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第9話

相澤先生 side 「おーい」 窓から顔を覗かせて眩しい笑顔で手を振る上田の横に東條がいた。 珍しい組み合わせだな、と思う。 どうやら一緒に弁当を食べているらしい。 普段あまり絡みのない二人が一緒に居ることにどうしてか不安を覚える。 あの体育倉庫での自分の失態を、東條が簡単に上田に告げ口するとは思えない。 だったら俺は何故こんなにも不安に思っているんだろうか。 俺はおう、と手を上げて応える。 東條と一瞬目が合った。 何処か寂しそうな目に見つめられて、胸がジリ、と焼けるように痛む。 上田が東條に少し顔を寄せて、何やら真剣な表情で話しかけている。 ――近づくなよ。 心の中でそんなふうに呟く自分に、自分でも驚く。 この間まで上田の事を想っていたのに、いまは東條から目が離せない自分がいる。 こんなのは間違っている。 東條だって嫌なはずだ。 俺のこの邪な感情を知ったら、東條はまた顔を歪めて俺を軽蔑するだろうか。 拳をぎゅう、とかたく握る。 こんな感情を持つ自分が気持ち悪くて、抗えない事に情けなくて、嫌悪する。 絶対にこんな気持ちを知られては行けない――。 そう固く誓った。 *** ほかの教員に声を掛けられ、用事を手伝っていた。ある程度終わったところで、やっと解放された俺は廊下を歩いて職員室に戻っていた。 途中、自分の担当のクラスの教室を横切ると東條がまだ一人で教室に残っていた。 窓の外を見つめる背中はやけに小さく見えて、何だか不安に思って声を掛けた。 「東條、こんな所で何してる?」 「待ってた」 そんな健気な事を唐突に言われて、胸がぎゅっと締め付けられる。何だ、可愛いこと言いやがって。 「……待たなくていいのに」 嘘だ。本当は待っていてくれて物凄く嬉しいのに。でもそんな感情を悟られてはお終いだから、悟られないように困ったように肩を竦めて見せた。 少し寂しげな目をする東條に、昼間の事を思い出す。どうしてそんな目をしているんだろう。 誰がそんな風にさせている――? そう思うと自分の中の黒い感情が湧き出てくる。誰かも分からない相手に、酷く嫉妬した。 上田が顔を寄せて何か東條に言っていたな、と思い返して苛立つ心を押し殺す。 「……そういえばさ、上田と昼間何話してたんだ?」 思わず勢いに任せて聞いてしまった。 東條がそれにはっ、と乾いた笑いを見せて、しまったと思った。 「そんなに気になる?そんなに上田のことが好きなんだ?」 俺が上田に告げ口されたか心配して聞いたのだと思っているんだろうと、その言い方で悟る。 無理もない。俺がまだ上田の事が好きだと東條は思っているんだろうから。 「あの事は話してないよ。上田が気の毒だからね」 大きくなった声に、苛立ちと嫌悪が含まれている事が痛いほど分かる。 「……東條、俺はただ、」 「ただ、何?自分の事ばかりで、恥ずかしくないの?――俺の気も知らないで」 顔を歪めてそう言って吐き捨てる東條。その表情には嫌悪と苛立ちの合間に寂しさと辛さが見え隠れしていて。 教室を出ようとする東條の腕を咄嗟に掴む。 「っ、待て!」 俺は東條が好きなんだと、言えたらどんなに良かったか。 口を開いて喉の奥まででかかった言葉を押し込める。そんな事を言って何になるんだと。余計東條を苛立たせて混乱させるだけだ。 そんな事はしたくない――。 嫌、違う。 『そう簡単に、嫌ったりしないよ』 こんな俺のことをそう言ってくれた東條に、自分を完全に否定されるのが怖いだけだ。 掴む腕を振り払われて、東條教室を出ていく。 俺は追いかけることさえ出来ずに、ただ教室で一人立ち尽くすしかなかった。

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