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貴方を思い出した3

 静かな霧の中で交わされた約束。「記憶を全て取り戻したら会おう」という言葉を胸に真夏は静かに頷いた。その時、博嗣がふと視線を遠くに移した。霧の向こうに何かを見ているようだった。 「お前がかつて命を落とした場所の近くに祠を建てた」 「祠?」  真夏が聞き返すと、博嗣はゆっくりと歩き出した。ためらいがちだった足取りが、次第に確かなものになっていく。真夏もそのあとついていく。2人が踏む落ち葉の音だけが世界にあった。   「お前の魂がいつか戻ってきた時に迷わぬように。千年もの間、誰にも見つからぬように、2人がいつも会っていた岩から近く、それでも見つからない静かな場所に建てた」  霧が少しずつ晴れていく。風もないのに不思議と視界が開けていくようだった。木々の間を抜けると小さな沢が現れ、その傍にぽつんと小さな祠が見えた。苔むした石段が、わずかに斜めに崩れかけている。それでもどこか清らかで穏やかな空気に包まれていた。 「これを、あなたが?」 「ああ。1人でな。山の者たちも誰もめったに寄りつかない場所を選んだ。人の目に触れてはならぬと思ったんだ。お前をこれ以上誰かの憎しみや恐れと結びつけたくなかったんだ」  祠は木に守られるようにして立っていた。小さな石の囲いがあり、そこに真夏が跪くと、確かに胸の奥が熱くなった。懐かしさともなんとも言えない感情がこみあげてきた。 「ここに……」 「ここに、お前がいた証しが残っている」  博嗣の声は低く、けれど確かだった。真夏は手を伸ばし、祠の扉にそっと触れた。霧の冷たさと、そしてどこか懐かしい感触だった。 「不思議ですね。初めて来たのに、ずっとここを知っていた気がする」 「魂が覚えているのだろう」  祠の横には笹が植えられていた。風に揺れる笹の葉が、さらさらと音をたてる。その音に混じって、どこからか笛の音が聞こえた。振り返ると博嗣の手の中に一本の笛があった。それは、どこかで見たことがあるような気がした。 「覚えているか?」 「……いいえ。でも、何か知っている。もう少しで出てきそうです」 「そうか。では、この笛について思い出してくれ」 「はい。そうしたら、今度こそ会いに来ます。今度はこの笛のことも思い出した俺として」 「待っている。現でお前の声を」  2人の間に静かに霧が戻り始めていた。現実の夜明けが近いのだろう。夢の中の空が少しだけ明るみを帯びていった。 「祠の場所、覚えておきます。ここが……再会の場所になるんですね」 「そうだ。忘れるな。夢が消えても、ここだけは……」  言葉の続きを聞くより先に、視界が白く揺らいだ。霧が全てを包み、風がさらりと吹き抜ける。  気がつくと真夏はベッドの上にいた。そこは真夏の部屋だった。  胸の奥には、あの祠の景色が焼き付いていた。苔むした石段、祠の横で揺れる笹。そして笛の音。全てが夢のはずなのに、あまりに鮮やかだった。 「行こう。また、あの場所へ」  静かに呟いたその声に、自分自身が背中を押された気がした。

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