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第4話「だから来るなって言っただろ!」
登校中。
主水は信号に引っかかる度にスマホを取りだし、ひたすら検索を繰り返していた。
調べていたのは、“リュカが帰ってくれる方法“だ。
100年前にも、ラヴューン彗星が流れた時に「誰かの願いが叶った」から、ラヴューン彗星が願いを叶えてくれる、と現代にも残っているんだろう。
ということは、その時にも今の俺みたいに切実に困ってたヤツがいたんじゃないか?
ーー俺と同じように、切ない運命を背負わされた男が…もしかしたら、1人ぐらいは存在したんじゃないかと。
そいつが、後世にこんな想いはさせたくないと願って、解決法を残してくれてるんじゃないかと淡い期待を胸に検索を繰り返すが、現実は厳しかった。
「ラヴューン彗星・願い・方法」「願い・変える」「天使・交代」とか、考えつく限り、ありとあらゆるワードを組み合わせて調べるも、何一つ有力な情報はヒットしない。
(いや、そもそも“リュカ“って名前で、出てこない時点で検索方法が違うのか!?名前じゃなくて、現象として記録されてるのとか…?考えたくはないが、こんなバグは、俺が初めてパターンとかもありえるのか?)
どうしたら帰ってくれるのかと、脳内が混乱する。
(あいつ、どうしたら帰ってくれるんだ?って言うか、そもそもいつまでいるつもりなんだよ……)
ラヴューン彗星が見えなくなるその日まで?
それとも、願いが叶ったら自動で帰る感じ?
それともまさか…永住コースとか…ないよな!?
(そ、それだけは…‥ッ!)
いや、そもそも俺の願いが間違って通ってるんだから、願いの取り消しとか、違うのを寄越してくれる方法とか、それこそチェンジみたいなシステムはないのか?!
そんな不安を抱えつつ、学校に到着する。
気持ちが重いせいなのか、何だか今日はやけにカバンが重かった気がする。
と、主水が机にリュックを下ろしたその瞬間──
モゾ……モゾモゾ……
「……?」
カバンが内側から、不規則にぼこぼこと膨らみ始める。
「うわっ!?ちょ、なに……えっ……!?」
ジ、ジジジジ……ッ!
カバンのチャックが勝手に下ろされていくと、開いた口から、白い丸みを帯びたもこもこの何かが、ぬっと突き出してきた。
「うわあぁッ!!!」
思わず声を上げてしまい慌てて口を押さえてる主水。
その目の前で、ぴょこりと小さな尻尾が立ち上がりプルプルと左右に振られる。
次いで、短い後ろ足が飛び出た。
そして、その短い足をバタつかせながら、どうにかして外へ出てこようともがいているようだった。
「む、むむ……よいしょ、よいしょ……」
もっちり、ぷにぷにと動きながら、白いモコモコしたぬいぐるみのような何かがお尻から這い出してくる。
そんな姿を、主水は口を抑えたまま黙って見ていることしかできなかった。
何がどうなってるかは分からないが、これは絶対にリュカだ。
これはそう、理屈なんかじゃない。
感じる。そう、何となく分かるんだ。
リュカがぬいぐるみに変身して、カバンに入ってついてきたに違いない。
ボテっと机の上に落ちたぬいぐるみのリュカは、頭をぷるぷると左右に振って、くしくしと前髪を整えている。
白いモコモコした毛に覆われた体。
茶色く巻かれた角。
それは、どこからどう見ても羊のぬいぐるみ。
「……お、おまっ……来んなっつったろが!」
主水の声に気づくと、顔を持ち上げて。
「メヒッ♡」
(しゃ、喋った!?今、喋ったよな!?!?メヒッて言っただけだけど、これ完全に“ついてきちゃった♡“って言ってたよな!?)
「ついて来ちゃった、じゃねぇんだよ!!」
慌ててリュカぬいの柔らかい体を掴み、カバンに戻そうとする主水。
それに抵抗するようにリュカぬいが短い手足を動かして、ジタバタ足掻く。
どう考えても軍配は主水にあった。
ーーーーが、運悪くクラスの女子が声をかけてきた。
「あれ、杉崎のそれ、ぬいぐるみ?めっちゃカワイくない??」
「え、えっ!?いや、違っ、これはその、妹の!妹のやつ!間違って持ってきたっていうか!イタズラかな〜??」
(ちょっ、なんで見えてる!?人間体は見えなかったから、どうせこいつも見えないと思ったけど、このぬいぐるみ状態なら見えるってことか!?!?)
