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第16話

 洋は立ち上がって歩きだす。  結局、踏み込めないまま女の子に告白するから、断られるのだ。友達としてしか見られない。だって、それ以上の仲になる気がないでしょ、と。  いくら明るく振舞ったって距離を感じたら、それまでの人なんだと思われる。無意識だったけれど、今までのことは自分にも原因があったんだな、と今更気付いた。 (直樹……気付いてたなら教えてくれよ……)  思えば、直樹は洋の一番しんどかった時期を知っている。哲也も、なんだかんだ小心者で繊細だから、踏み込めない洋と似たもの同士だ。だから、長く関係が続いているのかもしれない。 「……あ?」  考えごとをして歩いていたら、飲食店エリアを通り過ぎてしまっていた。早く買って戻らないとと思うけれど、正直、間食ならともかく、ご飯となるとやっぱり米が食べたい。そして漬物も付いていたら最高なのに、と辺りを見渡す。 「あ、おにぎり屋……」  通り過ぎた店に欲しいものを見つけ、そこに並んだ。大きめのおにぎりを二個と緑茶を買い、集合場所に戻る。すでにほかの三人は戻っていて、哲也と白川が顔を合わせて笑っているのを見てしまった。その瞬間、カッと頭に血が上るのを感じ、どうして自分にだけ、と思うのだ。 「あ、遅かったな洋」 「ああうん。食べたいものが見つからなくて」  感情よ鎮まれ、と思いながら洋は笑う。笑顔が引き攣っていないか心配だったけれど、哲也は「行くかー」と歩き出したのでホッとした。 「洋は何買ったの?」  直樹が質問してくる。見ると、三人は何種類かの食べ物を買ったようだ。 「ん? おにぎり」 「好きだよな洋、おにぎり」  というか、和食? と哲也は微笑む。彼らと外食する時は、大抵和風の食事を選んでいるので、覚えてくれていることは嬉しかった。 「外食って、味が濃く感じるんだよな。それでもって満足感得られにくいし。まあ、じいちゃんが病気だったから薄味で健康的なものを、ってことだったんだろーけど、それで慣れちゃってるからさ」  なるほどね、と哲也が言う。 「そ、それじゃあ……っ」  そこで声を上げたのは白川だ。洋が振り返ると、彼はやはり視線を逸らす。そして彼のそんな態度を見る度に、胸に重いものが溜まっていくのだ。 「う、薄味なら……お菓子も食べられる? こ、こんど、妹の代わりに作ることになって……」 「え、何それ?」  何かろくでもない話のような気がする、と洋は眉を寄せる。聞けば、妹に押し切られてお菓子を作ることになり、しかもそれを妹の自作だと言って友達に配ることになっているらしい。 「おま、……いくらなんでもそれは断れよ」 「うん、それはない」 「ないな」  洋の意見に直樹と哲也も同意する。白川は「そうだよね」と苦笑したが、実際に断るかは怪しいところだ。 「でもっ、多めに作って直樹たちに食べてもらえたらなって思って……」 「だったら、白川が俺たちのために作ってくれたらもらう。人のついでなんて嫌だよ」  洋はそう言うと、白川はハッとしたようだった。それから、眉を下げて笑い、「そっか……そうする」と視線を落とす。 「っていうか、妹と二人でたくさん作ればいいんじゃね? 本当に白川だけで作った菓子を配りたいのかって聞いてさ」  白川の妹が菓子作りを彼に託した理由はわからない。けれど、それで妹の友達を――大袈裟に言えば――騙すことになってもいいのか、聞いてみる必要があるだろう。 「そう……だね」  ポツリと呟いた白川の声は、今までのオドオドした感じが取れていた。その変化に洋は彼を見ると、彼は目を細めて口角を上げている。それが、笑っているのだと認識するのに、少し時間がかかってしまった。 「ありがとう」 (……う、わ……っ)  洋はなぜか白川から視線が離せなかった。初めてまともに見ることができた彼の笑顔は、想像以上の破壊力だったからだ。  けれど次の瞬間には、白川は口元を押さえて顔ごと逸らしてしまう。彼の綺麗な顔を眺めることが叶わず、残念だ、と思ってしまった。 (あ、あれ……?)  洋はおにぎりを持つ手に力を込める。  なんだろう? なぜか心臓が早く脈打っている。おまけに顔も耳も熱い。これは一体どういった反応なのか。  ずっと見たいと思っていた白川の笑顔を、見ることができたからだろうか。でもそれなら、「嬉しい」という感情が勝るはずだろう。  綺麗な笑顔だったから? でもやっぱり、自分が照れる意味がわからない。 (やばい、なんだこれ……)  今まで、人の笑顔を見てこんなふうになることなんてなかった。せいぜい、かわいいな、とか、嬉しいな、と思う程度だ。  なのに、今は洋のほうこそ白川が見られない。 「あ、あそこがステージだよな? そこの芝生に座って食べようぜー」  それがなぜ、ということを深掘りせず、洋は早足で目的地に向かった。今のは不自然ではなかったか、勘が鋭い直樹にもバレていないか、そちらのほうが気になってくる。 「座るって……地面湿ってるよ?」  やはり思いつきで発言したことに突っ込んでくる直樹。ところがそれに哲也が手を挙げた。 「はい。こんなこともあろうかと、レジャーシート持ってきた」 「お、さすが哲也。こういうところ抜かりないよな」  小心者だからこそ、用意周到なのが哲也だ。彼は持ってきたレジャーシートを、リュックサックから出して広げる。 「あ、俺も、実は持ってきてる」  そう言って、買ったものを直樹に預けた白川。彼らのおかげで、窮屈な思いをすることなく座ることができた。ウェットティッシュあるぞ、と出した哲也に、これだけ気が利くのに彼女がいないなんてもったいない、と洋はぼやく。 「慣れたらいいんだけどね。それまでが時間かかっちゃうんだよね」  直樹の的確な哲也の評価は、洋もその通りだと思った。焦らなければ彼女できそう、と話す直樹に、洋は少し違和感を覚える。  人にそれほど興味がないはずの直樹なのに、珍しく人を応援している素振りが気になったのだ。 「なんだよ直樹。人の恋愛に興味持った?」 「……まあ、長年一緒にいるからね。少しは情が湧くっていうか」 「言い方!」  洋は笑う。素直じゃない言い方はいつも通りだが、そんなことを言うこと自体が珍しい。どんな心境の変化だろうと思っていると、直樹と目が合った。 「……みんなには、幸せになって欲しいなって」 「……直樹本当にどうした?」  哲也までも聞いている。直樹の表情はいつもと変わらない。けれど、自覚があるのか直樹も指で頬をかいていた。 「俺は、多分恋愛はできないだろうから。……男女問わず、やっぱり興味が持てない」  けど、お前らとはずっとつるんでいたいなと思うよ、と言う彼は、照れたのか買ってきたお好み焼きのパックを開ける。

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