2 / 92
第一章 第1話 Witch is me-1
窓を叩きつける雨音が、僕の空腹をさらに煽った。今年も台風のせいでイベントは軒並み中止、バイトのシフトはごっそり削られ、冷蔵庫の中は閑散としている。
カーテンの隙間から差し込む薄暗い光が、部屋に積み重なったバイトのシフト表を照らしている。
「あ~、今月は収入厳しいなあ。」
僕の名前は内泉あきと 。
大学を卒業したばかりで現在フリーター真っただ中。貯金を切り崩しては生活費に充てる毎日だ。
「ミャ~オ」足元で黒猫がすり寄ってくる。
「おなかが減ったかい?ごめんよクロ。今日は缶詰じゃないんだ」
冷ごはんにかつおぶしを乗せてやると腹が減っていたのかガツガツと皿の上から平らげていく。
「天気になったらしっかり働いて来月は旨いもん食わせてあげるからな。」
耳の後ろから顎の付け根をしっかりと撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らす。
窓の外で風が唸るたびに、クロの耳がピクンと動く。まるで何かを警戒しているようだ。
黒猫のクロは祖母の形見だ。
幼いころに両親を亡くした僕は祖母に育てられた。
ちょっと変わったところがあって、ユーモアにあふれた祖母を僕は大好きだった。
特にこんな台風の日には祖母はよく『不思議なことが起こる』と笑っていた。
だがその祖母も去年他界したのだ。
クロを撫でながら、祖母の笑顔が脳裏に浮かぶ。でも、その笑顔はもう二度と見られないんだと思うと、胸が締め付けられる
「お前は僕の傍にいつまでも居てくれよな」柔らかい毛並みを撫であげると
「ミャ~ア」と返事を返してくれる。
「ふふふ。居るよって言ってくれてるのかな?」なんて自分勝手な解釈をする。
クロの毛並みは艶やかでいつまでも撫でていたくなる。猫って気まぐれだって言うけれどうちのクロは甘えんぼでいつも僕の傍に寄ってきては僕を守ってくれてる気がするんだ。
玄関をノックする音が聞こえ「アキト居るんだろ?」と江戸川がやってきた。
江戸川は大学の同期で卒業後、彼も就職できずに同じフリーターになった。
「コンビニで弁当買ってきたから一緒に食おうって思ってさ」
薄茶色にやわらかなウェーブがかった髪が濡れている。小雨の中買いに走ってくれたんだろうか。
「いつもありがと! ごめんな。この借りはきっと返すよ」
僕の感謝の言葉に少し照れたように目を細める。
「良いって。気をつかうなよ。俺とお前の仲じゃねえか」
「へへへ」とうれしくって顔がほころんでしまう。友達っていいなって素直に喜んじまう。
江戸川は大学のサークル活動で知り合った。僕は植物学専攻で自分で育てたハーブを食べ物に利用したり石鹸にしたりしてイベント販売などを手伝っていたんだ。
明るくって物怖じしない江戸川は売り子に向いていた。彼が声をかけると皆興味をもって集まってきてくれる。リーダーシップがあって頭の回転が速く、いつも的確な指示をしてくれた。
背も高く体格もいい江戸川は女子の評判も良かった。瞳は濃紺といった感じで祖父が外国人だったから日本人特有の黒色じゃないらしい。彫の深いハンサムな顔立ちで男の僕から見てもかっこいいなと思う。
「俺さ。最初にお前の名前聞いた時びっくりしたんだ」
「なんだ突然? 何? 『内泉あきと』のどこがおかしいのさ」
「お前が内泉って名乗った時、俺の耳には『Witch is me』って聞こえたのさ」
「へ? 何? 英語?」
「あぁ。『Witch is me 』ってさ」江戸川がニヤリと笑う。
その瞬間、窓の外で雷が鳴り響き、部屋の電気が一瞬チカチカと揺れた。クロが突然立ち上がり、鋭く「ミャオ!」と鳴いて僕の胸に飛び込んできた。
「クロ? どうしたんだ?」
クロの金色の瞳が光り、まるで何かを訴えるようにじっと僕を見つめていた。
ともだちにシェアしよう!

