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路上ライブ
ここはレザーのとある場所。
地下深くに建てられた小さな部屋は異様な空気に包まれている。
天井も、壁も、床も。全て石造りの為、温もりが一切感じられない。
壁にいくつかの小道具が掛けられている。ペンチ、ナイフ、ハサミ……その全てが鉄製である。フックのうちいくつか歯抜けになっているのは、現在使用中だから。
監獄を思わせる堅牢な鉄扉 と2人の兵士がガーディアンのように部屋の出入りを見守っている。
先程までビリビリと響いていた絶叫も、今は啜り泣きに変わっている。
「……うっ、ゲホッ、ゲホッ!」
錆鉄と脂の匂いに吐き気を催し、1人の兵士が何度か咳き込んだ。
惨劇の中心にいるのは2人の男。
1人は鉄製の机に力無く突っ伏している。鉄の輪で机に固定された右手の指が見るも無惨な様相を呈している。
奴の対面に腰掛けているのはレザーの死と拷問を司るハルキオン。貴族と名乗るにはあまりにも穢れた血が体内に流れている唯一の人間。
死刑執行人としての正装に身を包み、血で濡れたゴム手袋を手に嵌めている。
「……それで。お仲間はその2人だけですか」
淀みない問いに男は「そうだ」と力無く答えた。
「なるほど……ご協力、感謝、致します」
ハルキオンは立ち上がり、敬意を払うよう恭しい礼をした。
***
「ひえー、相変わらず酷えなあ」
ハルキオンと男が去った後の拷問部屋で、2人の兵士が後片付けをしている。
先程まで人の指だった肉片をゴミ袋に手際良く詰めながら1人の兵士が呟いた。
「アイツ本当に人間かぁ? 俺らと同じ赤い血が流れてるか不思議だよ」
先程使われたノミと小さなハンマーを桶で洗い清めている、もう1人の兵士が顔を上げる。
「やめておけ。こんな事聞かれたら今度は俺達の指が吹っ飛ぶ事になる」
強く咎めなかったのは、もう一方の兵士もあの言葉に内心同調していたからである。
彼の拷問方法……肉体と精神をじわじわと追い詰めるような方法は、あまりにも非人道的だ。
「まぁ、俺から言わせてもらえば……先代の方がある意味酷かったがな……」
と兵士は遠い目をしながら呟いた。
***
レザーの大通りを歩く怪しい人物が1人。黒ずくめの服装に黒い仮面で顔を覆ったハルキオンである。
どこか頼りない足取りで帰路につきながら、誰にも聞こえぬような低い声でブツブツと何か話している。
「ぺぺ……これから私は、人に、会わないといけないんです。……えぇ。リタさんという人。なんですけどね」
相変わらずハルキオンにしか聞こえない声で、己の外套のポッケにいる親友ぺぺは語りかけてくるらしい。
「へっ? ……いや、そんなんじゃあ……ただの、仕事仲間。だよ」
話しながら歩いていると、広場の人だかりの中心で奏でられるギターの音がハルキオンの耳を優しく撫でた。
やがて前奏が終わり、ややハスキーな男の歌声が聴こえ始める。
雨をテーマにした、荒んだ心を癒してくれるような音色と歌詞が皆の心を離さない。
彼のファンと思われる人々。たまたま通りかかったらしい冒険者。彼の甘いマスクを目当てに来たと思われる少女達。
彼らの後ろにつき、ハルキオンは曲を聴き続ける。
……信じられなかった。
『では私も1本貰おうか。ヴェルトのナニに旅の無事を祈ろうじゃないか』
『ヴェルトの顔写真も付けて売ろう。よく見ればお前もなかなか綺麗な顔だからな。飛ぶように売れるだろう』
あんな事を言っていた男から、まさかこれほど美しい言葉が出てくるとは。
荒んだ心に恵みの雨の如く染み込み、自然と涙が一滴頬を伝った。
演奏が静かに終わり、演奏者に温かな拍手が送られる。
ハルキオンも皆と同様に拍手を送った後、邪魔しないよう静かにその場から立ち去った。
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