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第5話「モテない三銃士の集結」
1時間目が終わった休み時間の教室で、主水はぼんやりと机に突っ伏していた。
(やばい……もう心が持たない……)
カバンの中にいながらも、俺にしか聞こえないぐらいの小さな声で何かを訴えるように、メヒメヒ鳴くぬいぐるみ。
どうやらリュカはぬいぐるみになると「メヒッヒ」「ヒェン」「メヒメヒ」ぐらいでしか言葉を発せないらしい。
(教室内を人間の状態のリュカがウロウロするよりはマシだけど……この精神的負荷、地味にデカい……!!)
そんな主水の背に、斜め後ろから声がかかる。
「杉崎氏。屋上裏に来いよ。」
振り向くと、どす黒いオーラを纏った二人の男子生徒。
ひとりは、榊原 豊(さかきばら ゆたか)。
背は高いが、全体的にぽっちゃりとした体型で、いつもゆるめのカーディガンを羽織っている。
目元は厚縁メガネに隠されて見えず、髪はふわっと無駄にセットされているが、どこからどう見ても“オタク臭”が漂う風貌だ。
主水のことはなぜか一貫して「杉崎氏」と“氏”付けで呼び、妙に語彙が丁寧なクセがある。
もうひとりは、村井 凛太郎(むらい りんたろう)。
中肉中背の黒髪男子で、見た目に特筆すべきものはないが――誰よりも“イケボ”。
だが、女子の前では極度に緊張してしまい、声が妙に高くなってしまうという、残念なコミュ障。
実は、寝落ち用朗読チャンネルの配信者“リンちゃん”として活動しており、フォロワーは1万人を超える。
コメント欄には毎日のように「リンちゃんの声でしか寝られません」「結婚してほしい」と熱烈なラブコールが届くが――
本人と会ったファンは、だいたい去っていくという、ちょっと不憫な男である。
ーーそんな3人は幼稚園からの付き合いだ。
そう、誰が言い始めたか、通称「モテない三銃士」。
今だに全員、清く正しい童貞である。
屋上裏へと続く階段を登る3人。
主水は一言も言葉を発さずに前を歩く2人に耐えきれず、声をかけた。
「なぁ、何なんだよ。いきなり屋上裏って。何か怒ってるなら先に言ってくれよ……今、俺、わりとメンタル弱っててさ……」
「落ち着け、杉崎氏。我々はお前を責めるためにここに呼んだわけではない」
「……え?」
「……むしろ、話を聞こうとして連れてきたんだよ」
「……は?はなし?」
屋上へ続く階段の踊り場で、振り返った2人に問い詰められる。
「杉崎氏。あの、ぬいぐるみ」
「白くて……モコモコで……巻き角がある」
「………………リュカぬいのことか?」
「「あれ何なんだよ!!!!」」
「ちょっ、2人とも声でかいって!!」
「杉崎氏……この場で白状しろ……!!あのぬいぐるみ、明らかに動いてたよな!?」
「尻尾も動いてたし手足だってバタバタ……そして、確実に“笑ってた“!『メヒッヒッ♡』って…ちょっと小馬鹿にしたような感じの!!俺の耳はごまかせないからな!」
「え?!……お、お前らにも……聞こえてたのか……?」
「俺の目はごまかせない!!女子に囲まれながら、明らかに“勝ち誇って”笑ってたぞ、あのぬいぐるみ……!」
「ぬいぐるみにしては高性能すぎるだろ!!あれ何なんだよ!!」
「……何でお前らにも聞こてるのかは分かんないけど……。2人には、本当のことを言うよ。でも、信じてくれよ!?絶対に笑うなよ!?」
念押しした主水は、真実を話すべく言葉にしようとするが、いざ言葉にしようとするとまごついてしまう。
だって、誰が信じると思う?
ラヴューン彗星に祈っただけでも相当痛い奴なのに、さらに本当に願いが叶ってこいつが現れて…、とか頭がおかしくなったと思われるに決まってる。
「杉崎氏。大丈夫だ。笑わないと誓おう」
「そうだよ。俺らずっと一緒に育ってきたんだから、主水が嘘つくなんて思ってないよ。」
そんな2人の言葉に後押しされ、主水は重い口を開いたのだったーーー。
「昨日、ラヴューン彗星に祈ったんだ。そしたらーー…」
「は?!ラヴューン彗星に願ったから、羊のぬいぐるみが落ちて来たのか?!杉崎氏、何を祈ったんだよ!!ぬいぐるみが欲しいって祈ったのか!?」
「いや、そうじゃなくて、あいつは本当はぬいぐるみじゃなくて…えー、とその………」
「もしかして…あれは仮の姿…ということ…?」
「そう!そうなんだよ!!」
さすがオタク!