「触っていい?すっごいふわふわ〜!」
「ちょっ、あっ、勝手に持ってかないで!!」
クラスメイトの女子に触っていい?と抱き上げられたリュカぬいは、そのまま持って行かれてしまった。
「返して」と言った声は届くことはなく、あっさり連れて行かれてしまい、わらわらと周りに女子が群がり始める。
完全にリュカぬいの姿が見えなくなり、どうしようかと焦った主水の耳に聞こえてきたのは「メヒッヒッ♡♡♡」という、やけににやにやした笑い声だった。
(ーーーッ!?)
ぬいぐるみが喋るなんてバレたらまずい!!
どこで売ってるの?とか聞かれても答えられる自信ないぞ!!
そう思って焦ったものの、どうやら、声が聞こえているのは主水だけのようで、抱っこしている女子には聞こえていないらしい。
リュカの「メヒッヒ」に反応することなく、可愛いが連発されている。
ーー‥…何だ?どういうことだ?
リュカの姿は、母さんにも見えなかった。
と言うことは、もしやこれは、性別が関係してるのか?
女の子♀にはリュカの姿は見えないし、ぬいぐるみの声も聞こえないってことなのか?
そうは思ったものの、「何だあれ」「さぁぬいぐるみじゃね?」と言うクラスの男子の言葉に、ぬいぐるみはクラス中の人間に見えていることが判明する。
性別じゃないってことか。
ぬいぐるみのリュカの姿は見えるのに、声は聞こえないとか、そんなことあるか!?
──この上なく危険な状況。
(やばいやばいやばい!俺だけが聞こえてて!見た目はふわふわの可愛い羊ぬいぐるみ!なのに、さっきからめっちゃ煽ってくる!!!)
「……メヒッ♡」
もっちもちの白いぬいぐるみ、羊の角、丸い体……
リュカぬいが、いかにも愛らしい天使スマイルで女の子たちに代わる代わる抱っこされていくではないか。
「ねぇ、杉崎くん、このぬいぐるみめっちゃ可愛い!名前あるの?」
「(うっ……名前!?名前あるとか言いたくない!言ったらぬいぐるみフェチだと思われる!!)えっ、いや、妹のだからなぁ〜知らないんだけど…」
「ふわっふわ〜〜〜!癒されるぅ〜〜♡」
「あ、千堂さんも抱っこしてみる?もちもちだよ?」
「ふふっ、ほんとだ、可愛いね。」
──そして、主水の目の前で。
千堂さんが何の疑問も抱かずに、リュカを手にし、両腕にぎゅっと抱え込んだ。
そう、リュカは千堂さんの(おそらく)ふわふわの胸に顔を埋めていた。
「メヒッヒッ♡」
(……鳴いた!!!今、確実に!いやらしい笑い声で鳴いた!!)
(っていうか、本当はそれ、俺がしたかったやつ!!昨日の希望に溢れていた俺が、女の子だと思ってたお前のおっぱいに顔埋めたかったやつ!!何でお前が願い叶えてんだよ!!)
「ー…ッこいつ!!!」
ガン!!!
羨ましすぎて、気づいたら突然机を叩いてしまっていた。
教室が静まり返るのに、当然のように千堂さんの目もこっちを向いていた。
(あっ、違う、違うんだって。千堂さんに怒ってるわけじゃなくて…)
「……………ご、ごめん……間違えて手滑った……」
「何だよ杉崎、ぬいぐるみに八つ当たり〜?」
「違うんだって!!虫がいたから!!払おうとしたら、手が当たっただけだって…!!」
(終わった……俺のスクールライフ、今日で完全に終わった……)
そして──徐々に女子たちが離れていき、千堂さんの胸に顔を突っ込んでいたリュカぬいが手元に戻ってくると、思わず、むぎゅと体を掴む手に力を込めていた。
むにゅりと柔らかいぬいぐるみの腹に食い込む指に、リュカぬいが抵抗するようにジタバタしてから、小さく鳴いたのだった。
「……ヒェン…」
(……何、悲しそうな声出してんだよ。さっきみたいにメヒッヒって笑ってくれりゃいいのによ。悪いことしてるみたいだろ。)
芽生えた罪悪感に力を抜いてやると、リュカぬいが嬉しそうに「メヒッ」と笑ったのにムッとしてカバンに頭から突っ込んでやった。
カバンは相変わらずもこもこ動いているが、無視することにする。
「…しばらく出てくんな!」
小さく声をかけるとくぐもった「ヒェン……」としょんぼりとした鳴き声だけが聞こえた。
そんな様子を、遠くから見ていた2人の男子の影ーーー。
「今の見たか?あのぬいぐるみ、喋ってたよな?」
「うん…、喋ってたし、動いてた‥…‥よな……?」
ーーラヴューンの奇跡が輪を広げるように、主水の世界を少しずつ侵食し始めていた。
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