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第11話

ガチャリ、と屋上の扉が開く。 息を切らした相澤先生が出てきて、俺のほうに向かって歩いてくる。目の前まで来て、真剣な表情で口を開いた。 「……東條のお母さん、いつもああなのか」 「だったら?先生がどうにかしてくれるの」 おもむろに相澤先生の胸ぐらを掴んでフェンスに押しつける。 「っ、東條、なにして」 相澤先生の眉間に皺がよる。 「うんざりなんだよ、もう」 相澤先生のシャツをはだけさせて、手を直に肌に這わせる。身をよじる相澤先生をもう一方の腕で押さえつけた。 「おい、やめろ、っ」 こんな事しか出来ない自分に嫌気がさす。 何もかも、嫌だった。 本当は相澤先生がずっと前から好きだった。好きなのに、蔑んで良いなりにして、いい気になって――。 そんな事でしか相澤先生の視界に映れない自分が惨めだった。 「なんで抵抗するの?生徒にこんな風に触られて嬉しいんじゃないの?このくそショタコン野郎が」 「ちがう、」 「は?何が違うの。上田だから好きになったとか反吐が出るようなこと言い出すんじゃないよね」 こんな事しか言えない自分が心底嫌になる。 「ちがう!上田の事は関係ない」 身を捩って抜け出されて、両腕を掴み返される。 体育教師で体格のいい相澤先生相手に、振り払おうとしても本気で掴まれているせいで逃げられなかった。 「……は?なに」 俺を見つめる真剣な目に、目を逸らせなくなる。 「東條、ずっと一人で頑張ってたんだな。母親のプレッシャーもある中で、一番をずっとキープしてたのは、東條が人一倍努力してたからだ。でも周りはそれを当然のように扱った。辛かったよな。偉いよ、東條。ずっと今までよく頑張ったな」 全てを包み込んでくれるその言葉に、冷えきった心が満たされていく。 自然と涙が溢れ出て、我慢しようとしても止められずにぽろぽろと頬を伝って落ちていった。 「っ、ずっと……上田が羨ましくて、嫉妬して、酷いこと言ったんだ。そんな自分が凄く嫌だった。俺は人を蔑まないと自分を保てないような弱い人間なんだ。相澤先生の事も、本当は、好きなのに……自分の言いなりにして、いい気になって、こんな自分が凄く恥ずかしい……」 嗚咽を漏らしながら泣く。こんなにもみっともない姿を人の前で見せるなんて、普段の俺なら有り得ない。 それでも、涙がとめられなかった。相澤先生の前なら全てをさらけ出してもいい様な気がしていた。 「俺のこと、信じてくれてたんだよな。なのに裏切るような事をした。東條は悪くない。教師失格なんだ、俺は。本当にごめん」 頭を撫でてくれる相澤先生。硬くゴツゴツした手の感覚が心地よくて目を細める。 「先生、俺、先生の事嫌いになんてならないよ。他の人が先生をなんと言おうと、俺は先生が好き」 そう言うと、相澤先生は驚いたように目を見開く。 「東條……」 「だから、先生も俺を好きになって」 1歩踏み込んで、少し踵を上げて背伸びする。 驚きに固まったままの相澤先生の頬を手で撫でて、唇を寄せる。 一瞬の事だったけど、相澤先生の顔がみるみる赤く染まる。 「なに、して」 「俺だけ見て。先生」 真っ直ぐに相澤先生を見てそう告げる。 「上田の事なんて忘れればいい。俺だけみて、俺の事を好きになってくれたら、俺は先生の全てを許してあげるのに」 「っ、」 「俺は本気だよ、先生」 相澤先生は何か言いかけて、口を噤む。 タイミングよくチャイムが鳴った。 相澤先生は身を退けて俺から離れる。 「戻るぞ。お母さんが待ってる」 一言だけそう言って背中を向けられた。 「……うん」 そう言われて、仕方なく相澤先生の後ろを着いて歩いて、屋上を後にした。

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