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[2]ねこのひげ

「やっぱりそうだよな! 僕も大好きなんだ、子供の頃から!」 ……んん? 「線香花火、大好きなんだ!  でも、おかしいだろ? この年になって、線香花火やりたいなんて。なかなか言い出せなくてさ! 地元にも戻らないし、この夏は線香花火無しで終わるのかとと思うと寂しかったんだ。なんでわかったの!? ありがとう! さすが綿貫だ!!」  ……お、おう!  危なかった!! 危うくフライングするところだった!! セーフ? ギリギリセーフ?   衣笠の興奮は止まらない。   「こないだテレビで観たんだけど、線香花火の変化は「牡丹」「松葉」「柳」「散り菊」っていうんだって。  火を灯して、大きな火の玉ができるまでの「牡丹」  火球から、激しく火花が飛び出す「松葉」  火花が少し弱まり玉が垂れ下がった「柳」  最後の力を振り絞るように火花が消える「散り菊」  最後まで燃え尽きさせえたら最高だよな! ラスボス倒した感じ!   あ、あとね、垂直に持ったら駄目なんだって。斜め45度にするの。火球と紙縒(こよ)りの面積を最大限に大きくするんだって!  聞いたら気になってさ!! 嬉しい、試したかったんだあ」  俺も釣られて、和紙の紙縒(こよ)りを斜めに持ち直し、ロウソクから炎を移した。牡丹、松葉、柳……。散り菊ってのは随分寂し気な例えだな。 「……最後は、“ ねこのひげ ”だろ?」 「え?」 「俺んちでは、燃え尽きる直前のコレ、ねこのひげって呼んでたよ」  紙縒りの端の微かな火球を鼻に見立てて、しなやかに髭が伸びては消える。  最後まで火球を落とさなかった時だけ会えるレアキャラだ。  蘊蓄(うんちく)通り角度を保って持ったからか、この夏一本目からレアキャラに会えた! か細い髭が闇に消えていく様は、消えていく夏を惜しむかのようだ。  ーーなあ、ひげニャンコ。聞いてくれるか? この天使様、小悪魔なんだぜ。大好きだってさ。お前に会えて嬉しいってさ。用意しておいて良かったな。  オレンジ色の鼻をムズムズさせて、ひげニャンコは小さくなっていった。 「あれ? セットの花火、まだ残ってた」  鮮やかな柄付きの細い紙筒花火を、ロウソクに近づけた。  ヒラヒラと色紙が燃えて火薬に着火した途端、炎と共に熱風が吹き出し、ロウソクの炎はあっけなく負けてしまった。  あーあ。同じセットに入ってきたロウソクなのに、堪え性の無い奴。もうちょっと頑張れよ、線香花火がまだ残っているんだから。  平たいティーライトキャンドルの芯に、もう一度火を点ける。  ……まあ、気持ちはわかるよ。横に元気すぎる奴がいると、やる気が失せるもんなあ。やっぱり、線香花火くらいのテンションが良いよな。見ていて飽きない、いろんな顔を見せてくれる奴が。へこたれるなよ、今、点けてやるから。  根気の証『ねこのひげ』と、何度でも着火可能なチャッカマンを味方につけた俺は無敵だ。  何遍でもロウソクの火くらい点けてやるから、ウチの天使を楽しませてやってくれよ。  勝負はまだまだこれからだ。根気よく。何遍でも。風で消えたって懲りずに飽きずにまた点けるから。 「うおーーっ!! 見て! 綿貫!! ほらっほらっ!」  衣笠の線香花火が見事な「松葉」を迎えている。ジジジ……と大きな火球が揺れ、一番落ちやすい頃合いだ。  よし! 風除け役として助太刀しよう。 俺も負けてはいられない。風上に座り直し、新しい花火を手に取った。  夏休みのほぼ毎日、衣笠と一緒に過ごせた。こいつの送り迎えを買って出る最強の武器"学生課のママチャリ"は、間もなく返却日。今は手の届くところに居るこの天使を今後どうやって守り抜くか、今後の作戦を練らなくては。    ……だから泣いてないって。花火の煙に巻かれて両眼が潤んできただけで。 <おしまい>

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