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第5話
可愛い姿を微笑ましく眺めていると、しばらくして廊下を誰かが駆けてくる音が聞こえた。ややあって、ドアをノックされたので、彬は答えた。
「……はい!」
『あら、起きていらっしゃる? わたくし、メイド頭のマデリーンといいます。ドアを開けてもよろしくて?』
「どうぞー」
軽く答えると、細くドアが開いて、白髪を結い上げた高齢の女性の顔が見えた。
ベッドに起き上がっている彬に笑みを向けて、女性が言う。
「こんにちは。旦那様のお客様の、たかみや、あきら様?」
「はい、そうです。あの、でもお客という感じではないかも……、わあっ?」
自分の立場がまだよくわかっておらず、首をひねりながら説明すると、マデリーンの頭の上と下に、トーテムポールみたいに顔が二つにゅっと現れた。
昨日出迎えてくれたやや武骨な男性、ジェイと、彼とは別の高齢の男性だ。
高齢の男性のほうがぎょろりと目を動かし、おお、と声を上げる。
「見つけましたぞ、坊ちゃま方! そんなところに隠れておいでであったか!」
「まあ、お客様の邪魔をなさるなんて! あとで旦那様に叱っていただかなくては」
「あっ、ちょ、待って! 今、かくれんぼを……!」
別に邪魔はされていないので止めようとしたけれど、高齢の男性がドアを大きく開けたら、ジェイがのしのしと部屋に入ってきた。たくましい両腕で子供たちをひょいひょいと抱き上げたので、クリスとトーマスがわあわあと騒ぐ。
「まだいかないぞー!」
「おなかすいてないもん!」
「お食事の時間が遅くなると、お昼寝の時間がずれてしまいますよ?」
「まだあそびたいー!」
「おひるねしないー!」
ジェイに抱えられたままバタバタと手足を動かして、二人が無駄な抵抗を試みる。
子供のこういう姿もだいぶ微笑ましい。
でも見た感じジェイは子守役のようではないし、ほかの二人も違うだろう。特に高齢の男性は仕立てのいいかっちりとした衣服を着ている。家令とか執事とか、そういった立場なのではないか。
彬はなだめるように言った。
「あの、二人は別に、俺の邪魔はしてないですよ? 退屈してるのかなって思ったので、一緒に遊ぼうとしてただけです」
「なんと! それではお客様に子守をさせてしまったと!」
「おやまあ、これはまたとんでもないことを! 申し訳ありません、ナニーや下男が大量に辞めたばかりで、まったく手が回っておりませんで」
「い、いえ、ぜんぜんそんな! 子供の相手は好きですし、気にしないでください!」
彬は言って、昨日のことを順に思い出しながら続けた。
「俺は昨日、この世界に召喚されてきて、ベータだったので奴隷市に売られそうになりましたけど、アレックス様に助けていただいて、こちらに引き取られたのです。だから、このお宅でしばらく奉公させていただくことになるんだと思います」
「まあ……、そのような次第でしたのね!」
マデリーンが言うと、高齢の男性が納得したように言葉をつないだ。
「さようでございましたか! であれば、あなたとは今日からは同僚ですな! 申し遅れましたが、私は家令のダニエル。この男はフットマンのジェイです。……といっても、私は執事も従者も兼ねておりますし、ジェイは力仕事に屋敷の修繕、馬の世話まで担当していますし、マデリーンもこまごまと様々な仕事を兼務しておりますがのう」
「ええ、そうなんですの。あなたが来てくださってとても嬉しいわ! どうか末永くよろしくお願いしますね!」
マデリーンがうなずいて、笑みを見せて言う。
そういえば使用人が最小限しかいないと、アレックスが言っていた。そのことをダウンズ公爵も知っているくらいだ。もしや想像以上に人手不足なのか……?
