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第6話

「あの、初めまして! 俺、昨日召喚されてきたばかりで、これからこちらでお世話になることになった、彬です。あなたのお名前は?」 「ビリー、です」 「こんにちは、ビリー。これ全部、あなたが作ったんですか?」 「は、はい」 「そうなんですね! まだお若く見えるのに、すごいです!」  味はともかく、食材の種類をそろえ、そこそこ栄養が整った食事を作れるというのは、それだけですごいことだ。  そう思ってひとまず褒めると、怒られるかもしれないと緊張していたのか、ややこわばっていたビリー少年の顔が、わずかに和らいだ。彬は少し考えて言った。 「あの、つかぬことを聞きますけど、この世界にはチーズって、あります?」 「チーズ、ですか? あります、けど」 「硬めで保存がきく、ちょっとしょっぱいやつ?」 「はい、そうです」  彬が急に何を言い出したのか測りかねてか、ビリーが細い声で答える。  双子と使用人たちも顔を見合わせているので、彬は続けた。 「その……、実はこのお料理が、前の世界の家で食べていたものにとてもよく似ていて。少しアレンジしたら同じ味になるから、子供たちにも食べてみてほしいなって思って!」 「アレンジ、ですか?」 「すごく簡単なんです。まずは硬いチーズをおろし金でおろして粉にして、スープにたっぷりかけるんです。そうするとコクが増して、また違った口当たりになるんですよ!」  彬の言葉に、ビリーが興味深そうな顔をする。気を悪くさせないよう、言葉を選びながら、彬はさらに言った。 「あと、温野菜には塩とバターをあえると俺の家の味に近くなるかも。お肉には、そうだな……。ごま油とか、醤油とか……? あ、いや、さすがにそれはないか。じゃあ、えっと、塩と、オイルと……」  多忙な姉夫婦に代わって食事を作るにあたり、彬は動画サイトやSNSなどで様々な時短レシピを検索していた。そこで覚えた簡単に美味しくできる味つけを思い出し、やや大味なビリーの料理のリメイク方法をなんとかひねり出していくと、どうしたわけか徐々に、皆が目を輝かせてこちらを見始めた。  こちらに身を乗り出すようにして、マデリーンが訊いてくる。 「ねえあきらさん! あなたもしかして、お料理がおできになるのっ?」 「い、いえ、できるってほどじゃ」 「でもあなた、今――――」 「……どうした。何かあったのか?」  マデリーンが食い下がろうとしたところで、突然食堂によく通る艶のある声が響いたので、厨房とは反対側の入り口に顔を向けた。  そこには昨日の軍服ふうの装いとは別の、より貴族的で優雅な装束をまとったアレックスが立っていて、怪訝そうに皆を見回している。ビリーが立ち尽くしており、双子たちが慌てて椅子に腰かけたのに目を止め、アレックスが目を細めて言う。 「おまえたち。もしやまた、ビリーの料理に何か文句を言ったのではあるまいな?」  軽い調子で訊かれただけなのに、双子たちは緊張した面持ちだ。叱責される気配でも感じ取ったのか、マデリーンとダニエルが取りなすように言う。 「坊ちゃまたちは、何もおっしゃっていらっしゃいませんわ、旦那様!」 「そうですともっ! その……、そちらのあきら氏から、元の世界の料理についての話をうかがっておりましてな。それがいささか盛り上がりすぎただけでございます!」  だからといって子供たちが椅子の上に立ち上がっても許されるかというと、まさかそんなわけもないので、ちょっと苦しい言い訳のような気もする。  だがアレックスは二人にちらりと目を向けただけで、それ以上追及しようとはしなかった。彬の斜め向かい、クリスの隣側の席について、アレックスが言う。 「……それならいい。ビリー、すまないが俺にも昼食を出してくれないか」 「は、はい! すぐにお持ちいたします!」  ビリーが言って、厨房に引っ込むと、手伝うためにかジェイも黙ってそちらに行った。  クリスが先ほどの人参をトーマスの皿からそっと引き取り、目をつぶって口に入れたところで、マデリーンが訊いてくる。 「あの、あきらさん? パンをもう少しいかが?」 「あ、いえ、もう十分です。ありがとうございます」 「旦那様、食前酒をお持ちしますか?」 「ああ。頼む、ダニエル」  マデリーンとダニエルが、先ほどよりもきびきびと動き始める。  アレックスが帰ってきただけで、なんとなく家の空気がピリッとなった。もしやアレックスは、とても厳しい主人だったりするのだろうか。 (堅物男、とか言ってたもんな……)  ダウンズ公爵とはそれほど友好な関係ではなさそうだったので、悪口として言っているのかもしれないが、人に対する「堅物」という評価は、誰が言ってもそれほどブレがないように思える。ルールや礼儀、しきたりなどを重んじ、原理原則を曲げない、厳格で堅苦しい人、というようなイメージだ。