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第二章 13話 智慧の石

「ぅう……いたたっ」  動くとこめかみが痛い。それに目があかない。あの粘着質な魔物の舌にからめとられた時に瘴気が少し目に染みた。そのせいかもしれない。 「ここはどこだろう?」  空気が重い。地下に落ちたはずだが、でも自分は埋まっていないから、ここは洞窟の可能性が高い。  誰かが目の前にいる? ……ああ、目が見えなくても。この気配は知っている。  ──静寂の境でまどろんでいると何かが自分が張った結界の近くにどさりと落ちてきた。  ……人間か?久しぶりの来客だな。まともに話しが出来る者だろうか?  わたしは闇の中の方が視力がいい。黒髪?だがあの顔は?!  視線が外せない。マリアに似ている?まさか?誰だ?何者なのだ?── 「クロ?グロだよね?」  この気配はクロードだ。僕を心配して助けに来てくれたんだ!! 「……っ!」 「ごめんよ。心配かけて」  僕は抱きついた。あぁ。クロ―ドだ。でもなんだか変だ?どうしたのかな。 「クロ。こんなに冷えてしまって。僕を探してて冷えてしまったの?温めてあげるね」  僕はクロ―ドに治癒を流した。  ──わたしの事をクロと呼ぶのはこの世界でただ一人だ。  かつて人間だったころに愛した魔女マリア。  そうか。この人間、いやこの子は魔女なのか。  それにこの癒しの魔法は? マリアの力を受け継いでいるのか?!    それにわたしを知っているのか?出会ったのは初めてだというのに?  ……予測はつく。この子が知っているクロはきっと耳としっぽがついているのだろう──  「……これは魔女の癒しの力なのか?」  やっぱりクロードだ。少しかすれてるけど僕はこの声が好きだ。 「そうだよ。でもまだうまく使えないんだ」 「いや、使えている。とても暖かい」 「クロにそういってもらえると嬉しいよ」 「わたしが言うと嬉しい?……のか?」 「うん。大好きなクロに褒めてもらうと嬉しいんだ」 「……大好き?」 「うん!一緒にいるだけで幸せだよ」 「そうか、幸せなのか」 「うん、愛してるもの!僕はクロを愛してる」 「そうか。愛してる……んだな」 「ふふふ。そうだよ。僕は愛に生きてるんだ。これからもずっと一緒だよ」  どうしたんだろ?クロードったらさっきから僕の言葉を噛みしめるみたいに反復してる。  今まであかなかった目が少しずつ開く。暗闇にまだ慣れない眼がとらえたのは金色の瞳だった。  潤んだような金の瞳が僕を見ていた。 「あれ?クロ。耳はどうしたの?」    ──やはりそうか。世代を超えて出会えたのだな。  愛しい魔女が言っていた。≪愛を知って愛のために生きてみたいんだ≫  そうか……。やっと願いが叶ったんだな。  これで私も呪縛から逃れられる──  そのとき、前方からぶわっと魔力が膨らむ気配がした。 『アキト!!どこです?アキト!!』  声をする方に目をやるとそこに見慣れた黒豹がいた。 「え?クロ?……」   そうだ。そうだった。クロードは僕から離れたら今は人型にはなれないんだ!  じゃあこの人は?クロードにそっくりなこの人は?誰? 『何者だ?!アキトから離れろ!!』  僕が数歩後ずさると黒豹が僕の傍にくる。  尻尾がすぐに僕の足にまきつくと愛しい獣人の姿にかわった。 「アキト!大丈夫ですか?!」  クロードは僕を庇うように前に立った。僕はその後姿に抱きついた。 「ごめん。僕っあの人をクロだと勘違いしてっ……」  クロードは黙ってアキトの手の上に自分の手を重ねた。 「わたしはクロード・レオ・パルドス。その容姿。貴方はまさか?」 「わたしの名はクロウ・リー」 「生きていたのですか?」 「ふっ。いや……そろそろ限界だ。出会えたのはこれも縁なのであろう」 「アキト。