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第1話「俺にも奇跡、降ってこい!」

放課後の廊下に響く女子の笑い声。 男子の誰もが振り返るその中心には、俺が片思いをしている“千堂さん”がいた。 千堂さんは、パッチリ二重に、黒いストレートの髪に細い肢体、それにいつもいい匂いがしてる。 細いとは言いながらも、ちゃんと出るとこは出てるっていう男子の憧れが詰まったような女子だ。 いやいや間違ってもらっては困るが、俺が千堂さんを好きな理由は、体が理想だからなんかじゃない。 俺が無くした消しゴムを探していた時に「もしかして、これ?」と、拾ってくれた優しいところが1番に好きになった所だ。 昨年も同じクラスだったが、今年も同じクラスになれたことは、きっと運命なんだと思う。(クラスの大半が同じクラスに持ち上がりということはこの際置いておこう) 俺こと、杉崎主水(すぎさき もんど)は、いわゆる2軍、いや、3軍男子に分けられる。 ただ自分では、地味顔だけど、そこまで不細工でもない、とも思ってる。 髪型だって寝癖ぐらいは直すし、清潔感だって、ある。 俺よりも酷いやつなんか探せばいくらでもいる。 だけど、今まで生きてきた中で、俺はモテた試しがない。 モテ期というやつが人生で数回訪れるというが、俺は未だモテ期が到来したことはない。 生まれた時に近所の婆ちゃん連中に、こぞって抱っこされまくってたというのは聞いたことはあるが、それはモテ期とは断じて違うはずだ。 いや、違うと信じたい。 でも、小学校も、中学の卒業式だって、制服のボタンは綺麗に残ったままだったし、冗談でも俺の第二ボタンいる?と聞ける相手もいなかった。 女子と仲良くする男子の意味がわからない。 どうやったら、あんな風に千堂さんの横に立てるかもわからない。 髪を染めればいいのか。 チャラく制服のシャツを着崩せば立てるようになるのかーーー。 ギリっと歯を食いしばりながら、今からカラオケでも行く?と盛り上がってる1軍たちを横目に、そっと帰路に着くのが俺の日常だ。 「えっ、沙織、大村くんと付き合うことになったの〜!?」 「何かね〜、そんな雰囲気になっちゃって〜♡」 「えー、いいじゃん!大村くん地味だけど優しそうだもんね!」 聞き耳を立てながら、ついこの間までこっち側だと思ってた男子に彼女ができたらしい。悔しい!いつの間に!!いつの間にお前はそっち側にいっちまったんだよ!! 俺だって彼女ができれば優しくできる!! 地味だけど、地味だからこそ浮気なんかしないし、一途に好きでいる自信だってある!! 「自信は……あるのに。どうして俺だけ……!」 「どうしてだよ……こんなに毎日、頑張ってるのに……!!」 「どうして、俺はそっち側に行けないんだよ……!!」 その夜。 主水は屋上で空を見上げていた。 視線の先には、ピンクにも見えなくもない赤い尾を引く彗星が見えた。 あれが今。 世間を騒がせている、ラヴューン彗星だ。 1週間ぐらい前からニュースやら情報番組やらで、ラヴューン彗星が見えるとか何だとかが聞こえ始めたように記憶しているが、今後も数ヶ月に渡って観測可能らしい。 そしてこの間は深夜番組で、ラヴューン彗星が見える時、実しやかに流れる逸話が有名だと紹介されていた。 「ラヴューン彗星が瞬く時に祈れば、願いが叶う…?はん、そんなの──あるわけー…」 ──その瞬間、ピンク掛かった赤の光の尾が、強くなった気がした。 「……っ……今しかないっ!!」 主水は力の限り、全力で両手を合わせる。 両手の力が拮抗するせいで、小さく震えながら、祈った。 それもう、神にも宇宙にも祈った。 「お願いです!!可愛い子とえっちさせてください!