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第8話

「……あれ?」  数時間後、ほぼ通常通りに落ち着いた店内に入ってきたのは、直樹と白川だった。 「お疲れ。……思った以上に疲れてるな」  レジにいる洋を見るなり苦笑いしたのは直樹だ。洋も、まあね、と苦笑しつつ、直樹の後ろにいた白川に視線を送る。  すると途端に身体を硬直させた白川。洋は正直笑顔は引き攣っているだろうし、疲労も隠せていない。けれど、来てくれてサンキュー、と言うと、彼は小さな返事をしながら、視線を逸らした。 「今から帰る準備するよ。待ってて」 「うん」  時計を見ると、ちょうど退勤時間を過ぎたところだった。店長に挨拶をし、明日もよろしくねぇ、と言われ、顔を引き攣らせながら返事をする。  退勤処理を終え、着替えて店内に戻ると、直樹たちはいなかった。外にいるのか、と思い店を出ると、案の定直樹と白川を見つける。 「そう。かわいいんだけどね、気が強くて……」  なんの話をしているかわからないけれど、白川は笑顔だ。あんな顔、初めて見るな、と嬉しくなって声をかける。 「お待たせ。これからどうする?」  洋の声に振り向いた二人だが、白川はサッと表情を強ばらせた。そしてすぐに視線を逸らす。  あれ? と思う。今まで直樹とは、笑って普通に話していたのに、と。 「あー……俺んち来るか?」  この違和感はなんだろう、と思う。けれど洋は、それに気付かないふりをした。すると直樹が手に持った袋を掲げる。その中にはお菓子と食べ物、ジュースが入っているようだ。 「そうなると思って、ほら」 「さっすが直樹〜、じゃあ行こうぜー」  敢えて明るく言うと、直樹が付いてくる。振り返って白川を見ると、彼は立ったまま動かないでいた。 「どした? 白川」 「あっ、えっ、……俺も、いいの?」 「なんでよ? この状況で白川は来るなとか言わないし」 「そ、そっか……」  言いながら、洋はどうしてそんなことを聞くのだろうと思う。以前にも同じようなことがあったな、と思って、そのまま聞いてみた。 「え、その……疲れてるだろうし、気心知れた仲で話したほうがいいんじゃないかと……」 「ふーん?」  白川の答えに洋は立ち止まって振り向くと、ずい、と彼に近寄った。そして人差し指で白川をビシッと指し、そのまま胸を突く。 「あのな。俺は白川と仲良くなりたい。でも、迷惑なら迷惑とはっきり言ってくれ」 「ぅわあっ、は、はい……っ」  倒れるのではと思うほど、白川は背中を仰け反らせた。それが気に食わなくて、洋は目の前の長身の男を睨めつけた。 「迷惑か?」 「い、いや……!」  なぜか降参ポーズの白川。直樹が「その辺にしときな」と言うので、なんでだよ、と洋は直樹も睨む。 「そもそも、俺が洋に会いに行こうって誘ったの。嫌ならその時点で断られてるよ」  ため息をつきながら呆れている様子の直樹。確かにそう誘われたなら、ここに来た時点で洋と会う気はあるということになる。ではなぜ、白川はこんなにもビクビクしているのか。 「じゃあなんでそんなに挙動不審なんだよ? 直樹と話してたときは普通だっただろ」 「そっ! それは……っ!」  洋はさきほど覚えた違和感を、ストレートに聞いてみた。すると白川は明らかに動揺したようで、視線を泳がせながら黙ってしまう。  そういえば、この挙動もよくするな、と思ったのだ。すると白川は消え入りそうな声で呟く。 「き、緊張、しちゃって……」 「つまり、やっぱり押しが強くて白川のお姉さんみたいだってこと」  横から会話に入ってきた直樹。疲れてるんだろ行くよ、と歩き始める彼に、洋は納得いかないながらも付いていく。 「……俺、白川に何かを強要したことないぞ?」 「したことなくても、有無を言わさない圧はあるよね」  う、と洋は呻く。付いてきた白川が「そんなことないよっ」と慌てているけれど、思い当たる節がある洋は黙る。  確かに、白川みたいな人には、洋は押しが強そうに見えるのだろう。 「そりゃあ、多少の自覚はあるよ? でも、白川もさ、ちょっとずつ慣れて欲しいっていうか……」 「う、うん! 俺、がんばる!」  白川はグッと拳を握った。頑張らないと一緒にいられないのか、とも思ったけれど、それは言わないことにする。誰だって苦手なことの一つや二つ、あるだろうからだ。 (多分白川は、人と距離を詰めるのが苦手なんだろーな)  グイグイいく洋とは正反対だ。だからこそ興味があるし、仲良くなれたら新しい発見がありそう、なんて思う。 「……」  それなら、色々聞いてみたい。 「なあ白川って、全然怒らなさそうだよな。怒ることってあるの?」  洋はそう聞くと、直樹が呆れたような視線を向けてくる。今言ったばかりなのに、とでも言いそうな視線を無視し、白川を見上げた。 「そ、そりゃあ、もちろん……」 「え? どんなことで?」  話している限り、白川は穏やかそうだ。そんな彼が怒るなんて、よっぽどのことがあったのだろう。  やっぱり落ち着かなく視線を泳がせる白川は、小さな声で「姉が」と呟く。 「美容師で、……勝手に髪をピンクに染められそうになった」 「お、おう……それは……」  洋は白川が言っていた、姉の評価を思い出す。まさに言葉の通りだったとは思わず、女兄弟って怖いな、と呟いた。 「いや、普段は俺の髪を手入れしてくれるし、……それは、ありがたいんだけど……」  それでも、なんだかんだで仲は良いらしい。洋は白川を見上げると、茶色に染めた髪はウェーブがかかっているものの、ツヤツヤさらさらしていた。 「……それ、くせっ毛?」 「え? ああ、うん……下手すると広がるからって理由で手入れしてもらってる。あと、練習台もかねて……」  そう言って、白川はその髪を手で押さえた。艶のある髪がたわみ、髪の間に入った指の関節のゴツゴツした感じに、なぜかドキリとする。 (なんだろ?)  洋はその正体に気付かないまま、そこに手を伸ばした。

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