103 / 141
グリフォン
レザーの郊外にある農場に、化物の咆哮 が響き渡る。
頭と前足がワシで胴がライオンの巨大なキメラであるグリフォンがたった今絶命したのだ。
魔法で焼かれた翼から焼肉の良い匂いが漂う。
ライオンの体は切り傷だらけで、傷口から白い脂肪が見えている。
斬り落とされた左前足が草原に転がっており、たまたま近くにいた人喰いグモの餌となった。
「ふっ……ん!」
グリフォンの下敷きとなっていたヴェルトは、奴の体を両腕で浮かせて隙間をつくり何とか脱出した。
剣士としての戦闘服も髪も体も全て血塗れで、とても街を歩ける状態じゃない。
「ヴェルト、大丈夫か!?」
遠くから駆けて来たのはダッドという冒険者……プリーストだ。
聖職者としての清らかな白のローブに身を包んでいる糸目の小柄な青年だ。帽子から覗く髪はくすんだ金髪で、頬骨あたりに広がるそばかすが素朴な印象だ。
「グリフォンに覆い被さられた時、死んだかと思ったよ。生きてて良かったぁ~~!」
とダッドは胸を撫で下ろした。
「今死ぬ訳にはいかないからね。……奴に乗られた時、咄嗟に剣を心臓に突き立ててやったんだ」
何でもない事のようにヴェルトはいかにしてトドメを刺したかを話す。
「さっすがヴェルト! こーゆー時だけは役にアイテーッ!」
調子の良いダッドの頭を軽く小突き、ヴェルトは髪を解き近くの川の前に膝を下ろした。
清らかな水の中で小魚が何匹か泳いでいる。ヴェルトは手で水を掬 い頭と顔に付着した血を洗い流す。
「ほれ、タオル」
「ん」
差し出されたタオルを受け取り、軽く水気を拭く。
「いやぁ、それにしても助かったよ。1人じゃグリフォンなんてバケモン倒せないからさ」
このダッドという男は、この農場主の娘にお熱らしい。
農場からグリフォンの討伐依頼が出されているのを知り、ダッドはこれを機会に娘と知り合おうという魂胆……というより下心をもって、依頼を受けたのだった。
「惚れっぽいんだよ君は。この腐れプリースト」
「エッヘヘヘヘ……」
ダッドは両手を後頭部に回し子供っぽく笑った。
「お前みたいな色男にゃ敵わないさ。最近、超絶美人な恋人ができたんだろ?」
恋人ができたと話した記憶が無いヴェルトは「は?」と冷たい声を上げながら振り返る。
「ギルドの男連中のなかじゃ、その話で持ちきりだぜ? だってこの前、美人の誘い断ってたじゃねーか」
「……あぁ」
何の話をしているのかようやく理解したヴェルトは納得の声を上げる。
初めてダーティ……いや、エディと出会った時の話だ。
(そういやダーティの誘いを断る為に標的をこいつに向けさせようとしたんだっけか)
「いやぁ~~あの人、本当に綺麗だったなぁ……声もまるで鈴みたいで。なぁヴェルト。あの美人の名前は?」
「……忘れた」
ダッドの尻をあの性的倒錯者 から守ろうとしているのではない。
本当にエディの名前を忘れてるのだった。
「またか。お前人の名前覚えるの本当に苦手だな」
ダッドの表情が見えずとも、呆れて苦笑しているのが容易に分かる。
「まぁ、またどこかで会えるよな? な?」
ダッドの問いにヴェルトは「知らないよ」と冷たく返し、上着を脱いで川の水で洗う。
「まぁ良いや。……で? お前の彼女、どんな人なんだよ」
彼女ではないのだが……訂正するのも面倒なのでヴェルトはそのままにしておくことにした。
「可愛い人だよ。可愛すぎて……虐めたくなる」
「あぁ~~分かるその気持ち! ちっちゃい猫とか見るとさぁ、ついついちょっかいかけたくなるの。それと同じよな」
とダッドははにかんだ。
「今度はいつ別れるかなぁ……俺、あと3ヶ月で別れるに賭ける」
「賭けないでくれるかい」
カイラと出会う前まで、ヴェルトは彼女を取っ替え引っ替えしていた。
その為、ダッドを中心とした何人かの冒険者達は『ヴェルトがいつ彼女と別れるか?』という題で賭け事を楽しんでいるのだ。
「良いじゃんかよ! どーせまたすぐ別れるさ」
アッハッハ! と朗らかに笑うダッドの顔目掛けてタオルを投げる。
「うぶっ!」
見事命中し面白い呻き声を上げたダッドを見て、ヴェルトはしたり顔を浮かべた。
「今度こそ別れるつもりないからね」
「いつもそーいうけど結局別れるじゃんかよ。また別れたら慰めてやるから、な? お前フラれる度にこの世の終わりかってぐらい落ち込むもんな?」
「だから別れないってば」
ヴェルトは少々怒気の籠った声で返した。
ともだちにシェアしよう!

