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第7話
それから一週間後。洋はゴールデンウィークと祭りという好条件に外へ出た、浮かれた人たちの相手をしていた。
(ま、じ、で!! 四人でなんて無理!!)
駅近くの立地も相まって、普段から人は多めではあるけれど、店内が祭り気分でうろつく人でごった返すとは思わなかった。当初、店長と洋、もう一人のバイトで対応するつもりだったけれど、急遽、店長の甥っ子が助っ人に来てくれる。助かった、と思ったのも束の間、三つのレジはフル稼働、店長が在庫をひっきりなしに補充していて、ギリギリだ。
(毎年祭りは、哲也たちと行ってたから気付かなかったけど……こんなに混むとは……!)
もちろん、祭り会場にも屋台はある。けれど浮かれた人たちの財布はとことん緩むらしく、コンビニでさらにドリンクや惣菜を買って、盛り上がろうという心理が働いているらしい。
(哲也は……頑張ってるかな)
嬉しいことに、哲也はあれから意中の子を祭りに誘い出すことに成功した。このまま上手くいけばいいな、と思考が勝手に現実逃避し始め、集中! と合間に短く息を吐く。
「おにぎりはこちらに充分在庫がありますから! どうか押さずに進んでください!」
店長の慌てた声が上がる。彼も、あれがないこれはどこだと話しかけられていて、品出しもままならなくなってきている。彼は祭りが終わるまでの辛抱だと言っていたが、今は正午過ぎだ。祭りのピークは午後三時だから、夕方までは多少の差はあれど、このままだろう。
「出店が年々減ってきてるからね、大変だなここも」
レジ対応した男性客が苦笑しながら去っていく。洋も苦笑しつつ、ありがとうございました! と元気よく挨拶をした。
どうりでみんなシフトに入りたがらないわけだ、と納得する。多少時給が上乗せされるものの、それに見合わないと思えば、出勤したくないと思うのも無理はない。
「すみません! 子供がりんご飴落としちゃって!」
店の奥からそんな声がした。店長は食品コーナーから動けないし、レジ対応もいっぱいいっぱいだ。洋は客に断りを入れてからレジを出て、ティッシュと濡れ雑巾を用意して客をかき分けながら向かう。この状態じゃ落としたりんご飴を避けるのも難しいし、踏んだ靴で歩いたら汚れが広がる。早く拾って拭いた方が良いと思っての行動だったが、この混雑でイライラしていた客にはそんな事情はお構い無しだ。素早く戻ったものの、待たされた客は不機嫌な人が続き、洋の気持ちも萎える。
(くそ、……来年こそは……!)
こうなれば、脳内だけでも楽しいことを妄想しなければやってられない。まだ見ぬ彼女と綿菓子でも買って、と思い浮かべたはずなのに、なぜか哲也と直樹、それから白川が出てきた。
(いや、来年も男だけでとか寂しすぎる!)
そう思って妄想を打ち消そうとしたけれど、彼らは消えない。それどころか、全員楽しそうに笑っているのだ。
「……」
――それも悪くないな、と思った。特に白川はオドオドした感じが抜けて、本当に屈託ない笑顔を見せていた。そこまで仲良くなれたらいいなと思ったのだ。
そしてこれはきっと、本当のことになるだろう、と勘で思う。四人で笑って過ごせるなら嬉しいし、もしかしたら洋が想像できないだけで、来年は哲也も白川も洋も、彼女がいるかもしれない。
(……うん。来年は四人と彼女で楽しく過ごしたいな)
来年は大学三年生。今みたいに恋愛だバイトだと、楽しいことばかりに目を向けていられなくなってくる。
――だから、今のうちに。
仲良くなった人は今後も大事にしたい。まだ浅い付き合いである白川も、その一人だ。
(……と、仕事仕事)
ちょっと集中力に欠けていた、と洋は意識をまた戻す。疲れてくると勝手に思考が現実逃避するから、そろそろ休憩したい。
「篠崎くん! 今のうちに!」
すると店長に呼ばれた。辺りを見渡すと、客足が落ち着いてきていたので、レジ対応が途切れた隙にバックヤードへと引っ込む。
「……っ、はあああああああ……」
大きなため息とともに脱力すると、その場に座り込んだ。疲れすぎてその場から動けない。
「うう、とりあえずメシ……」
なんとか立ち上がって、昼食用に取っておいた弁当とお茶を冷蔵庫から出す。弁当を温める気にもなれず、ビール瓶の箱にダンボールを敷いた椅子に座ってそれをかきこんだ。
「あー生き返る……」
コンビニ弁当でも栄養は栄養だ。腹が満たされれば気持ちも落ち着く。本当に、人間って腹が減ってはなんとやらだな、と思いつつスマホを見た。
「あれ?」
直樹からメッセージが入っていたのだ。今日はバイトだと知っているはずだし、わざわざなんの用だろう、と開いてみる。
【何時までバイト?】
シンプルな文面は直樹らしいなと思うけれど、続けざまにもう一つメッセージがあって、本当に珍しい、と思う。
【終わる頃にそっち行っていい?】
基本、直樹は他人にそこまで興味がないタイプだ。直樹の考えが面白くて、洋が一方的に好きなのだと思っていたけれど、どうやら哲也もデートで会えないから、寂しいらしい。
【五時頃だよ。どした?】
【いつも一緒に祭り行ってたから落ち着かない。じゃ、あとで】
すぐに返ってきた返信に思わず笑う。素直に寂しいと言えばいいのに、とお茶を呷 った。
ホッと一息つくと、途端にバックヤードの静けさに肌がひりつく。意味もなくスマホをいじるけれど、目が滑って内容が入ってこない。
(……落ち着かない)
休憩だから休憩するべきだろうけれど、店内は大丈夫かとそわそわしてしまう。かといって店内へ出ていっても、休憩中なのだからと言われるのがオチだし、逆に迷惑になりかねない。
「あー……早くバイト終わんねーかな……」
そうひとりごちて、洋は残っていたお茶を、一気に全部飲み干した。
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