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第27話

 それから約一ヶ月後。洋たちは長い夏休みに入る。  とはいえ、一人暮らしの洋にとっては書き入れ時、バイト三昧の日々である。昼間は弁当の配送のバイトをして、夕方から深夜までコンビニのバイトだ。正直身体はしんどいけれど、今日このあと、そして明日は洋にとっての一大イベントがあるので頑張れる。 「洋ちゃん、なんかご機嫌ねぇ。このドーナッツあげようか」  常連のおばあさんがにこにこしながらそんなことを言ってくれた。いいんですか? と言っていると横から店長が会話に入ってくる。 「ああ、篠崎くんは明日の納涼祭り、デートらしいですよ」 「ちょ、店長っ」  洋がゴールデンウィークに出勤したからか、今回の納涼祭りも出勤してくれと頼まれたのだ。しかしここは休んで祭りに行くと決めていたので、平謝りして休みにしてもらった。理由を聞かせてとしつこく粘られ、話してしまったのが運の尽き、色んな人に言いふらされてはからかわれている。  それでも、店長もなんだか嬉しそうだ。「篠崎くんがねぇ」と笑う姿を見ると、なんだか面映ゆくなる。  するとおばあさんは目を見開き、全開の笑顔を見せた。 「あらあらまぁまぁ! 洋ちゃんに彼女が? 孫が結婚したみたいで嬉しいわぁ!」 「お、お婆ちゃん、声が大きい……」  しかも彼女ができたのと、結婚したのとでは大分違うような、と思うけれどつっこまないでおく。洋の『彼女』のことを、根掘り葉掘り聞かれたら困るからだ。 「ドーナッツに、サンドイッチもあげましょ。持っていって、ほらほら!」 「え、いや……ありがとう、ございます……」  そのほかにも色々と押し付けられ、彼女と食べてね、と嬉しそうに店を出ていくおばあさん。恋愛話は、万国共通で皆好きだよな、と洋は笑う。  それからは、比較的平和に時間が過ぎた。退勤時間になっても、白川から連絡がないのでソワソワしていると、「彼女と電話でもしたいの?」と夜勤の人にからかわれる。洋は「違いますよ!」と言いながら、あっという間に噂が広まっているな、と苦笑した。  店の外へ出ると、目立たない所に白川はいた。スマホを眺めながら待っているらしいけれど、スクロールする指が早い。ものすごく早い。 (白川もソワソワしてたのかな?)  そう思ったら顔がニヤけてしまう。洋は余裕を見せるためにわざとゆっくり歩いて、「おつかれ」と声をかけた。 「あ、お、おつかれ……」  近付くと白川から甘い香りがする。服装も大学にいる時とは違い、かなりラフな格好だ。洋は無意識に手を伸ばし、白川の髪に触れた。 「……っ」 「風呂入ってきたんだ? 別にうちの使っても良かったのに」  少し湿った髪を指で捏ね、離す。するん、と指の間を落ちた白川の髪は、相変わらずさらさらツヤツヤだ。 「そ、そこまでお世話になるわけには……」 「なんだそれ。何も世話なんてしてないぞ?」  洋は笑う。  納涼祭りがあるし、今日と明日、家に泊まりに来ないか、と誘ったのだ。白川のことだから断られるかと思いきや、顔を真っ赤にしながら頷いた彼を思い出して、またニヤニヤしてしまう。  哲也にカミングアウトしてから、白川は洋との「お付き合い」を頑張っているように思える。照れながらも視線を合わせようとしてくれるし、友人程度の接触なら、なんとか耐えられるようになった。 「まあ、一人分の入浴時間が減ったなら、そのぶんゆっくりできるからいいか」  そう言って二人は歩き出す。 「白川、俺、バイト先で彼女できたって言いふらされた」 「えっ? ……彼女?」 「そっ。彼女」 「……そっかぁ……」  何か言いたそうな声音で呟いた白川は、そのまま無言になってしまった。洋は彼を見上げると、サッと顔ごと逸らされる。 「ちょ、なんで顔逸らすんだよ?」 「な、ななななんでもないっ」 「なんでもないわけあるかっ、顔見せろっ」  洋は強引に白川の顔を掴み、こちらに向けた。すると暗がりの中、無言で目を逸らした彼。肌の色までわからないけれど、掴んだ顔が熱いので照れているらしい。 「なんで照れてんの?」 「い、いや……」 「しーらーかーわー? 約束だろ?」  洋は掴んだ手に力を込めた。言わなければわからないから、なんでも話すと先日二人で決めたのだ、それを反故にする気か、と迫る。 「……笑わない?」 「笑わない」  即答で答えると、白川は小さく呻いたあと、ボソボソとこう言った。 「こ、……これで変な虫がつかなくなるかな、とか、やっぱりバイト先でも皆に注目されてるんだ、とか……」  そう言いながら、白川の顔は更に熱くなる。今にも湯気が出そうな勢いで、彼は視線を落とした。 「さ、触ってる手が細くて綺麗だな、とか、そんな黒目がちな目で見られると恥ずかしい、…………とか」 「……お……」  お前、と言おうとして失敗した。不覚にも洋もつられて照れてしまい、なんだか悔しくて彼の髪をぐしゃぐしゃに混ぜる。 「ぅわ……っ」 「喋りすぎだ」  洋は手を離して歩き出した。  自分から促したくせに理不尽な扱いをする洋だけれど、白川は「ごめん」と謝って素直についてくる。好かれている事実に少しだけ優越感に浸り、振り返って微笑みかけると、白川は苦笑した。  二人だけの時間は、緊張するけれど楽しい。甘酸っぱいとはまさにこのことだな、と洋は思う。 「白川」  誰もいない夜の住宅街の道に入る。深夜なので家の明かりもほぼない。しん、とした空間に、二人が歩く音だけが響く。 「手、繋ぎたい」 「……っ、それは……」  案の定躊躇った白川。ダメか? という視線を向けると、彼はこう続けた。 「家帰ってからじゃ、だめ?」  こういった譲歩案も、最近は頑張って出してくれる。それが嬉しくて洋は「わかった」と頷くと、そのあとは二人とも無言で、洋の家に向かった。

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