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。俺のことは彬って呼んでください。それで、アレックス様はどちらに?」
「遠征のご報告のために、朝早くから王宮に上がっていらっしゃいますわ」
そう言ってマデリーンが、子供たちにちらりと目を向ける。
「ひとまずお食事をいかがですか、あきらさん。坊ちゃまたちと一緒に?」
「……あ……、そうですね、ぜひいただきたいです!」
子供たちに昼食をとらせたいという意図を察し、そう言ってから、クリスとトーマスに笑みを向ける。
「二人とも、俺、ちょっとお腹がすいちゃってるから、みんなでご飯食べてから、また一緒に遊んでもらえるかな?」
彬の提案に、二人が顔を見合わせる。それからクリスが、元気に答える。
「いいよ!」
「やくそくだよ!」
トーマスも言って、二人してジェイの腕から抜け出し、部屋の外へと駆けていく。
素直なその様子を、彬はまた微笑ましく感じていた。
「え、ではアレックス様の奥様は、召喚されてきたオメガの方だったのですか?」
「さようでございます。ジュディ奥様は、あなたのいらした世界ではイギリスという国に住んでいらっしゃって、小さな子供たちに勉強を教える、教師をなさっておいでだったそうで。とても聡明な方でいらっしゃいましたわ」
部屋の物入れの中に入っていたこの世界の服に着替え、屋敷の食堂に下りていくと、映画にでも出てくるような白いクロスがかけられた、長いダイニングテーブルがあった。
でも、銀食器にナイフとフォーク、という西洋のテーブルマナーにはまったく自信がない。真ん中あたりの、双子たちと向き合う席に通され、やや緊張しながら腰かけると、先ほどの三人が厨房から料理を運んできてくれた。
確か外側のカトラリーから使っていくのだったか、と思い出しながら食事をし始めると、マデリーンとダニエルが給仕をしながら、カーディフ家のことを少しずつ教えてくれた。
双子のクリスとトーマスはアレックス同様、アルファの息子たちで、亡き「番」――アルファとオメガのカップルの場合、互いを正式にそう呼ぶらしい――のオメガ、ジュディが産んだ子供たちだそうだ。ジュディは彬と同じく現代人だったようで、子育てをナニーに任せず自分で育てていたが、二年ほど前に亡くなったという。
「坊ちゃまたち、領地ではのびのびとお過ごしなのですけれど、ここ王都は人も多く、何かと物騒でございましょう? 旦那様のご意向で屋敷の敷地の外には出られず、退屈していらっしゃったのですわ。それで、あきらさんのお部屋に」
「そうだったんですか。でも、俺も起こしてもらって助かりました。大学生になってから、用事がない日は夕方くらいまで寝てたりすることがあって、自分でもよくないなぁって思っていたんです」
「おやおや、夕方まで!」
「それはさすがに、旦那様からお咎めを受けそうですわね」
ダニエルとマデリーン、それに双子たちの後ろで寡黙に控えていたジェイまでが、驚愕したように目を丸くする。
これからここで使用人として過ごすなら、確かに寝坊はまずいだろう。ちゃんと起きるようにしなければと思っていると、マデリーンが、パンを食べているクリスとトーマスを見ながらしみじみと言った。
「でも、驚きましたわ。坊ちゃまたちが、初めて会ったあなたと遊んでいたなんて」
「さよう! 坊ちゃま方はなかなかに警戒心がお強いですからなぁ」
「あまり人を寄せつけないところがありますからねぇ」
(そうなのか……)
自分に何か特別なところがあるようには思えないから、もしかしたら甥と姪がいて、子供との接し方に慣れていたせいなのかもしれない。
でも、もうあの二人には会えないのだ。改めてそう思うと、やはり哀しくなってくる。
「……トーマス、これ、あげる!」
「あー! そういうの、いけないんだぞ!」
「ぼくのほうだけニンジン、いっぱいのってたもん!」
「のってなかったよ! ちゃんとたべなさいって、とうさまにいわれたでしょ!」
「でもウッてなるんだもん! においがやだっ」
「ぼく、がんばってぜんぶたべたよ!」
彬の目の前で、双子の子供たちが人参をめぐって言い合いを始める。
皿に乗っていたのは、輪切りの人参を茹でたか蒸したかしたもので、二人にはそれぞれ二枚ずつだった気がする。もしかするとクリスは人参がちょっと苦手で、トーマスに押しつけようとして揉めているのだろうか。
(うーん、でも二人の気持ち、ちょっとわかるかも)
昼食のメニューは、パンに、茹でた固まり肉をスライスしたもの、白くて丸い豆が入ったスープ、それに温野菜だった。
パンは元の世界でも食べたことのある、硬く酸味のある茶色いパンで、彬はそれほど得意ではなかったが、この世界ではこれが標準的なパンだということなら、毎日食べているうちに慣れていく味だろうと思えた。
でも、固まり肉は過熱しすぎたのかぱさぱさとしており、スープは薄くて単純な塩味、温野菜に至ってはほぼ素材の味しかしない。
正直な感想としては、全体的に大味というか、味気ないというか……。
(お世辞にも、美味しくはない……)
なんとか言い方で自分を誤魔化そうとしても、本音を言えばそうなってしまう。
もちろん、誰かに作ってもらった料理に対してそんなことは口が裂けても言わないが、実は双子の子供たちも、同じように感じているのではないか。
「あげるってば!」
「いらないってば!」
「おさらにのせたからトーマスのだもん!」
「しらないもん! クリスのでしょー!」
「……これこれ、二人とも! お行儀が悪うございますよ!」
「そうですぞ! あっ、坊ちゃま! 椅子の上に立ったりしては……!」
人参をあげたり返したりを繰り返しているうちに、二人とも徐々にヒートアップしてきて、相手より高いところから人参を移動させようとして椅子に乗り始めた。
ジェイはどうしたものかと迷っている様子だし、マデリーンとダニエルの控え目な注意では二人はとても止まらない。ここは自分が何か言ってやめさせるべきかと考えていたら、食堂の奥のほうから不意に声が届いた。
「あ、あのっ! お出ししたお料理に、何か問題がありましたでしょうかっ?」
厨房への入り口に、白い割烹着みたいな格好をした人物が立って、こちらを見ている。
おそらくこの屋敷の料理人なのだろうが、恐縮した様子で出てきたその人物が、どう見ても十代前半くらいの男の子にしか見えなかったので、彬は目を丸くした。
あんなにも若い少年が料理人をしているなんて、この家はどれだけ人手不足なのだろう。
さすがに少しばつが悪くなったのか、双子も人参の押しつけ合いをするのはやめたが、料理人がなんだかとても不憫に思えて、彬は思わず声をかけた。
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