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飲み会

「ガゼリオ先生。急ですけど、今日飲みに行きません?」  ガゼリオが家にいるより外にいる方を好む男だという事を知っているレオ。  仕事仲間として、同期として。ガゼリオが何か抱えているのならば、話だけでも聞いてあげたいと思った。 「良いですよ」  とにかく酒に溺れてしまいたい。  何もかも忘れてしまえるように。  そのような思いからガゼリオはすぐに承諾した。    ***  ここはガゼリオとレオの行きつけの酒場。ギルドから離れているのでうるさい冒険者はおらず、ただただ穏やかな時間がゆったりと流れている。  安っぽい訳ではなく、かと言ってお高くとまっている訳でもない。青少年を導くというそれなりの立場にある2人にとっては居心地の良い場所だ。  酒場の隅にあるステージから響く、演奏家の卵と思われる女性の穏やかな歌声を聴きながら、ガゼリオとレオの2人は席へ向かう。 「珍しいな、個室選ぶなんて」  後ろ手で個室と廊下を隔てる木製の扉を閉めたガゼリオは部屋を見回す。  サシで呑むには丁度良い広さだ。  オレンジの明かりやさりげなく飾られた風景画がムーディな雰囲気を上手く演出している。  かつて、この密室でいくつものロマンスや陰謀が生まれたのだろうとガゼリオは思った。 「まぁ、たまには……な?」  レオは言葉を濁しながら心地の良いソファに腰を下ろす。  ガゼリオとレオは仕事中では「先生」と呼び合うが、プライベートでは互いに砕けた口調で話せる間柄。  そのはずなのに……何故か2人の間には何か異様な空気が流れている。  まるで付き合って間もない恋人同士のような。 「で、何頼む?」  レオの問いに「うーん」と唸りながらガゼリオはメニュー表に目を通す。 (なんかこう……ガツンと来る物が食いてーなぁ。あの執事(野郎)、健康が~とか栄養が~とか何とか言いやがってジャンキーな物全く食わせてくれねーからな。今日はとことん好きなもん食ってやる)  抑圧された性欲の代わりに食欲を満たそうとガゼリオは躍起になり、メニュー表に綴られた文字を追いかけ回す。 (やっぱなんだかセクシーなんだよなぁ……)  メニューに集中を注ぐガゼリオを眺めながらレオは心中で呟いた。  やや染まった頬に潤んだ瞳。暑いのか袖を捲っており、手首がチラリと見えている。 (よくよく見ると美人だし……体も割と細身だし……あー、来る前に抜いときゃ良かったかな)  酒場だというのに性欲が食欲を上回ったレオは、ガゼリオの姿に思わず生唾を呑み込んだ。  注文した酒と小料理が机に並び、2人は互いを労うように乾杯した。 「珍しいな、ソーセージ食うなんて」  東地方の温暖な気候で伸び伸びと育てられた牛の肉を、複数のスパイスを混ぜ込み腸詰にして燻製にした物だ。  保存食としても愛されてるソーセージは塩気と辛味がしっかりしており、今のガゼリオが最も求めるジャンキーさを兼ね備えている。  しかもこの店のソーセージは串に刺して焼かれ、そのままかぶりつくというワイルドなスタイル。 「たまにはな」  ガゼリオは串をひょいと摘んでソーセージを口に運ぶ。 「旨っ」  熱々のソーセージの皮に閉じ込められていた肉汁が溢れ出し、ガゼリオの脳を悦ばせる。 (なんか……エロいな)  棒状の物を旨そうに食しているガゼリオの姿を見て、レオは何かを想像してしまい再び生唾を呑み込む。 (あ~~、ホントにどっかで抜いてくりゃ良かった)  己の想像力の高さと欲深さを呪いながらも、気を紛らわす為に話題を出す。 「……あのさガゼリオ、もしかして最近誰かと付き合い始めた?」 「はぁ?」  レオの突拍子の無い問いにガゼリオはやや困惑したような声で返す。 「いや、なんとなくさ」  とレオはガゼリオの視線から逃れるようにジョッキを手に持つ。  憂色の籠った視線を明後日の方に向けながらガゼリオは問いに答える。 「……いいや。むしろ前々から好きだった人がいるんだけどさ……もう無理だ」 「無理? 何かあったのか?」 「まぁ……な?」  ガゼリオの素っ気ない態度にレオはこれ以上の追求はしない事に決めて、別の話題を探そうと試みた。    ***  夜も更け、各々の家に帰ろうとする人々が増えた頃。 「ガゼリオ? ガーゼーリーオ?」  酒に潰れて机に突っ伏したガゼリオの肩をレオは揺さぶるが、頼りない唸り声が聞こえるだけで一向に起きる様子が見えない。  いつもほろ酔いで切り上げるはずのガゼリオが…… 「もう帰るぞ?」 「いやだ……家に帰るの嫌だ」  家に帰ればあの忌々しい男がいる。  履きたくもない女性用下着を履かされに付き合わされる。  もし逆らえば制裁を喰らう。  性的な事に関しては、あの男は父親として最低だ。  それに……酒を飲んだのに、下半身の疼きが治らない。  飲み過ぎた為に勃起はしていないが、甘い感覚が体全身に回り頭がどうにかなりそうだ。 「何言ってんだ」  普段「帰りたくない」など言わないガゼリオのわがままを不思議に思いながら、レオは自分の頭をポリポリと掻く。 「う~~ん」  ガゼリオの唸り声が個室を支配する。 「明日休みで良かったな? 多分お前二日酔いになるぞ」 「う~~~~ん……」  一向に動こうとしないガゼリオにレオは呆れて息を吐き、水差しからグラスに冷たい水を注ぐ。 「ほら水! これ飲んで少しは酔い覚ませ」  と呼びかけ、レオは首筋にグラスを押し当てた。  ほんのちょっとしたイタズラ……それが、今のガゼリオには効果抜群だった。 「ひゃんっ! んぅ……」  普段のガゼリオならば絶対に出さぬような、善がり声に似た甘い吐息。  その反応にレオは瞠目し無言でガゼリオを見下ろし続ける。 「……ッ!? いやごめん、水ありがとう、ハハハ……」  間を置いてようやく我に帰ったガゼリオは、頬を更に赤く染め恥ずかしさを払拭するように笑いながらグラスを受け取り、揺らめく透明な液体を一気に飲み干す。 「ガゼリオ」  手の甲で口を拭ったガゼリオは、レオに冷静な声で呼びかけられる。 「そんなに帰りたくないのか?」 「うん? ……まぁ、だな」  目を逸らしながら軽い調子で答えたが、それはまごう事なき真意。 「ならさ。俺の家来るか?」  想像すらしていなかった提案に「へっ?」と素っ頓狂な声を上げるガゼリオ。 「ベッド狭いけど、飲み物もあるし一晩くらいなら泊めてやれるぞ」  同性の同期からの提案。アルコールで麻痺した頭で彼を疑う訳もなく…… 「……わかった。付いてく」  と軽率に答えたのだ。

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