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第12話
翌日、校門をくぐって昇降口に行くと、丁度上田が靴を上履きに履き替えていた。
「おはよ」
いつもの様に軽く挨拶をされる。
「おはよう」
俺がそう返したのを聞いてから、早々に背中を向けて教室の方へ歩いていってしまう上田。
このままじゃ、駄目だ。
急いで追いかけて、腕を掴んだ。
「っ、どうした?」
振り返って、驚きに目を瞬いて俺を見る。
「あの……この間はごめん。嫌なこと言った」
沈黙が気まずくて、目を伏せる。
こんな時でさえ相手の目をしっかり見て謝れない自分に嫌気がして腹が立つ。
「……あのさ、連絡先教えてくれる?」
「えっ?」
「仲直り、しよ」
にい、と子供みたいに笑う上田。そんな上田に、思ってもみなくて呆気にとられる。
「う、うん。いいよ」
そうして、俺と上田は連絡先を交換した。
スマホの連絡先一覧に上田陽一の名前が載る。
クラスの一軍の中心人物の人気者の上田の名前が俺のスマホに入っているなんて、なんだか変な感じがする。
「これで、夏休み入っても遊べるな」
「……うん」
「てか、誘っていいよな?」
「誘って。俺も、上田と遊びたい」
「そっか。嬉しい」
話しながら教室へと二人で並んで歩く。
ニカッと笑う上田の眩しい笑顔に、声を掛けるまで思い悩んでいた気持ちが払拭されていく。本当に良い奴なんだよな。
教室に入って暫く上田と他愛ない会話をする。
すると相澤先生が教室に入ってきてちら、とこちらを見た。上田と二人でいる光景を見て少し目を細めて口角を上げる。『良かったな』と、口パクで言われたのに気づいて俺も緩りと口角を上げて笑い返した。
***
夏休みに入って、学校の授業が無くなった事で途端に暇になる。
相澤先生にも会えないし――。
当然だけど、連絡先も知らないから連絡手段もない。会いたいのに会えないのがもどかしい。
ピロン、とスマホの通知音が鳴って、スマホの画面を確認する。
上田からだ。
メッセージアプリを開いて、内容を確認する。
《次の火曜日みんなでBBQするんだけど、東條もどう?》
皆ってことは多分、いつも上田と一緒にいる騒がしい男子たちも一緒なんだろう。俺の苦手なタイプの人種だから、一瞬断ろうかと過ぎる。
だけど、折角上田から遊びの誘いがあったのに断るのも気が引ける俺は、暫く悩む。
どうせ家にいても暇だしな――。
《行く》
そう一言だけ返すとすぐにピロン、と鳴って、上田からの返信が来る。
《まじ!嬉しい!めっちゃ楽しみ》
少し変なよく知らないキャラがジャンプして喜んでいるスタンプも追加で送られて、可笑しくてふっと一人で笑ってしまう。
今までまともに同級生の友達が居なかったから、皆でバーベキューするのも初めてだ。むしろ家族でバーベキューしたのも父親がまだ居た時の幼い頃以来だから、殆ど初めてと言ってもいいだろう。
《俺も》
と、それだけ短く返した。
喉が渇いてお茶を飲みにリビングに行く。ガラスのコップにお茶を入れて、また部屋に戻ろうと廊下に出ると丁度玄関があいて母親が入ってきた。
三者面談以来、特に顔を合わせることも無かったのでまともに話していない。
目が合って、逸らされる。
「おかえり」
と、声をかけると歩みを止めて、静かに俺を見た。
「……ただいま」
「ねえ、来週の火曜友達とバーベキューするんだけど、いい?遅くなるかもしれない」
「高校生なんだから、それくらい良いわよ」
「……うん」
謝りたいのに、なかなか声が掛けられない。
そうこうしているうちに、母親はさっさとリビングに入っていってしまう。
自分の情けなさに深いため息をついた。
***
火曜日当日。最小限の荷物をカバンにつめて、玄関を出ようとする。
「待ちなさい」
後ろから母親に声を掛けられて、何事かと振り返る。
「手土産くらい持っていきなさいよ」
そう言って袋を渡される。中には少し高そうな箱詰めのソーセージが入っていた。ちゃんと保冷剤も入れてあって母親が気を使ってそんな準備をしてくれていたことに驚く。
謝ることすら出来ない俺に、何も言わず気にかけてくれる母親の不器用な優しさに胸がじんと熱くなる。
「ありがとう、母さん」
「早く行きなさい。遅れるわよ」
そう言われて、俺は袋を母親から受け取って、玄関を出た。
上田が指定して送ってきた場所は少し山を昇ったところにある川の上流にあるバーベキュー場だ。