これから使用人として働く家の主人がそういう感じの人だと、毎日緊張を強いられることになりそうだが……。 「食事をしながらだが、聞いてくれ。皆に改めて紹介しておこう。彼は昨日召喚されてきたばかりの、ベータのあきらだ」  少々不安を覚えながらも、彬も黙って食事の続きをしていると、ビリーとジェイが料理を運んできたタイミングで、アレックスが言った。 「あきら。この子たちは息子のクリスとトーマスだ。それから、家令のダニエルに、メイド頭のマデリーン、フットマンのジェイ、料理人のビリー。この屋敷で働く使用人は、この四人のベータだけだ」  紹介してくれるたび、皆に順に会釈する彬に、アレックスが続けて言う。 「先ほど、我がカーディフ家がきみをこの屋敷の五人目の使用人として引き取ると、バース管理省の台帳に正式に記録してきた。まだ召喚されてきたことそのものを受け入れられていないかもしれないが、皆気のいい者たちばかりだ。これから、よろしく頼む」 「……は、はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」  立ち上がって頭を下げると、使用人たちが拍手をしてくれた。  ナプキンを膝に広げながら、アレックスが訊いてくる。 「早速だが、あきら。何か得意なことはあるか?」 「得意なこと、とおっしゃいますと?」 「専門知識のようなものがあるなら、まずはそれを生かして働いてもらいたいのだ」 「専門知識……」  大学で歴史は勉強してきたが、ここと元の世界とでは文化も時代も違いすぎるし、世界を超えて使えるようなチートな専門知識など何もない。  申し訳なく思いながら首を横に振って、彬は言った。 「そういうのは、特に。元の世界では、学生の身分だったのです」 「学生……。そうか。では、そうだな……」  アレックスが少し考えるように黙って、それから小さくうなずいて言う。 「この世界に慣れたら、俺について従者見習いをやってもらおうと思うが、まずはほかの使用人たちの手伝いをしてもらおうかな」 「お手伝いですか?」 「前に使用人として引き取ったベータの中には、従者を経て兵士になった者や、官吏になった者もいる。就きたい仕事を見つけたら独立してもらっているから、今は人手が少ないんだ。もちろん、きみもそうしてくれていい」  そう言ってアレックスが、念を押すように続ける。 「きみがこの世界で居場所を見つけられるまで、俺が責任を持って面倒を見る。何も心配はいらない」 「アレックス様……」  先ほどの心配など吹き飛ぶような優しく力強い言葉に、心の底からほっとする。  ダウンズ公爵のあんまりな言いようも聞いただけに、誠実ないい人に引き取られた自分は幸運だったのかもしれないとしみじみ思う。 「あの、ありがとうございます! 俺、頑張ります!」  彬の言葉に、アレックスがまた小さくうなずく。 「慣れないうちは無理は禁物だが、意欲はありがたい。では早速だが、食事がすんだら俺の供をしてもらおう。終わったら城下をざっと案内するから――――」 「だめ! あきらはぼくたちとあそぶんだから!」  クリスがきっぱりと言ったので、アレックスがちらりと彼に目を向ける。続いてトーマスも、しっかりとした口調で発言する。 「やくそくしたの。おしょくじのあとであそぼうって!」 「……おまえたち……。しかし……」 「とうさまも、きょうはもうおでかけしないで!」 「おうちにいて!」  双子にたたみかけるように言われ、アレックスが眉根を寄せて二人の顔を順に眺める。  部屋にまた、わずかにピリッとした空気が戻ってくる。 (そういえば、約束してたんだった)  危うく一緒に出かけますと言いそうになったが、確かに双子たちと遊ぶ約束をした。  でも人手不足を補えるようになるのが、取り急ぎ彬のすべきことのようにも思える。アレックスにだって、予定があるのだろうし……。 「……そうか。約束をしたのなら、破ってはいけないな」 「っ?」 「出かけるのは明日にしよう。かまわないか、あきら?」 「は、はい、もちろんです!」 「ではそういうことで。マデリーン、服をあつらえるまでの間、彼が着られそうなお仕着せの古着を見繕ってやってくれ。俺の話は以上だ」  アレックスが言って、パンかごからパンを取って食事をし始める。  双子が顔を見合わせて、にこりと微笑む。 (……子供の言うことも、ちゃんと尊重する人なんだな)  強面で厳しそうな雰囲気だが、遊びの約束を子供のわがままと片づけたりせず、ちゃんと守らせる。これはなかなか、できそうでできないことだ。子供相手にもこういうことができる人は、とても好ましく感じる。  やはりアレックスに引き取ってもらえたのは、とても運がよかったのではないか。  彬は安堵の気持ちを覚えながら、黙って食事をするアレックスを見ていた。

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