この方はわたしの祖父のようです」 「ええ?おじいさん?僕おじいさんに抱きついちゃったの?ごめんなさいっ!」  だから似てたのか? それにクロードがかなり警戒している。おじいさんなのに何故? 「クロード。孫になるのか……お前に託すものがある。」 「託すもの?貴方を信じてもよろしいのですか?」 「ふむ。疑うのも無理はない。今のわたしは魔女からの預かりもので理性が保たれているだけの事。コレをお前に渡せばわたしはただの化け物になる」 「それはどういう?」 「マリアは亡くなる直前にわたしにコレを返してきたのだ」  クロウは自分の胸を押さえて苦しそうに呻く。 「うぅ。愛しい。愛しくて憎い。忘れようとしても忘れられない。壊したくても壊せない」 「マリアってマグダラの?僕のかあさんの話ですか?」 「お前?!お前がマリアの?いや、ジークの子かっ?!!」  一気に空気が重くなる。クロウから殺気すら感じられる。 「待って!貴方は本当にマリアの気持ちを知っていたの?マリアは三人で伴侶になるつもりだったんだよ!」 「……マリアの気持ち?」  クロウの身体が揺らぐ。殺気は緩んだがかなり動揺している。 「魔女のマリアは勇者ジークフリードと賢者クロウ・リーを同時に愛してたんだ!」 「う……うそだっ。そんな……」 「嘘じゃないよ。だってマリアの心は僕に引き継がれてるのだから!」 「……マリア」    ──マリアの力を受け継ぐ魔女。そう感じたのはマリアの心を持っていたからなのか。  わたしは勝手に嫉妬して……マリアを亡くしてしまったのか。なんてこと!  もう疲れた。マリア。今度こそ貴方に懺悔に行ってもいいだろうか?── 「クロード。わたしの気が変わらぬうちに……コレを受け取れ」  クロウは自分の胸に手を突っ込み何かを引き出す。 「だが、コレがわたしの手から離れるとわたしは化け物にかわる。すぐに退治してくれ。わたしを少しでも憐れんでくれるなら約束してくれ。そこの騎士も。」 「あぁ。約束してやるから安心しろ!」  背後から声が聞こえ、僕は驚くと同時に喜んだ。 「エドガー!!」 「悪い、少し前から様子を伺ってたんだ。アキト大丈夫か?」 「うん。大丈夫。心配かけてごめんなさい」 「エド。遅いっ!」 「なんだよ。クロ。偉そうに言うなよ」 「仲がいいのだな。まるで昔のわたしたちを見てるようだ」 「さあ、竜騎士が追いかけてくる前に譲渡したほうがいいんじゃないのか?」 「ああ。わたしは今からこの洞窟の主である魔物だ。容赦はするな。」 「……さよなら。可愛い魔女。幸せにおなり」  クロウはそのまま胸から引き出したものをクロードに投げた。  クロードが受け取るとそれは金色に輝く石となる。 「これが智慧の石」  石はそのままクロードの中へと吸収されていった。 「うぅ……ぐががぁぁああああっ」  クロウの身体が膨れ上がり黒い塊と化す。知性にあふれていた金の瞳は濁った黄色となった。  苦し気な身体から棘が噴出し攻撃してきた。エドガーが剣で応戦しクロードがバリアを貼る。  さっきまで自分が抱きついていた身体はもう原型がほとんどない。こんなに長い間、それもたった独りで暗い洞窟で僕らを待ち続けていたなんて。  アキトは指に光の力をあつめ出すが涙が溢れて打てなかった。 「僕には無理だ……」  その時、魔物の動きが止まった。最後の理性の欠片だった。瞳に金色が戻る。 「は……やく……今の……うちに」 「アキト!打ってください!魔女の力で!どうか!」  クロードの叫びで決心がつく。    渾身の力を込めてアキトはクロウだった魔物に光の矢を放った。 ――――――ありがとう  かすかに聞こえた感謝の言葉と共にアキトは力尽き気を失った。

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