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結婚3

 夜になり、真夏は中納言、高階有房邸へと赴いた。  昼は婿となる邸へ姫君が赴くが、夜には婿が姫君の邸へと3日通うことで正式な婚姻となるのだ。  今日はその1日目、|初夜《みよ》で、昼には清音と対面したというのに、夜3日通うということが、真夏の心に大きな重りがのしかかっているように感じる。  夜が更け、灯の明かりだけが静かに揺れる寝床。几帳の内、薄絹の帳がわずかに揺れ、香の香りがわずかに漂っていた。  真夏は、袖に包むようにして笛を胸元に抱いたまま、床に座していた。着替えを終えた後も、なかなか帳の向こうへと足が向かなかった。  心の中で博嗣の言葉が響く。 『夢で会えると、そう言ったであろう』  思い出すその言葉に、胸がじんわりと疼いた。そうだ。夢で会える。邸で寝ようとここで寝ようと、夢通いはできる。そう思うことで気持ちがほんの少し安らいだ。  几帳の向こうで衣擦れの音がして、ほどなくして清音の柔らかな声が聞こえてくる。 「真夏さま、こちらへお越しくださいませ」  まだほんのわずかなためらいはあるものの、先ほどよりは落ち着いている。  真夏はゆるりと立ち上がり、几帳の奥へと足を踏み入れた。灯明が2つの影を映す。  清音は白地に桜の刺繍を施した単衣をまとい、膝を折っていた。 「お疲れでございますか?」 「……はい。少し、気が張っていたようです」  真夏の声は落ち着いていたが、どこかよそよそしさが滲む。それを感じとったのか、清音は目を伏せ、静かに言った。   「……お互いに、心がどこか遠くにあることはもうわかっております。無理に近づかずとも、今宵はただここで過ごすだけでもよいのではないでしょうか」  その言葉は真夏にとって救いだった。清音のその誠実な心が、山の風のように優しく包み込んでくれる気がした。それがどれだけ心地よく、ありがたいことか。 「ありがとうございます。そう仰っていただけて、ほっといたしました」  2人は並んで横になるけれど、互いの間にはわずかな間隔が残されていた。けれどその距離が、真夏にはとてもありがたかった。  そして、清音が静かに言う。 「……真夏さま。いつの日か、あなたが心から笑える日が来たのなら。そのときはもう一度、私のことを見ていただけますか?」  その言葉に真夏は静かに目を閉じたまま答えた。 「……そのときが来たなら、きっと、真っ先にあなたの名を呼びましょう」  そう答えると、清音はふと微笑むような気配を残し、灯明がゆっくりと消えていった。  夜の帳の奥、笛を抱いたまま真夏は眠りにつき、その夜も山の風に包まれた夢を見た。  博嗣はいつもの岩に、こちらに背中を向けて座していた。   「……博嗣さま」 「真夏か……」 「……はい」 「今宵は初夜であったな」 「……はい」 「お相手は?」 「とてもよく出来た姫君です。ただ、それが辛い」 「そのようなことを言うでないよ」 「でも、私には博嗣さまがおります!」 「お前はどうして、鬼の私などに捕らわれる? 都には綺麗な姫君がたくさんおるのに」 「……どれだけの人がいようとも、博嗣さまにかなう人などおりません」  真夏がそう言うと、博嗣は困ったように笑った。 「そういう私もこうやってここに来て、お前に会ってしまうのだからどうしようもないな」 「博嗣さま……。抱きしめてください。博嗣さまの香りに包まれたい」  小さな声でそう願うと、博嗣は優しく包容してくれた。 「お前が望むのなら、いつでもこうしよう」  その一言に、真夏は静かに涙を流した。

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