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1−4【涼景×星🌺】森に眠る
<概要>
・リクエスト:りんご様
・カップリング:涼景×犀星
・テイスト:切ない。しっとり。
・その他:都から歌仙に行く途中。野営中。犀星を慰める涼景。
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夜の森は静かだった。
どこかで小さく風が葉を揺らし、遠く、梟の声が一度だけ響いた。だがそれきり、生き物たちも息をひそめるように黙りこんでいる。山中に道はなく、崩れかけた旧道の傍らに、火を囲んで腰を下ろしていた。
焚き火は、東雨が眠る前にくべた薪の最後のひとつを、赤く灯している。
犀星はその光の前に、まるで魂を抜かれたように座っていた。まばたきも少なく、指先は膝の上でじっとしている。いつからこのままなのか。何も言わない。
――もう、何日もこうなのだ。
「……冷えるぞ」
涼景は自分の褥を犀星の肩に重ねかけ、そっと背に手を添えた。
拒絶もされない代わりに、感謝の言葉もない。まるで石像のように、揺れる火に眼差しを落としたままだ。
この数日の道中、まともに食事をとっていない。口をつけるだけ、いや、匙を持たせても指先からすべり落とす。眠れた夜など一夜もない。
――歌仙へ戻れば、あの人に会える。
その期待だけで保っているのだ。
しかしそれが、逆に犀星を壊している。
玲陽という存在は、今や彼の心そのものを食い尽くす毒だ。誰にも渡したくないと願い、離れていれば狂い、近づけば心が裂ける。愛は渇望となり、執着となり、ついには――自傷のように己を削る。
「薬、飲んでおけ」
――効果は期待できないが。
涼景は小さな布袋を取り出した。夜の不安を和らげる湯に溶く丸薬。強くはないが、少しだけ意識を曇らせてくれるものだ。
湯は火の傍に置かれていた器で、ぬるいまま保たれていた。涼景は薬を指先で潰してその中に落とし、木匙でゆっくりとかき混ぜた。
「……星」
返事はない。だが、差し出された椀を、犀星はぼんやりと見つめたあと、涼景の手に導かれるまま、唇をつけた。
それを、すべて飲み干した。
火が、ぱち、と弾ける。
涼景は器を脇に置き、犀星の肩にそっと触れた。
「少しは……落ち着くか?」
返ってきたのは、吐息だった。震えるほどに細い。
「……つらい」
ようやく出た声が、それだった。
涼景は息を呑んだ。
「会いたい。早く……あの人に」
声は低く、途切れ、そして泣いていた。涙そのものは流れないが、声が泣いていた。
涼景は、もうそれ以上、何も言えなかった。
ただ静かに、隣に寄り添った。火を挟まず、肩と肩が触れ合うくらいの近さで。
犀星は抵抗しなかった。
――いや、もはや何も感じ取っていないのかもしれない。
ふだんなら、誰に対しても一歩は距離を取る犀星だ。それが、今は何も拒まず、ただされるがままにされている。
涼景はその温度に、震えた。
これは、やさしさなのか。
それとも、自分の存在が――彼にとって、もはや記憶にも残らないほどのものだということなのか。
それでも。
「ここに、いるぞ」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
答えはなかった。
それが肯定であるように思いたくて、涼景はそっと、自分の肩をずらして、犀星の頭を寄せるように位置を変えた。肩が、わずかに傾く。
抵抗はなかった。
そっと、犀星の髪に指を差し入れた。冷えた絹のようだった。細く、柔らかく、淡い墨色の中に、光のような青がわずかに混ざっている。
かつて、涼景の知る誰よりも美しく、強かったこの人が、今はこんなにも脆い。
恋しさは、いつも犀星にとっては玲陽のものであった。
自分ではない。
ずっと、ずっと、知っていた。
初めて仕えたあの日から。どれほど犀星の表情に惹かれようとも、その目が捉える先には、決して自分はいなかった。
――それでも、いい。
この夜のことを、犀星はきっと覚えてはいないだろう。
だが、それでよかった。
それが救いであり、同時に、悲しみだった。
――報われない想いは、それでも想いである。
火が、もう一度弾ける音がして、ふたりの影を揺らした。
静かな夜だった。
眠れぬまま、だが、少しだけ心が落ち着くような、そんな夜。
涼景は、犀星の呼吸が深くなるのを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
あとひと晩。
この夜を越えれば、あの人に会える。
そう告げるように、星がまたたいていた。
そして涼景は、誰にも知られないまま、
小さく、触れた。
忘れられてもいいと思えるほどの、ささやかな愛を、ひとときだけ――そっと、寄せた。
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涼景の片思いって、相当根深い気がします。
というか、涼景って、惚れっぽすぎる気がします(汗)
春に、星に、東雨に、凛に、蓮章に……
! 陽だけは好みじゃなかったのか?!
(恵)
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