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来客
クマ屋敷ことハルキオン邸の応接室。その窓から望める光景は、どこか世間とは隔離してるように見える。
あくまでも自然に見えるよう整えられた木々から、1枚。また1枚と、朱に染まった葉がハラハラと落ちてゆく。
花壇に植えられた桃色の花は恐らくこれで見納めであろう。もうすぐ寒さに耐え忍ぶ季節が訪れるからだ。
「……綺麗」
セピア色の瞳に桃色を宿しながら、リタは呟いた。
「お茶をお持ちしましたー」
トテトテと歩く白クマのモイが2つのティーカップを机に置いた。
「どうぞ、遠慮しないで」
リタと机を挟んだ向こう側に深く腰掛けたハルキオンは、手でティーカップを差してそう促した。
「ありがとうございます」
セピア色のサラサラとした髪の、どこか陰気な雰囲気の青年は茶を口に運んだ。
「美味しい」
「モイが淹れて、くれたからね」
かつての仕事仲間であるリタと話している時は心が安らぐようで、ハルキオンは通常よりは自然体で話している。
今日、2人が再び出会うきっかけになったのは、かつてハルキオンが営んでいた医院に夢魔が運ばれた事。
急患を助けるべく治療に当たった際、共に働いていた頃と様子が違っていたハルキオンの事が心配になり、こうして話を聞きに来たのだった。
再び庭に目をやると、木に巣を作った母鳥が幼い我が子達にご飯をあげている。
早くくれと願う小鳥の姦 しい囀りすら心地良い。
「この庭は、茶色いクマのムイが、手入れをしてくれているんだよ」
「そんな事もできるんだ」
「うん! ひと通りの事はできるよ!」
「偉いね」とリタがムイの頭を撫でてやると、ムイはえへへと照れたように笑う。
「……ねぇ先生。単刀直入に訊くけれど」
「な、なんでしょ」
突然のリタの真剣な声色にハルキオンは身構える。
「先生、愛人ができたんでしょ」
想像すらしていなかった質問に、胃の腑に落ちたはずの紅茶が逆流しそうになるのを堪えながらハルキオンはティーカップをソーサーへ戻す。
ティーカップの底とソーサーがカチャカチャとぶつかり合う音が、ハルキオンの心境を反映しているようだ。
「なっ、なななななななな……!?」
「えーっ、愛人!」
モイが両手を挙げて驚いた。
「そうか……ついにご主人にも春が来たか」
うん……と唸りながら刺繍の目を瞑り思いを馳せるモイ。
「んもー、好きな人できたんならすぐ言ってよー! モイがダブルベッド用意したげるのに!」
「だ……ダブルベッド……」
「だって愛人だもん! あぁーんな事やこぉーんな事をするには必要だよね、ね? おにいさん!」
「うん、そうだね」
ませたお手伝い魔道具の問いかけに平然とした様子でリタは返す。
「う~ん! 早速注文しないと!」
足をジタバタさせながらモイはハルキオンの制止を無視してどこかへ走り去ってしまった。
「元気だね、あのクマちゃん」
「あはは……すみません」
これだけで疲れてしまったハルキオンは深い溜息を吐き、ハッと顔を上げる。
「あっ、あの! なんで愛人だなんて、そ、そんな突拍子もない事を……!?」
「だって。この前先生に避妊薬を処方したでしょ? 怪し過ぎるよ」
「うっ……そうかも……しれません」
ほとんど愛人がいると認めたような返答にリタは数ミリだけ口角を上げた……ような気がする。
「ようやく先生にも心を許せる人ができたんだね」
「心を……許せる人」
ハルキオンの脳裏に浮かんだのは2人。
1人は自分が死刑執行人と知っていながら、他の者と同等に接してくれた少年カイラ。そして……
(ヴェルトさん……)
初めて出会った日のうちに、カイラを守る為に望まぬ行為に及んだ男。全身に刻み込まれた甘い感覚を忘れられる訳が無い。
あの後、彼とはカイラの家を訪れた時、張形を作った時、夢魔の怪我を治した時の3回会った。
彼の前では平静を装うように努めているが、その日の夜には必ず強い劣情が湧き起こり、ハルキオンは己の体が静まるまで手淫をし続けていたのだ。
『君には支えてくれる人が必要だよ。誰か良い人いないの……僕とカイラ君以外で良い人探すんだね』
彼の言葉が頭の中で反芻する。
「先生……先生?」
リタの呼びかけで現実世界に戻され、ハルキオンは目を丸くする。
「あっ、いや、その……すみません」
「まぁ、人間関係については安心したけどさ。もう2つ気掛かりな事がある。その話し方と顔の傷」
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