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第14話

 一緒に何かを成し遂げるという行為は、互いの距離を縮めるものらしい。  洋はそう思いながら、机に頬杖をついて目の前に座る白川を眺める。  カラオケで滅多に披露しない歌声を聞かせた洋は、哲也たちに、思ったより下手じゃないという微妙な評価をもらった。しかしそれより驚いたのは、白川の歌がとても上手かったことだ。普段から大声は出さない彼らしく、声量はそれほどなかったものの、白川らしい透き通った声に洋は気もそぞろになり、いつも以上に歌えなかったことは認めよう。 (奥手だけど相手のこと考えてて優しくて、髪もサラサラで、イケメンで、歌声も綺麗とか)  これは女子も放っておかないだろう。洋も自分が女性なら完全に惚れている。押しに弱いところを克服すれば、寄ってくる女の子の質も変化するかもしれない。  洋は押しが強くない、かわいらしい女の子が白川の隣にいるところを想像した。そしてその妄想の中ではその子のことを白川も好きで、照れながらも視線を合わせている。 「……」  あれ? と思う。何か落ち着かない。それは白川と、想像上の彼女が見つめ合っていることに対する違和感ではなく、白川に「どうしてそっちを見てるんだよ」と文句にも近い感情だった。 (う、……ええええ……?)  洋は戸惑う。自分は白川の恋を応援しているはずなのに、どうしてそんなことを思うのか。なぜ、白川と女の子が笑い合っているところを、想像するだけで落ち着かないのだろうか。 「洋」 「ぅわあ! はいっ!」  そんなことを考えていたら、直樹に呼ばれた。 「手が止まってる」 「そっ、そうだなっ」  洋は慌てて姿勢を正し、机に向かう。今は洋の自宅で、四人で課題をやっている最中だったことを思い出し、手元のレポート用紙に視線を戻した。 (くそ……直樹があんな例えするからだ)  直樹にしてみれば言いがかりも甚だしいだろうが、実際彼の発言から、自身の様子がおかしいことはわかっている。  白川は、洋に憧れていると言っている。それなら自分に彼女ができれば、白川も後に続こう、と勇気が出せるのではないだろうか。 「あ、あの……」  また考えに耽っていた洋に、声をかけてきたのは白川だ。洋は顔を上げると、遠慮がちにこちらを見る彼がいる。 「ちょっと、休憩する?」 「だなー。集中力もたん」  白川の意見に賛同したのは哲也だ。直樹がため息をついて机の上を片付け始めたので、残りの三人も倣って片付ける。 「あー、女の子と付き合いてぇなー」  洋は机に突っ伏しながらそう言うと、哲也も「俺もー」と言う。男四人で真面目に課題とか、と口を尖らせる哲也に、やはり遠慮がちに言ったのは白川だ。 「お、俺は楽しいけどな……。こういうの、あまりしたことなかったし……」 「そっかー。俺ら三人は一緒にいるのが普通だもんな?」  哲也はそう言って、直樹から渡されたペットボトルのジュースを、白川に渡す。洋も哲也からお茶のペットボトルを渡されると、それを開けて一気に半分ほど飲んだ。 「じ、じゃあ、また四人で遊ばない?」 「お、いいねぇ」  珍しく積極的な白川の意見に、どこに行く? と哲也は乗り気だ。スマホを取り出し、遊びに出掛けられそうな場所を探し始める。 「お、ちょうど来週末、入場料無料の音楽フェスやってる」  どれ? と直樹が哲也のスマホを覗き込んだ。あ、と声を上げた彼は、視線を白川に移す。 「確かこのアーティスト、白川好きだって言ってたよね?」 「え? あ、うん。……そっか、このフェス出るんだ」  行きたいなぁ、と嬉しそうに呟く白川。洋はそんな情報いつ直樹に話したんだよ、と内心思いながら、行こうか、と提案する。 (……なんで直樹が知ってて俺が知らないんだよ)  やはりどうやら、洋が思うより、白川と直樹の仲は良いらしい。自分の知らない白川の情報を、人から聞かされることにどうしてこんなに心を乱されるのか。 (でも、それを正直に言ったら雰囲気を悪くする……)  洋としても、そんなことをしたいわけじゃない。楽しく、みんなが笑っていられるようにしたいだけだ。  洋はあえて明るく振る舞い、ついでだから集合場所と時間まで決めようか、と提案する。そして話しながらも、気になるのはなんといっても白川の態度だ。彼が話していて一番リラックスしたような表情を見せるのは、やはり直樹なのだ。 (……俺のこと好きなんじゃないのかよ?)  ふとそんな感情が降りてきてハッとする。そして慌ててそれを否定した。白川は緊張して上手く話せないと言っていたし、そこを乗り越えようと、頑張ると宣言もしていた。急かしてプレッシャーをかけるのは嫌だし、しつこくして本当に嫌われてしまったらもっと嫌だ。 (ただ、仲良くなりたいだけなのにな……)  それなのに、どうしてこんなにあれこれ考えなくてはいけないのだろう? 洋が直樹と仲良くなったきっかけは、考える余裕なんてなかったころだし、哲也に至ってはいつの間にか一緒にいた。そして彼ら以外の友達だって、話せば大体すぐに打ち解けていく。  要は白川の心の壁が、いつまでも消えないことが嫌なのだ。 (……堂々巡りだ)  結局、白川本人が解決することを、洋がいくら悩んでも仕方がない。洋は洋で、どうしたらこのモヤモヤを解決できるか、そちらを模索したほうが建設的だ。  フェスの話題で盛り上がる白川が、ふと洋の視線に気付いて落ち着かなくなり視線を落とす。それまで笑っていた彼の顔が曇ってしまい、洋は苦笑した。

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