁ♡ 良い臭い……♡」
赤いランジェリーの下から現れたのは養父ではなく、自分だった。
白濁を浴びた紛い物が恍惚とした表情を浮かべるのを見て、養父との枯れた井戸の底よりも暗い日々が走馬灯の如く駆け巡り、ガゼリオは呼吸ができなくなる。
「…………ッ!!」
首を押さえて地面へ倒れ込んだのと同時に場面が海の中へと切り替わる。
よほど深いのか海底が見えず、暗闇がぽかんと口を開けている。
夢の世界だと分かっているはずなのに、ゴゴゴゴゴ……という水中特有の音や冷たい感触が実に生々しく、ガゼリオは溺れてしまう。
もがきながらゆっくりと闇へ沈んでゆくガゼリオの手を取ったのは……緑色のローブを羽織ったかつての生徒カイラだった。
……もちろんソイツは本物のカイラではなく、夢魔なのだが。
カイラに手を取られ、ガゼリオは彼と共に水面へ上がる。
「プハッ! ハーッ! ハーッ……!!」
辺り一面に広がる海原。その中心で、ガゼリオはカイラに身を寄せながら激しい呼吸を繰り返す。
「先生、泳げないんですかぁ?」
カイラが小悪魔的な笑みを浮かべたのと同時に、まるで砂時計がひっくり返されるかのように世界の天地が入れ替わった。
目を白黒とさせるガゼリオは両手をカイラに掴まれて、浮遊感を感じながら共に青空へと堕ちてゆく。
「手ぇ離さないでくださいね? ……先生、お父さんからされている事、何て言うか知ってます? ……虐待って言うんですよ? 逃げたらどうです?」
「……何回も逃げようとした。だけどな、その度に必ず居場所を見つけられるんだよ。恐らく、俺の体に位置を特定する魔道具が埋め込まれてる」
「それに見つかる度に酷い目に遭うから、もう逃げようとも思ってないんですね?」
「……もう、痛い目に遭うのは嫌なんだよ。それと、カイラの顔はやめろ。生徒が侮辱されんのは腹が立つ」
ガゼリオのほんの少しの願いすら聞かず「先生、週に何回射精ありのオナニーしてます?」という突拍子も無い質問をする。
「なんでお前なんかに____」
教えなきゃいけないんだ。と言いかけた途端に場面が切り替わり、同時に重力を感じる。
ここはガゼリオが勤めている魔道学校の屋上なのだが……あるはずの落下防止用の柵が無い。
ガゼリオは屋上から、学生服である紺のローブを羽織ったカイラの手に捕まったままぶら下がっていた。
カイラに手を離されれば、死ぬ。
「ほらほーら? 早く言わないとぉー……おっちちゃーいまっすよーぉ?」
まるで歌っているかのような口調で、カイラは冷酷なエメラルドの瞳でガゼリオを見下ろす。
夢である事は頭で理解していたものの、本能が生命の危機を感じ取り思考を鈍らせる。
「待て! 待ってくれ! 言う、言うから離さないでくれ!! えっと月に……1回するかしないかくらい?」
返答に対しカイラは「すっくな」と吐き捨てガゼリオの手を離す。
「へ……?」
高所から落下する時の……身近な例で言えば、ジェットコースターやバイキングといったアトラクションで味わえるような浮遊感を感じながら、ガゼリオは絶望の表情を浮かべ落ちてゆく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
重力に引き寄せられ、背中から校庭へ激突すると同時に場面が切り替わる。
実に艶めかしい雰囲気の寝室だ。
赤いランジェリー姿のガゼリオは勢い良く丸型のベッドの上に背中から着地し「ゔっ!」と呻き声を上げた。
「ねぇ、ガゼリオ」
と呼びかけながらガゼリオを見下ろすのは、裸のヴェルト。
「その姿、とても素敵だよ」
ヴェルトは頬を紅潮させ、雄の鋭い瞳でガゼリオを見下ろしベッドに腰を下ろす。
