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第3話「夢オチだと信じたかった朝」
気がつけば、暗闇からやたらキラキラしてる世界へと変わっていた。
どこかもこもこと柔らかく、心地のいい空間にふわりと浮かんでいる。
(……あれ?ここ……天国?)
ほのかに甘い匂いがする。
もこもこの羊たちが、ぴょんぴょん跳ねる。
これって、眠れない時に数えるアレじゃないか?
(……あ。俺、死んだんだ。完全に精神崩壊して、そのまま旅立ったんだ)
「……なるほどな。あれは夢だったんだな。」
あの美少女みたいな天使も──
その下についた“破壊兵器”も──
そもそもラヴューン彗星に祈ったこともーー
きっと全部、都合のいい夢だったんだ。
──ジリリリリリリッ!!
目覚ましの音で、主水ははっと床の上で目を覚ました。
天井。まぶしい朝日。聞きなれた部屋の空気。
「……はっ……!!」
安堵の息を吐く。汗がにじみ、前髪がぺたりと張り付いていた。
それをかき上げながら、部屋を見渡す。
リュカと名乗ったあいつはいなかった。
いた痕跡すらなかったことに、少しだけホッとする。
「夢だよな。うん、夢だった。流石にな。だって……あんな美少女が男なわけ──」
そのときだった。
誰もいないベッドの上。
何かがいるような、不自然に膨らんだ布団が視界に入る。
ちら、と布団をめくると、そこにあったのはーー
ふわふわとした金髪。
なめらかな体温。
そして、柔らかな吐息。
「ゆ……夢じゃ、なかったのかあぁぁぁ!!!!!!」
主水が布団を戻そうとしたその拍子に、モゾっと動いた天使の太ももが、主水の腕に──
むにっ。
(……………)
そこには、明らかについていた。
朝になると勝手に存在を主張してくる“生きている証拠”が。
「うおおおおおおお!!!!!!!!!」
主水は布団に突っ伏して、枕に顔をうずめて叫んだ。
「何で何だよぉぉぉ……何でこんなに見た目完璧なのに……なんであんな凶器、ついてんだよぉぉぉ……!!」
主水嗚咽混じりの叫び声に目を覚ましたリュカ。
まだ眠そうに、瞳を擦りながらつぶやいた。
「おはよ……主水……、えっち……する?」
金色のくるくる巻き髪。
白い肌にうっすら赤らんだ頬。
うるうると光を弾くまんまるの瞳。
熟れた果実みたいなぷるぷるの唇。
少しズレた服から覗く鎖骨。
そして、俺を見上げてふわっと微笑む姿ーー
もはや、天使。
顔だけ見れば、まるでどこかの漫画にいそうな完璧な理想のヒロインだ。
なのに!!
この子にはーーーー、ご立派な♂が!!!
でも……、めちゃくちゃ可愛いぃ!!!
「やっ、やめてッ!!!そんな男のロマンの塊みたいな台詞言わないでッ!!脳がバグる!!!」
主水は叫ぶと同時に、枕をひったくるように手に取り、流れるような動作で枕を太ももに押し当てた。
(やばい……やばい……なにこの状況……ッ!違うし!違うからね!?)
リュカの破壊力抜群のパワーワードに、脳が拒否反応を起こしてるのに、身体だけは素直に反応してしまいそうになった。
主水はそれを必死で誤魔化しながら、枕をぎゅっと抱え直した。
しばしの沈黙の後ーー
「別に違うしな!!これはほら、ちょっと寒かっただけだからな!!!」
そう言って枕を放り投げると、きょとんとしてるリュカに咳払いを一つ。
そして、学校に行かなければならない現実に迫られ、重い足取りで制服へと手を伸ばした。
階下へ通じる扉に手を掛けながら、主水は必死に自分に言い聞かせる。
(落ち着け……俺の人生に♂の美少女が住みついてるのは事実だ……だが!母さんにだけは知られちゃダメだ!!気まず過ぎる!!)
