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第15話
そしてフェス当日。天候が心配されたけれど、なんとか持ち直し、洋たちは無事に会場に到着した。
「暑い!」
空は薄い雲がかかっているけれど、前日まで雨が降っていたため湿度が高い。まとわりつく空気に汗が滲み、洋はTシャツで扇ぐ。
会場内はすでに人が多く、人の熱気も凄かった。隣の白川を見上げると、彼はメッシュキャップのツバを持って微調整しつつ、ワクワクした顔で人々を眺めている。
「……楽しそうだな」
「えっ? あっ、いや……!」
洋が声をかけると、案の定慌てた白川。隠すことないのに、と笑うと、彼は固まって視線を逸らし、元気なく「うん……」と答えるだけだ。なんとなく、自分が白川のウキウキを邪魔してしまったようで、申し訳なくなる。
「な、なあっ、ここで女の子と仲良くなれたりしないかなぁ?」
「自分から声かけられるならワンチャンあるかもね。それより……」
「それよりってなんだよ直樹!」
哲也と直樹のいつものやり取りに、洋は笑う。確かに、これだけ人がいれば友達も作れそうだ。
けれど、洋はそこである人物を思い浮かべる。
いま、新しく女の子の友達を増やすより、一番仲良くしたいと思う人がいたのだ。
顔を上げてその人を見る。
(……やっぱ、今はこの壁を取り払いたいって思うんだよな)
白川は洋の視線に気付かないのか、楽しそうに周りを見ていた。いつも艶のある彼の髪はキャップに隠れてしまっているけれど、優しげな目元と真っ直ぐで高い鼻梁、薄い唇はどれ一つとっても形が良いなと思う。
(話せば噂とは全然違ったし、モテるのに俺に憧れてるとか……)
なによりこの、優越感をくすぐる白川の存在を、洋は手放したくなかった。もっと自分に目を向けさせたい、そう思うのに彼は緊張するからとこちらをあまり見ない。
それでも、一緒にいてくれるだけでいいのだとは思う。けれど、洋の胸の裡に巣食うモヤモヤは、それだけじゃ物足りないと主張している。
(なんでだ? 友達として一緒に過ごして連絡先も知ってて……これ以上何をするっていうんだ?)
――憧れているなら、もっと自分を特別視しても良いじゃないか。
そんな考えがふと降りてきて、あまりの身勝手さに慌てて首を振った。自分の中にこんな高慢な考えが潜んでいたなんて恐ろしすぎる、と肩を震わせる。
「とりあえず、お目当てのステージまで時間あるし、予定通りメシ食おうぜ〜」
「だな」
今のは完全になしだ、と思って洋は努めて明るい声で言う。哲也がスマホでマップを確認していたらしく、こっち、と誘導してくれた。
飲食店エリアに着くと、やはりそこも沢山の人がいた。多少はテーブルなども用意されているが、ほとんどは立ち食い、もしくは落ち着ける場所まで持っていって、レジャーシートの上などで食べる、というのが主流のようだ。洋たちも食べ物を買って、広いところで食べよう、と決める。
「じゃあ、各々好きなの買って、またここに集合しようか」
直樹の提案に三人は頷き、洋は店舗を見渡した。お祭りらしく定番の店がずらりと並んでいて、時折キッチンカーのオシャレな店に行き当たる。そういう店にはやはり女性が多く並んでいて、前を見ずに歩いていた女の子が白川にぶつかっていた。
慌てて謝る女の子。それを、洋には見せない笑顔で宥める白川。その様子を見ていた洋は、反射的に動いた。
「どうした白川? 知り合い?」
「えっ? あ、いやっ……」
案の定洋が来た途端笑顔を消した白川は、慌てたように手を振る。洋はそれを無視して、女の子にほほ笑みかけた。
「三人で来たんですか? 良かったら俺たちも男だけで来たので……」
「あ、ごめんなさい、友達が待ってるのでー」
洋が最後まで言い終える前に、女の子たちはそそくさとその場を離れていく。少し離れたところで「あれナンパ? ありえないー」と笑う声が聞こえて、洋はため息をついた。
「ど、どんまい」
小さな声でそう言った白川を、洋は睨む。
「白川に俺の恋路を応援されるの、なんか嫌なんだけど」
「えっ?」
聞き取れなかったらしい彼が聞き返して初めて、自分の発言のおかしさに気が付いた。でもそれがなぜなのかわからず、またあとで、と白川と別れる。
どうして今は勝手に身体が動いたのだろう? しかも、仲良くなりたいと思ってもいなかった子に、ナンパのような声かけまでして。
――あのままじゃ、白川がナンパされると思った。
「……っ?」
洋は疑問に思う。どうして白川がナンパされることが困るのだろう? きっと彼にはもう本命の子がいるからかな、なんて思うけれど、モヤモヤは晴れない。
(そうだ。白川には本命の子がいる。だから俺のやったことは本当に余計なお世話だし恥をかいただけで……)
では、なぜ白川にどんまいと言われたことが嫌だったのだろう? 応援されるのが嫌だなんて、ひねくれているにも程があるだろうに。
「……っ」
洋は足元がふらつき、邪魔にならないような所でしゃがみこむ。考えたくなかったけれど、やはり行き着く先は、自分を特別視しろという尊大な考え方だ。
(なんで!? 俺いつからそんな奴になった!?)
頭を抱えて唸る。でも、白川だって自分に見せない表情があるじゃないか、と思う。
(違う。俺はただ白川が、俺の前でも笑って欲しいだけで……)
そう思って脳裏に浮かぶのは、困ったように笑った彼の顔と、視線を忙しなく泳がせる白川の姿だ。そしてそれを想像するだけで、洋の胸は重くなる。
――洋は、肝心な時に引いちゃうから。
直樹の言葉が唐突に蘇った。そうだ、聞けばいいのにそうしないのは、質問をすると白川が落ち着かなくなるからだ。こちらが困らせているような気分になり、踏み込んだ質問がしにくい。
(……いや、それも言い訳だな)
本当は、踏み込んで拒否されるのが怖いのだ。あの時、祖父が闘病中だということを、洋だけが知らなかった時のように。お前は知らなくていい、と言われるのが怖い。
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