「君にとっては、魔法で相手を押さえ付けながら無理やり犯すのがセックスなんだね? 君はもう攻め にはならない方が良いかもねぇ?」
ヴェルトはガゼリオの左手を取り自身の屹立を触らせる。
「ガゼリオ……コレで君の気持ち良い所、全部一気にゴリゴリって刺激してあげる。そしたら____」
「ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんな!!」
ヴェルトを侮辱され、ガゼリオは手に魔力を込めて渾身の一撃を奴の左頬へ叩き込む。
だが、それは真っ赤なバラの花びらへ変貌し、ハラハラとベッドへ降り注いだ。
「そんなに嫌かい? ……なら、ちょっとだけ君を試してみようか」
ヴェルトはガゼリオの下腹部に手をかざし魔力を込める。すると、妖しい光と共に赤い下着が鉄の縛 へと変化したのだ。
「ヴェルトの話聞いてたから分かるだろ? 夢魔の貞操帯だよ。本当は2人同時はキツいんだけど、この前ヴェルトがセックスした時に大量の精気が手に入ったからさ? ……辛いぞ? 射精もできねーし、後ろのガードもバッチリだからまともにアナニーすらできなっちまうんだ」
ヴェルトの顔のまま、口調が荒っぽくなる。
「ついでに今回は外す条件も付けちゃおっかな? カイラとの挿入ありのセックスとかどーよ?」
それを聞いたガゼリオは鼻で笑う。
「自分の欲を満たす為だけに元生徒を襲えってか? ……ヤる訳ねえだろ」
「じゃあ期限も設けるか。俺の魔力の限界……30日ってところか。それまでにお前がカイラとセックスしねーっていうんなら」
ヴェルトはいつの間にか持っていた数枚の写真をガゼリオの前に出して、「じゃーん!」と声を出す。
写真に写っているのは自分と養父。義父の屹立を飲み込んでいる所や、様々な女性用下着を身につけさせられ無理やり笑わされている光景ばかり。
「定期的に俺が写真撮ってたの! さっきの写真ももちろんあるぜ? これ……ヴェルトとカイラに見せちゃおっかなー?」
「……ッ!」
ガゼリオの顔が一気に青ざめたのを見て、ヴェルトは微笑んだ。
「コレ見たらなんて思うかなぁ?女装趣味の変態教師? ……学校にバラ撒かねーだけ慈悲深いって思えよ?」
ヴェルトは赤いバラの花びらを巻き上げた。一瞬だけ彼の姿が見えなくなり、次に見えた時には裸のカイラと変貌していた。
「だから……ね? 先生」
カイラは艶美な笑みを浮かべながらガゼリオに媚びる。
「僕とセックスしましょ? 生徒っつったって、僕元生徒なんですよ? 教師と生徒が結婚するなんて事もあるでしょ? 教師と生徒がセックスする事だってよくある事ですよ」
カイラの力とは思えないほどの力で両肩を掴まれ無理やり上半身を起こされる。
「ほら♡ 気持ちいーですよ♡」
カイラは自身の身を倒し、尻の頬を広げて蕾をガゼリオに見せつける。
「僕のふわとろケツマン♡ ヴェルトさんにたっぷり解してもらって……すっかりおマンコにされちゃったんです♡」
あの純粋なカイラが、こんな破廉恥な事を言うはずがない。
「やめろ……カイラを侮辱するな!!」
無駄だと分かっていても。
徒労に終わると分かっていても。
敵わぬと分かっていても。
生徒を侮辱され黙っていられるほど、ガゼリオは大人しい教師ではない。
ガゼリオはカイラに馬乗りになり、思い切り拳を振り下ろした。
***
「……ッ!」
気付くとガゼリオは自分のベッドから上半身のみを起こしていた。
酷い汗だ。一応頭はスッキリしているものの、寝た気がしない。
夢の中で言われた事を思い出し、ガゼリオは布団を捲り寝巻きをはだけさせる。
そこには……夢精の跡と鉄の縛があった。
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