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第1話
「バカ、胸……っ触るのは……」
「だめですか?」
しっかりした太い眉を八の字に下げる男を睨みつけるが、ワイシャツとアンダーシャツ越しに胸の尖りをきゅうっとつままれ、:御影雪生:(みかげゆきお)は勢いで奥歯を噛み締め、狂おしい感覚にくちびるを開いたり閉じたりした。
製薬会社に勤務する二十九歳のエリート研究員が、こんなにいやらしい声を出していいのだろうか。
右に、左に小さく揺らされて、引っ張られたり捏ねられたりするとよけいに膝が笑ってしまう。社内のロッカールームで立ったまま、図体ばかりでかい後輩に胸を弄られるなんて悪夢でしかないのに。どうして突き放せないんだろう。どうして喘いでしまうんだろう。
「やっ……ぁ……っあ、っだめ、だめだ、くりくりするのは……っ」
「ああ……さっきよりミルク滲んできましたね。舐めちゃいたいな。ここで御影さんのおっぱいしゃぶったらだめですか?」
「だめに――きまってるだろう、絶対にそんなこと」
「先っぽをちゅっちゅするだけ」
そう言って身体を擦り寄せてくる四歳下の天城真尋 はぶ厚い身体で、御影よりも頭ひとつ半高い。学生時代はラグビーに夢中だったと聞いている。社会人になったいまでも、身体を鍛えるのは趣味なのだと思う。
あまりの愉悦に声が掠れてしまう。広い肩にぎりぎりと爪を立てないと、そのまま床にくずおれそうだ。
少し癖のある黒髪と人懐こそうに笑う目が印象的な天城が、「ね」と囁く。薄いワイシャツ越しでもピンと根元から乳首が勃起しているのがバレてしまっているようで、ねちねちと指先で揉み込まれるのがたまらなくいい。そのたびに、じゅわぁ……っとなにかが滲み出すような錯覚に襲われ、羞恥と快感に声が止まらなくなる。
「しゃぶるだけ。ちょこっと舐めるだけです。それ以上なにもしないから」
「……うそ、だ……信じられない……」
「ほんとですってば。吸ったりしないです。そうすれば御影さんのおっぱいからミルクがもっと飛び出して、きっとすごく美味しいんでしょうけど。俺だってちゃんと我慢できますよ。待てもできます」
バカなことを堂々と言わないでほしい。こいつのIQは2だろうか。
「あー……ちゅっちゅしたいな……御影さんのココ、口の中でコリコリして、れろれろして、舌でツンツンしたら絶対気持ちいいですよ。もしかしたら、それだけで射精しちゃうぐらい」
「え、そんな……に、……?」
まさか、バカな。乳首を舐られただけでイくなんてあり得ない。だけど、自信たっぷりに笑う男の目に胸が疼き、息が乱れてしまう。
男オメガだから、いつか孕もうと思えば孕める。しかし、ミルクを出す男オメガというのは聞いたことがない。この自分の身体の奥に子宮があることはもうずいぶん前からわかっている事実だが、乳首から甘い蜜を出すようになったのはごく最近だ。完成された大人の男として日々、新薬の開発に勤しんでいるだけなのに、いったいどんな罪を犯したというのか。
ほんのりと色づく乳首からミルクが滲むことを、他人には絶対に知られたくない。
出社するときも休日も、アンダーシャツは欠かさない。
今日のように、眩しい七月の陽射しがたっぷり降り注いだ日でも、研究に勤しむ御影はめったに外に出ないから、少しばかり厚着をしていてもまずいことにはならなかった。
だが、後輩にいたずらされて、薄手のアンダーシャツとワイシャツを透かしてぷっくりと突き上げる乳首の存在がいまいましい。
奥歯を噛み締めて快感から意識をそらそうとする御影に気づいたのか、天城は間近で大きく口を開き、濡れて艶めかしい舌を見せつけてくる。真っ白で粒の揃った頑丈そうな前歯も、尖った犬歯もやけに扇情的だ。
「これでくちゅくちゅされたくありません? 甘噛みがきついようだったら、最初はほんとに軽くちゅっちゅするだけ。本気で吸ったりしませんから、ね? 試すだけ試してみませんか。こうして指でコリコリされ続けるよりずっと気持ちいいし、いやらしく形が崩れることもないかも」
「……っ」
勝手に触っておいてその言い様はなんだと罵りたい。誰にも触られなかったら、そもそも乳首がいやらしくなることはないのに。
「……んっ……、く……」
目と鼻の先で、天城は真っ赤な舌をくねらせる。淫らな踊りに引き込まれるように御影はぼうっと見つめ、無意識に腰を揺らした。
「……ほんとうに……」
「ん?」
「ほんとうに……舐める、だけか……? 吸ったりしないって誓えるか」
「誓います。先っぽをくりって舌先で抉る――んじゃなくて、ツンツンってするだけ」
「それしかしないって約束できるか。吸わないって……」
「する、します。絶対に乳首は吸いません」
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