毎日!毎日えっちさせてください!!可愛い子と!!えっちー!!!」 全力で叫び終えたあと、犬の吠える声と、しばしの沈黙。 風だけが、ヒュウウ……と主水の頬をかすめていく。 「……はあ……虚しい……何がお願いだ……叶うわけないだろ。」 痺れる両手を解きほぐしながら、うなだれ階段を下りる主水。 このとき、彼はまだ知らなかった。 その祈りが、バグった形で叶ってしまうなんてことを──。 そして──その夜。 自室で寝ようと準備していた主水のベッドの枕元に、突如、天井から突き抜けるような閃光が落ちてきた。 ドゴォン!!! 「う、うわぁぁっ!?!?!?」 真っ白に染まった部屋。 窓も開いてない部屋なのに風が巻き起こり、咄嗟に腕で顔を覆っていたが、風が止み光が消えたことを感じて思わず目を開けたとき、枕の上に座っている誰かの足が見えた。 スラリと伸びた裸足の上には、もこもこの羊の毛のような短パン。 その上からナイトドレスのような、ゆるふわな布をまとっている。 そしてもっちりとした唇に、長いまつ毛に縁取られたくりくりとした青い瞳。 ふわふわの金髪の巻き毛に、羊のような角を持った可愛いーー? 「……お、おま……誰だよ!?…に、人間か!?」 可愛い“何か”が、こてんと首を傾げるのに合わせて、金色の巻き毛がふわりと揺れた。 「……もんど、?」 「…………えっ、、」 主水の時間が止まった。 (なにこれ……なにこれ……いや待て、夢じゃないよな?これ、夢じゃないよな?!) 「やっと会えた……主水!!」 「――っっ!!!???」 言語機能が止まった。 (今……俺の名前、言った!?) キラキラとした瞳でこっちを見る顔があまりにも眩しくて目が潰れそうだった。 だって、可愛い。 え、ちょっと待って、やばいくらい可愛い。 小躍りできるぐらい可愛い。 いや、大太鼓を100万人の観客の前で、即興で叩き鳴らしたいくらい可愛い。 天使系。ドール系。ビジュアル女神。 なにこの恐ろしいまでの顔面偏差値。 「うそ……こんな可愛い子が……俺の……?」 そこまで言って、主水は自分の頬をつねってみた。 ぎゅぅうぅぅ。 (痛い。めっちゃ痛い。生きてる。ってことは……) 「……えっ……マジで?ラヴューン……叶ったの……?」 「うん。主水が、すっごく強く願ったから。」 その声は、少しハスキー掛かっているけれど、甘くやわらかい。 ふわっと香る花のような匂いに、主水は完全にノックアウトされていた。 「わ、わわっ、わかってる!今こういう時に言うべきことはっ……!」 その子の手を取って、叫ぶ。 「はじめまして!俺は杉崎主水!!17歳!!君は、俺の運命で!!女神で!!大事にっ!!!いや、あのっ……」 失速し始めた主水は、徐々にしどろもどろになっていく。 握った手から温もりを感じ取ってしまい、緊張が一気に押し寄せてくる。 何せこんな風に女の子の手を握ったことなんて、フォークダンスの時にすらなかった。あの時だって、女子とは人差し指同士が触れ合うぐらいの接触しかしたことがなかったから! 「ぼくは、リュカ。」 リュカと名乗ったその子は、ふにゅっと笑うと主水の手に頬をすり寄せる。 「えっ!?いやいや、ちょっ、えっちょっと待って!?可愛いっ……!!え!?これ現実!?え!?なんか泣きそう!!」 主水、爆発五秒前。 (まじで来た。俺の人生のピーク来た。やばい。ここから毎日えっちでバラ色の生活が始まるんだ。いや、始まるんじゃない、始めるんだ!!) 心の中で、勝利の大太鼓を叩きまくる主水は知らない。 女の子だと信じて疑っていないリュカの性別が、歴とした(♂)であることを──。

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