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外伝 魔物と獣人の恋 前編

「サティ。サティアス!どこにいるんだい?」  木こりのホーネストは斧を片手に家の裏手に声をかけた。 「はあい。ここにいるよ」  すぐに草むらから長い尻尾がふりふり近づいてくる。 「また一人でかくれんぼをしてたのかい?」  子供好きのホーネストは伴侶のフランクとの間に卵を3つ産んだ。  その最後の卵が孵化した子がサティアスだった。  ある日のこと。ホーネストは高熱を出した。季節の変わり目で体調をくずしたのだ。  フランクは町に出稼ぎに出ていて不在だ。子供たちは心配でじっとしてられなかった。 「東の森の奥に氷のカタバミって薬草が生えてて熱さましに効くんだ。それがあれば母様は助かるかもしれない」  兄達と一緒にサティアスは東の森に薬草を探しに入って行った。 「おい。サティ!お前はそっちを探せ!俺らはあっちの奥に行ってみるから」  初めて行った場所。それも入ってはいけないと言われていた森。 「こ……怖くないぞ。怖くない。早く薬草を見つけて帰るんだ」  日の当たらない森は寒く、草がうっそうと茂っていた。背の低いサティアスは草陰ですぐに見えなくなった。 「早く薬草を見つけないと母さんの熱が下がらない。どうしよう」 「何者だ?!ここに何をしに来た?」  いきなり背後で低い声がした。咄嗟に身体が硬直する。 「ひゃあっ!」 「子供? 子供が何故こんなところにいる?」  ただでさえ不安で押しつぶされそうだったのに、突然現れた全身真っ黒な人物に驚いてサティアスは気を失ってしまった。 「……ん~」目を覚ますと辺りは暗くなっていた。 「目が覚めたのか?」  暗闇の奥で何かが動いた。金の瞳がこちらをじっとみつめている。 「夜は獰猛な魔物がでる。お前など食われてしまうからな。ここに連れてきた」 「ボクは美味しくないよ。…はっくしょん!…寒い」 「寒いのか?。仕方ないな。こっちへ来い。寄り添えば寒さはしのげるだろう」 「うん。でも食べないでね。食べちゃダメだよ」 「わかったわかった」 「あのさ。おじさんは魔物さんなの?」 「……だったらどうする?」 「お……お願いがあるんだ」 「ほぉ?魔物にお願いをするなんて。お願いをきく代わりにお前は私に何をくれるんだい?」 「へ?……ぼ……ボクの願いを叶えてくれるならボクを……あげる!ボクをあげるからお母さんを助けて!」 「……まずは願い事を言え」 「お前。名はなんというのだ?」 「皆はサティって呼ぶよ。おじさんは?」 「私か?……クロウだ。クロウ・リー」 ~~~~~~~~ 「サティだ!サティアスが帰ってきた!」  二人の兄達が大きな声で家から飛び出してきた。  小さな弟を置いてきてしまった罪悪感があったのだろう。  「こんな夜中にどこに行ってたんだ!」  家の中から怒鳴りあげてるのは父親のフランクだった。  ホーネストが倒れたと聞いて慌てて町から帰ってきたのだ。 「お父さん。ごめんなさい。でも!これを母さんに!」  サティアスは震える手の中の物をフランクに渡した。 「これは氷のカタバミじゃないか!」 「うん。探してたの」 「……すまない。ありがとうサティ」  フランクはサティを抱きしめ、二人の兄達もフランクに抱きついた。 「さあ、この薬草を煎じてホーネスト母さんに飲まそう」 「うん!ボクも手伝う!」  翌朝ホーネストは薬草が効いたのか熱も下がり起き上がれるようになった。 ~~~~~ 「クロウおじさんどこぉ?おじさーん!」  サティはひとり東の森に戻ってきた。魔物との約束を果たすためだ。 「なんだ。お前、本当に戻ってきたのか」  振り返るとクロウ・リーが立っていた。 「当たり前じゃない!ボクはうそつきじゃないもん!」  サティアスは草むらに座り込むとおしゃべりを始めた。  もらった薬草を煎じて母親に飲ませるとあっという間に熱が下がったことや二人の兄の事、出稼ぎの父親が戻っていたことなど。 「えへへ。クロウおじさんに会ったらいっぱい話そうって考えてたんだ」 「それは私に食べられないためか?」 「違うよ。クロウおじさん寂しそうだったもん。だからいっぱいお話したら寂しくなくなるかなって思ったの」 「わたしが?寂しいだと??」  昔、こんな風にころころと表情を変えながら自分に話しかけてきた魔女がいた。だが今はもういない。 「ほらっ!また寂しそうな顔をしている!」 「……そうか。そうだったか」  自分は魔女の事を思い出すたびに寂しそうな顔を見せていたのか。 「クロウおじさん。寂しいなら僕が友達になるよ。毎日会いに来てあげる!」 「ダメだ。この森は魔物が多い。人間の子供がそうそう来てもいい場所ではない」 「じゃあ…約束だから痛くない様に早く食べてね」  サティは目をつぶって震えながらクロウの前に立つ。    「ぷっ。くくくっ」 「え?何?なんで笑うのさ?」 「もういいから。その気持ちだけでいいさ。お前はまた戻ってきてくれた」 「い、いやだよ。ボクはボクをクロウおじさんにあげるんだよ」 「わかった。じゃあこうしよう。もっと大きくなって美味そうになったら私のところに戻ってきてくれ。これは大人の約束だ。ここには大きくなるまで来てはいけない。魔物と戦えなければわたしに会う前に他の魔物に食われてしまうからな。昨日と今日はたまたまわたしがこの場所に居たから会えただけだ。わたしは毎日同じ場所にいる事はない。わかったな」 「……大人の約束?絶対?」 「そうだ。大事な大人の約束だ」 「わかった。約束は守るよ。ボクは約束が守れる大人になるんだ」 「そうか。じゃあ明るいうちに帰るんだぞ」 「うん。……あの。あのね!ちゃんと大人になってここに来れたらクロウって呼んでもいい?」 「わかった。約束しよう」 「うん!きっとだよ!」  ―――――――らしくない。まあ久しぶりに人間と話して気晴らしにはなったか。これでしばらくは来ないだろう。また少し眠りにはいらないと。 ――――――――――――――――  クロード・レオパルドスの祖父のお話です。  なぜクロードが魔物とのミックスなのかの原点となる話。

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