信じてくれて嬉しいが、悲しくなるぐらいに飲み込みが早い。
「…ということは!!本当は、可愛くてエロい子に変身できるのか!?」
「あー…うん、まぁ…可愛い、は可愛いんだけど……」
「うおぉぉ!!!羨ましいぞ、杉崎氏!!俺も、会ってみたいぞ!!!」
「いや、まぁ…俺にしか見えないみたいなんだけどな。」
「主水にしか見えないのか…何でもありだなラヴューンの奇跡。」
そう呟いた倫太郎だったが、豊が「杉崎氏!それ最高じゃないか!!」と鼻息も荒く妄想を始める。
「だって杉崎氏、授業中にその子の‥‥お、おっぱい揉んでも、誰にも気づかれないんだろ!?羨ましすぎる!!!」
「確かに、そういう意味では、大人の玩具を入れて、バイブの強さを変えて悶えるのを授業中に見守ることもできる、ということだな?」
「いや、それを言うなら、壇上でM字開脚をさせるというのも…!!」
「やめろやめろ!!どこのエロゲーだよ!!!」
思わず突っ込んだ主水だったが、豊と凛太郎は「「羨ましすぎる!!」」と再度声を揃えてこっちを見てきた。
「いや、羨ましくないと思うぞ!?」
「何故だ!?パラダイスだろう!!」
「そうだよ。だって何しても誰にもバレないなんて最高じゃん」
興奮する2人に、主水は覚悟を決めて口を開いた。
「そうだな。それだったら最高だったんだけどな。……俺の部屋に落ちてきたあいつは、最初は美少女にしか見えなかったんだ……」
「美少女にしか“見えなかった“?!どういうことだ!?」
「それが……ついてたんだよ。“ナニ“が…」
「……?ついてた?」
「ついてたんだよ!!“ナニ“が!!!」
「「ああああああああぁぁぁッ!!!!」」
崩れ落ちる豊と凛太郎。
「おぉ…神よ。神はなぜ……こうも我らに試練を与えたがるのか!!」
「人を試すにも程がある……ッ!!」
床を叩いてこの世の終わりとばかりに悔しがる2人の姿に、思わず苦笑いしているとーーー。
「もーんどー!!」
そんな声が聞こえて、背後からドーンと人間の姿になったリュカが飛びついてきた。
「うわっ!?リュカ!お前、何で出てきてんだよ!!」
「だって主水、全然帰ってこないんだもん。」
ぷくっと頬を膨らませて怒る姿は、どこからどう見ても可愛いの塊。
いっそ天使を超えて、悪魔にすら見えるほどだ。
「寂しかったんだから〜」
ぐりぐりと頬を擦り付けてくるリュカに「離れろよ」と返していると、豊と凛太郎の瞳が、予想外にしっかりとリュカを捉えていた。
「ーーえ?もしかして、お前らリュカが見えて…‥!?」
「それが、さっきのぬいぐるみなのか?」
「めちゃくちゃ可愛い‥‥!(高い声)」
「これがラヴューンの奇跡なのか!?」
「エロいことし放題……(相変わらず高い声)」
「だから、ついてんだって」
2人揃って頭を抱えると「「そうだったぁ!!!」」と再び悶絶するのだった。
(何か…俺以上にショック受けてない?)
「もしかして…お前らも何か願ったのか?」
そう問いかけた主水に、凛太郎がゆらりと起き上がると、遠い目をしたまま続ける。
「俺は“俺の声が大好きな女の子に、喘がれながら足に絡まれたい“って願った!……でも何も起こらなかった!!」
次いで、豊が満身創痍の体で立ち上がる。
「俺もだ。“爆乳美女に顔面騎乗されたい“って願ったが叶う気配もない!!」
「いや、いちいち願いが生々しすぎんだよ!!!!」
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