12 / 34

第12話

「……あれ?」  白川との約束の週末、待ち合わせ場所の駅に着いた洋は、思ってもいなかった人物がいて、声を上げる。 「よっす」 「おはよ」  そこにいたのは哲也と直樹だ。どうして? と思っていると、察した直樹が聞いてくれる。 「あれ? 白川から聞いてない?」 「いや……。なんだ、直樹たちも誘ったなら教えてくれれば良かったのに」 「いや、俺が白川に遊ぼうって連絡したの。そしたらちょうど洋と遊ぶって聞いて」  便乗させてもらった、と直樹は言う。直樹が白川を誘うなんて珍しいな、と思ったけれど、二人で話していた時は白川もリラックスしていたみたいだし、実は気が合うのかもしれない、と勝手に解釈した。 「……で? 白川はまだか。哲也はどうした?」  振られたか、と先程から喋らない哲也に聞くと、本気で睨まれた。どうやら図星らしい。 「……あまり傷口を抉らないほうがいいんじゃない? そっとしてあげようよ」  わざとらしくそう言う直樹は、半分面白がっているようだ。洋は苦笑する。 「何やらかした?」 「俺がなんかやった前提かよ……」  そう言って、深いため息をついた哲也は、事情を話してくれた。 「俺、洋みたいにぽんぽん会話できるほうじゃないからさ、黙っちゃう時間があって……」  けれど、それじゃだめだと哲也なりに話をしていたらしい。最初は彼女も話してくれていたものの、次第につまらないと思っていることを、隠そうともしなくなっていったという。 「そしたらさ、『全然楽しませようと思ってないでしょ』って言われて……」 「あー……」  努力も虚しく、哲也の懸命さは相手に伝わらなかったらしい。しかし、お互いの気遣いあってこその会話なのに、彼女の言い分も酷いものだ。 「……うん。次行こ」 「うう……あれだけ頑張っても『つまらない』って言われたら、今後彼女ができるか不安になってきた……」 「大丈夫だよ。今回は哲也の見る目がなかっただけだよ」 「傷口抉るなよ直樹!」  二人のやり取りに洋は乾いた笑い声を上げる。確かに、哲也の努力を見ようとしない彼女を、哲也も見ていなかったとも解釈できる。あいにく、今の哲也はそれを冷静に受け止められないようだけれど。 「まあまあ、ぜんちゃんがそういう子だって、早くわかっただけでもいいんじゃない? そのままお互い不満持ってても、良いことないでしょ」  洋がそう言うと、哲也は大人しく「そりゃあそうだけど」と口を尖らせた。自分と違う人格が存在する以上、摩擦が起きるのは仕方がない。だからこそ、洋は会話で擦り合わせをしたいと思うタイプなのだ。 「……それにしても、白川遅いな」  洋は辺りを見渡し、スマホの時計を見た。時刻は予定より十分ほど遅れていて、連絡もないので何かあったのかなと思ったその時。 「ご、ごめ……っ! 遅れ……!」  息を切らしてやってきた白川は、いつもと雰囲気が違って見えた。それがなぜなのか、洋はすぐに気付く。 「おしゃれだなー白川」 「へぁっ!? そ、そうかな!?」  普通にしていてもかっこいい白川だが、髪型も服装も、お出かけ仕様だ。特に髪型は、前髪をかき上げたようにセットされていて、いつもより色気が増している。 「……お姉さん?」 「う、……妹。出る時に見つかっちゃって……」  ごめん、と謝る白川に洋は納得する。押し切られるままおもちゃにされ、あれこれとお直しされたらしい。遅刻したことで肩を落とす彼に、洋は苦笑した。 「いや。……かっこいいよ」 「うん。いつもより三割増しでかっこいい。これなら好きな子も振り向いてくれるんじゃない?」  洋の言葉に賛同したのは直樹だ。そうかな、と言って照れる白川を見て、洋はつい思ったことを口にする。 「……直樹、白川の好きな子知ってるんだ?」 「え、……どうしてそう思うの?」  不思議そうにこちらを見る直樹は、嘘を言っているようには思えない。何となく、と洋が答えると、直樹はため息をつく。 「俺も何となくだよ。本人から聞いてないからわかんない」  その言葉と同時に洋は勢いよく白川を振り返る。あからさまに息を詰めた白川は、サッと視線を逸らした。  直樹は鋭い。だから彼が予想している白川の想い人は、十中八九当たっているだろう。  洋は再び直樹を見る。 「……誰?」 「俺に聞くなよ本人に聞いて」  面倒くさそうに顔を顰めた直樹。行くよ、と彼は哲也を連れて歩き出すので、洋と白川も追いかけた。  それにしても、今日は洋と遊ぶ約束だったのに、おしゃれをしてきたのは意外だった。妹に捕まったとはいえ……と、そこまで考えて苦笑する。 「妹さん、拒みきれなかったの?」 「う、うん……。お兄ちゃんが誰かと遊ぶなんて珍しいから絶対デートだって根掘り葉掘り……」 「うわ大変そう……」  洋は心から同情する。しかし、休日に出かけることなら今までも女の子としていたはず。今までもそうだったのかと聞くと、彼は恥ずかしそうに手で顔を隠した。 「と、……友達と遊ぶからって少し浮かれてたんだ。それがバレて……」 「わあー、女の子って鋭いよなそういうとこ!」  女性の勘が働くのは、脳の一部が男性より発達しているからだというけれど、素直にすごいなと思う。自分もそういう勘が働けば、もう少しモテたかもしれないのに、と考えて、たらればを言っても仕方がないか、と諦めた。 「そういえば、直樹からも誘われたんだって? お前ら、いつの間に仲良くなったんだよ」 「……え?」  洋の質問に、白川がサッと顔色を変えたのを、洋は見逃さなかった。しかしその前に、白川が声を上げる。 「あ、ああ! そうなんだよ、メンバー足りないから来てくれって……!」 「ん? 今から行くのはカラオケだろ?」  カラオケに行くのに、人数など関係ない。洋は待ち合わせ場所と行き先しか聞いていなかったけれど、特に気にしてはいなかった。割り勘なら人数多い方が、となぜか慌てている白川に、ふーん、と軽く相槌を打つ。 「それにしても、直樹たちもいるなら教えてくれよ。俺だけ知らないとか嫌なんですけど?」  直樹と白川が何を話したのかは知らない。けれど今日のことは哲也も誘われて知っていたみたいだし、共有されていなかったことは少し悲しい。  洋はわざとらしく睨めつけると、白川は肩を落としてしまった。そんな彼を見て、やり過ぎたかと気付き、洋も謝る。 「や、ごめんごめん。事情があって連絡できなかったとかあるよなっ?」 「ご、ごめん……ほんとに、そんなつもりは……」  そう言って、本気で落ち込んでしまった白川に、洋はかける言葉を失ってしまった。直樹や白川が洋に連絡しなかった理由は、故意であってもそうじゃくても、そんなに責めることではないのに。 (なんだろ……もやもやする)  洋は胸に落ちたそんな感情を、すぐに捨てた。こんな感情は、人と仲良くするためには不要だ。 (明るく、……楽しく)  それこそが自分の人生のモットーじゃないか、と洋は、気にすんな! と白川の背中を叩いた。

ともだちにシェアしよう!