なのに、ちらっと背後を見ると、リュカはどこから出したのか、ゆるっとしたワンピース姿(眩しい太ももが丸見え)に着替えてトコトコついてくるではないか。
「……どこ行くの、主水?」
「朝ごはん食べに行くんだよ。」
「ごはん?僕も行きたい!」
「やめろ!お前が来たら、ご飯どころじゃなくなるんだよ!!どう説明すりゃいいか分かんないだろ!!」
「えー、そうかなぁ?」
「“可愛い女の子とえっちしたい!“って息子が祈ってるだけでも衝撃なのに『こう見えて男の子なんです〜』なんて言えるわけねーだろ!!」
半泣きの主水は、勢いよく部屋の扉を開けた。
「この部屋から出るなよ!?絶対だからな!!」
と、何度も念押ししながら、リュカの鼻先でピシャッと扉を閉じる。
(よし……これで大丈夫!……大丈夫だよな?)
⸻
階下では、母親が焼いたトーストの香りが漂う、いつも通りの朝食の席。
「おはよう、主水~。今日のヨーグルトはブルーベリーね」
「……ありがと」
主水はぎこちなく椅子に腰かけ、
パンにバターを塗りながら、少しずつ心を落ち着けていく。
(大丈夫。リュカは部屋に閉じ込めた。俺は今、日常に戻った。ただの──)
「主水、それちょーだい!」
「……ッ!!!?」
ぎくぅっ!!!と体を震わせて横を見ると、
“当然のように”リュカが隣の椅子に座っていた。
ナチュラルな笑顔で、もっちりした唇を動かし、俺のパンを齧っている。
「え、ちょ、お、お前、部屋に……え?え!?いつ!?いつの間に!?」
「だって僕も、お腹空いたっちゃったんだもん。」
「でも、勝手に食うなよ!!!」
「主水のそれ、おいしそうだったんだもん」
ぷくっと頬を膨らませて見せるリュカ。
(……やばい……話が通じない……心が削れる)
「あ、母さん!あのさ!!」
洗面所から戻ってきた母を振り返り、主水は先手を打とうとする。
「ん?どうしたの、主水。」
「あ…えっと、こいつのことなんだけど」
「こいつって?何の話?」
きょとんとしながら俺を見る母さんは、嘘をついているようには見えなかった。
だって、母さんの目が一切リュカを見ようとしなかったから。
まるで、存在そのものが見えていないかのように。
「見えて……ない?」
「何言ってんの?……早くパン食べなさい。学校遅れるわよ。」
「……え? え? えッ???」
パンはさっきリュカに取られたはずなのに、母さんにはパンがあるように見えているらしい。
そう思って自分の皿を見ると、確かにそこには“リュカに取られたはずのパン“があった。
でもリュカは、今も現在進行形で、美味しそうにバター付きのトーストをもぐもぐしている。
(どうなってんの……マジで……??)
隣に座るリュカを見ていると、喉が乾いたのか、俺の前に置いてある牛乳が入ったコップに手を伸ばす。
ーーむにゅ。
リュカがコップに触れた瞬間、コップが2つに分列するように分かれた。
一方はそのままテーブルの上に。
そしてもう一方は、リュカの手の中に。
(どうなってんの…??)
ごくごくと消えていく牛乳を呆然と見ながら、俺は何の味もしないパンを咀嚼し、砂みたいに重い牛乳を飲み干したのだった。
部屋に戻りながらリュカに問いただしてみたものの、本人も「そんなもんなんじゃないの?」と首を傾げるばかり。
「っていうか、お前さ。他の人間に見えないなら先に言えよ!」
「僕も知らなかったんだもん。」
「俺にしか見えないってこと!?」
「かもね。でも、主水にしか見えないの、楽しいね!」
「全ッ然楽しくない!」
「そうかな〜?」
「だって、こんな超絶美少女(?)が横にいるのに、誰にも見えねーんじゃ自慢できねーだろッ!!!」
「……自慢?」
「自慢しても意味ないけどな!?だってお前、ち⚪︎こついてんだもんよ!!」
「主水、どこか行くの?」
「は?!学校だよ!!今度こそ、ついてくんなよ!?絶対だからな!?」
鼻息も荒く言い残して部屋を出ていった主水。
トントンと階段を降りていく主水の足音が遠ざかっていくのを聞きながら。
部屋に残されたリュカは、小さく首を傾げると、
にまと、笑ってのだったーーー。
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