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第13話

「よっし歌うぞー!」  カラオケ店の室内に入るなり、端末を操作し始めたのは哲也だ。失恋には失恋ソングが良いみたいだよ、と隣で直樹が言っている。そこまで傷口抉るか、と洋が言うと、直樹は真面目な顔をして、いや、ほんとに、と持ち込んだペットボトルを開ける。 「悲しい、辛い感情は、気が済むまでさっさと吐き出したほうが、回復が早いってだけだよ」  歌詞も共感できるしね、と言う直樹。そういう研究結果があるらしいというのを聞いて、なるほどね、と洋は納得する。しかし直樹は、どうしてそんな情報を知っているのか。 (でも……だからか。俺が声出せなくなったの)  あの時、自分は相当なショックとストレスを溜めていたことに気付いていなかった。だから自覚があるだけいいよな、なんて思う。  そうこうしているうちに入力を終えたらしい哲也が、マイクを持って立ち上がった。流れ始めたイントロは、失恋ソングのド定番と言われる曲で、メロディーが始まると同時に哲也は叫ぶように歌う。その声量に圧倒され、まさに発散だな、と洋は笑った。  すると、端末をポチポチと入力している白川に気付く。彼がどんな曲を歌うのか気になって、そっと端末を覗いた。 「えっ、うわぁ!」  洋に気付いた白川は、飛び退いた。心底驚いたようで、端末を落としそうになっている。 「悪い……そんなに驚くとは思わなくて……」 「い、いや……大丈夫……」  心臓がバクバクしているのか胸を押さえた白川は、「と! トイレ行ってくる!」と席を立つ。彼がそそくさと部屋を出ていったあと、残された端末には有名なバラード曲が表示されていた。 (意外な選曲……ってか、歌ってる姿が想像できん)  洋の前では挙動不審になってしまう白川。彼が普通に話しているところも、洋にとっては珍しい光景だ。  洋はその曲を送信する。戻って来るころには丁度よくこの歌が流れているだろうと思ったのだ。 「直樹、お前も歌う?」 「……俺は遠慮しとく。ちょっと、俺もトイレ行ってくるよ」 「おー」  洋は直樹を見送ると、哲也が不満そうに口を尖らせた。俺が歌ってる時に出て行くんじゃない、とマイクを通して文句を言っている。 「そんなそんな。哲也くんかっこいい〜!」 「ありがとう洋。お前はやっぱ親友だな!」  そんな軽口を叩いて哲也は再び歌い出した。少し感傷的になってしまったのか、彼は少し泣きそうな顔をしていたけれど、場を盛り上げようとノリノリで歌っている。洋も、曲に合わせて両手を左右に揺らした。  やがて哲也が歌い終わり、白川が選んでいたバラードが流れ始める。しかし白川も直樹も戻ってきていない。 「あー、始まっちゃったけど……戻って来ないな」 「大でもしてんじゃね?」  二人揃って? と洋は笑う。そのついでに、洋は気になっていることを聞いてみた。 「なあ哲也、白川の好きな人、誰か知ってる?」 「ええ? 知らないなぁ。直樹なら知ってんじゃね?」  俺よりあいつのほうが、白川と仲良いだろ、と哲也はジュースを飲む。 「……やっぱり、直樹と白川仲良いよな?」 「そうだな。しょっちゅう二人でいるみたいだし」  その言葉は洋にとって初耳だった。ただ単に偶然一緒にいるだけでなく、お互い積極的に会っているらしいと知って、なぜだかドキリとする。 「二人とも大人しいし、波長が合うのかもなー」  そう言う哲也はそれほど気にしていないようだ。洋も、新しい友達と仲を深めるためなら邪魔はしたくない。なのに、なぜ引っかかるのだろう? (直樹が珍しく他人に興味を持ってるから? それとも、白川は俺に憧れてると言いながら、俺には近寄って来ないから?)  その両方だ、と思う。直樹がそんなに白川のことを気に入ったなんて知らなかったし、白川も、洋に憧れているなら積極的に会うのは洋だろう。  そうこう考えているうちに、白川が歌うはずだったであろう曲が終わってしまった。しんとなった部屋が気まずくて、洋は何とか話題を探す。 「遅いな二人とも……」 「だな。洋は歌わねぇの?」  哲也の問いに洋は乾いた笑い声を上げる。実は歌はあまり得意ではなく、盛り上げ役に徹したいのだ。 「そういや、洋の歌声あんまり聴いたことないかも」 「実は下手だから、あんまり歌いたくないんだよね」 「マジか。長い付き合いなのに知らなかった」  それは、洋がバレないように避けていたからだろう。そういう訳で、と端末を哲也に押し付ける。 「俺哲也の歌声もっと聞きたいなー?」 「よし任せろっ」  ノリがいい哲也は端末を持って曲を探し始めた。すると、このタイミングで白川と直樹が戻ってくる。 「二人ともおせーよー。白川が歌うと思って入れた曲、終わっちゃったぞ?」  ごめんごめん、と謝る二人。その様子も息ぴったりで、仲が良いなと思う。けれど同時にもやもやするのだ。どうしてこんなに細かいところまで気になるのか、と洋は思う。  ――自分の知らないところで友達が仲良くしているのが、なぜこんなに気になるのだろう? 「内緒話でもしてたのか? 俺も混ぜて欲しかったなー」  洋は茶化してそう言うと、白川は視線を逸らし、直樹は苦笑する。意味深な二人の行動に、ますます気になるけれど、あまり深掘りするのも良くない、と引いた。 「……なんてな。お前ら気が合うみたいで嬉しいよ」  そう洋は笑うと、白川は何か言いたそうに口を開いた。けれどまた口を閉ざして視線を落としたので、洋は気付かないふりをする。  ここで白川に尋ねて、話を深掘りすれば良いことはわかっていた。けれど、喉に何かが引っかかっているみたいに、言葉が出てこない。 「……なんか、中学生のカップルみたい」 「えっ!?」 「はあっ!?」  洋の様子を見ていたらしい直樹が、とんでもないことを口にする。確かに、今はお互いに何か言いたげにしていたけれど、と洋は慌てる。 「直樹っ、例えが下手すぎるにもほどがあるぞ?」 「そう? 恋愛感情じゃないにしても、お互い踏み込んで良いのかなって探ってるの、初々しいカップルみたいじゃない?」  初々しいってなんだ、と洋は声を荒らげた。自分は人を苦手だと思ったことはなくて、誰とでも楽しく話せて……と思ったところで疑問に思う。  白川に対しては、話そうとして引くことがあるな、と。 (あれ? なんでだ?)  そう思った瞬間、直樹がずばりその答えを言ってくれる。 「洋は、ここぞという時に引いちゃうから……女の子に対しても」 「う、……ぇえ……?」  自覚はなかったけれど、言われてみればそうかもしれない、と思って変な声が上がる。それならば、今まで恋人ができなかったのも、洋があと一歩踏み出していれば違ったのだろうか。  すると直樹は哲也から端末を奪って、何かを入力しながら言った。 「本気だからこそ尻込みしちゃうの、わかるよ。でも、だからこそ伝えようとしないと。伝わらないのはもったいない」  だから、白川と洋でこれ歌いな、と流れた曲は有名なデュエット曲だ。 「えっ? はっ? なんで!?」 「いつもそれとなく歌うの避けてるの、俺が気付いてないと思った?」  洋くんの歌声聞きたいなあ、と直樹は笑う。やはり哲也は誤魔化せても、直樹にはバレていたらしい。しかもこのタイミングでこの曲……明らかに面白がっている。  完全に罰ゲームだ、と洋はやけくそでマイクを持った。

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