地図アプリで経路を確認するとバスしか通ってないような所にある為、バスに乗って小一時間程揺られる。
バーベキュー場の近くのバス停について、バスを降りる。
山の中は空気が澄んでいて気持ちがいい。何処からか鳥の鳴き声がして反響する。深呼吸してから歩き出す。
数分ほど歩いてバーベキュー場につくと、上田達がもう着いていてテントを張ったり炭火を起こしたりと、高校生にしては慣れた様子でみんな手際よく準備をしていた。
「ごめん、遅かった?」
「いや、俺らが早く着きすぎただけ。それ、もしかして手土産?」
ソーセージの入った袋をちら、と見てそう言って嬉しそうな表情をする。
「ああ、うん」
「みんなー、東條が手土産持ってきてくれた!」
袋を手に取って頭上に上げて大きな声でそう言うと、他の男子達がおお、と声を上げて集まってくる。
「なんか高そうじゃんこれ」
「わ、ソーセージだ、美味そ!」
「ありがとな東條、めっちゃ気効くじゃん」
口々に言われて、みんなに囲まれる。
少し圧倒されるけど、みんな喜んでいて母親が用意してくれた手土産に感謝する。
「良かった、みんな喜んでくれて」
ふ、と口角を上げて笑う。
「うわ、東條って笑うんだ」
「ああ?そりゃ笑うだろ、初めて見たけど」
「なんか、ちょっとドキッとした!」
そんな風に皆に言われて少し恥ずかしくなる。
上田をちら、と見るとにっと笑って肩を寄せてくる。
「まあまあ、あんま東條にがっつくなよなあ。お前ら引かれるぞ」
俺の困惑する気持ちを知ってなのか皆にそう言ってくれて少し助かる。
つくづく上田は良い奴だなと感心する。
コンロの木炭に火がついて、パチパチと火が鳴る。
「もう焼こうぜー」
上田がそう言って、準備していた野菜や肉を並べていく。炭火焼きのいい匂いが立ち込める。
俺も上田の向かいで肉を焼く。
他の男子たちがこれちょうだい、と指さす物を皿に入れてやる。
「ん、東條が持ってきてくれたウインナーめっちゃ美味い」
そう言って焼きながらつまみ食いする上田。
「東條も食えよ。ほら」
割り箸で焼けたばかりの肉を取って口元に持ってくる。少し躊躇していると、「熱いかな?」と言ってふーふー、と冷ますために息を吹きかける。それからもう一度割り箸で肉を口元へと持ってきて、「ほら、もういけるんじゃね?」と言われる。
あっけらかんとそう言ってのける上田に、恥ずかしがっている自分の方が可笑しい気がして思い切ってそのまま口を開けて肉を頬張る。
「うまい?」
「ん、」
こくこくと頷く俺に、上田が満足そうに笑った。
暫く焼いていると、他の男子たちが肉を焼く係を交代してくれた。
焼きながらつまみ食いする上田を真似して俺も食べていたから、そこまでお腹は減っていない。
上田もなのか、そのまま川に歩いていって、足を川につける。
「うわ、めっちゃつめてー」
おもむろにTシャツを脱いで上半身裸になる上田に、少しドキリとする。
程よく着いた筋肉。首にかけられた細いネックレスが太陽に反射してキラキラと光る。
そのまま、川に飛び込むと水飛沫がたった。
「東條もこいよ!」
「ええ、俺はいい」
首を振る俺に、東條が川から上がって水の滴る髪をかきあげながら近づいてくる。
腕を引かれて少し抵抗すると、腰を抱きあげられる。
「わあ、軽いな」
「ちょ、なにす」
そのまま川に投げられて、服も何もかもびしょ濡れになる。
「つ、めたっ!何すんだよ馬鹿!」
「あはは、東條怒ってる。かわい」
俺が怒っているというのに飄々とそう言ってのける上田に唖然とする。
「上田ってそういう事誰にでも言うの?」
「ん?なにが」
「いや、いい……」
はあ、と深いため息をつく。
服を着たままだから服も髪もパンツまでびしょ濡れだ。
「なにいちゃついてんだよお前ら!」
「うるせー。仲良しの俺らの間に入ろうとしてくるの辞めてくれる?」
茶化してくる男子に上田がそう言って乗っかるのがなんだか可笑しくて思わず吹き出して笑う。
「なんなんだよ。ほんと」
「ちょー楽しい!」
上田か空を仰いで叫ぶ。他の男子達が俺たちを見てつられて服のまま川に飛び込んで来る。
少し前まで、こんな風に同級生達と遊ぶなんて想像もしていなかった。
――友達って、こんなに楽しいんだ。
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